本日 「聖母の被昇天」の祭日、松戸教会では、午前10時半からミサが行われました。
ミサのなかでは、今年1年帰天された松戸教会の信徒19人の方への祈りが行われました。

 

「聖母の被昇天」とは…

マリアが霊魂も肉体もともに天に上げられたという教義で、1950年11月1日に、教皇ピオ十二世(在位1939~1958)が全世界に向かって、処女聖マリアの被昇天の教義を荘厳に公布しました。

聖母の被昇天 (【カトリック中央協議会】より)

 

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ミサの始まる30分前からはロザリオの祈りを行いました。

 

 

そして、午前10時ミサが開祭されます。
入堂とともに祭壇、無原罪のマリア像に献香されました。

 

そして、ことばの典礼となります。

第1朗読

 

第2朗読

 

福音朗読

 

 

第1朗読 ヨハネの黙示録 11章19a、12章1~6、10ab節
第2朗読 コリントの信徒への手紙一 15章20~27a節
福音朗読 ルカによる福音書 1章39~56節

 

 

 

そして、お説教。

説教要旨

今日は、聖母の被昇天の祭日です。
私たちはこの日、マリア様を特別に褒め称えます。聖母マリアは、この世を去る時、どのような経験をされたか私にはわかりませんが、伝統によりますと、聖母マリアは、肉体と魂を伴って天国に上げられました。聖母マリアの被昇天は、1950年に正式に教義として宣言されました。教会は、何世紀にもわたり、聖母マリアの被昇天の神秘について、調査してきました。徐々にその神秘のより深い意味を理解するようになりました。

福音書のなかで、エリザベトはマリア様を讃える時、神様のマリア様への深い憐れみに焦点をあてます。
今日の祝日を祝う時、私達も神様がマリア様に偉大なことをされたことを喜びます。神様は決してマリア様に強制したわけではありません。神様は、マリア様をその人生のなかで、よりご自分に近づけるように招きました。そして、マリア様は、受胎告知やイエス様の受難の時も「はい」と神様に答えました。マリア様のように神様が与えてくださる恵みに協力する時、マリア様自身がそうであったように、私たちのなかにも「光り輝く栄光」を見ることが出来ます。私たちの体もいつの日か栄光に包まれて天に上げられるのです。私たちは永遠の栄光のなかでイエス様とマリア様と結ばれるのです。神様はマリア様と同様に私たちを強制されません。いつも私たちの意志が、神様の意志と結ばれるよう私たちを招かれます。マリア様のように私たちも自由意志をもって、神様にお仕えしなければなりません。

毎日、私たちはどのような習慣において、マリア様のように「はい」と答えるように努力すれば、マリア様と同じ栄光に与る事に近づいていきます。もし、神様に従うことなく、いいえと答えた時も、その後悔い改めれば、私たちの「いいえ」は「はい。仰せのままに」になります。しかし、「いいえ」という返事を最期まで言い張れば、私たちは悪に近づき、神様から永遠に遠ざかってしまう事になります。ですから、私たちの選択次第ということになります。神様をかたどって造られた子として、私たちはこの世界に神様の栄光を映し出すように招かれています。

ちょうどマリア様は、ご胎内にイエス様を宿したように、私達もイエス様を宿してください。そうすれば、イエス様の存在は、私たちを通して、周りの人々に光り輝くことが出来ます。マリア様は、小さき者、そして、謙遜する者として彼女が歩んだ道を、私たちに示しています。そして、神様のみ旨に忠実に従った彼女の心に倣うように、私たちに呼びかけています。

しかし、これは容易なことではありません。
私たちは、自尊心が高く、猜疑心や恐怖に襲われるからです。私たちは、いつもマリア様のように謙遜な方になりたいと思っているわけではありません。むしろ人の目にとまり、認められ、強い者、必要な人物と思われ、人生を自分の力で制御したいと望んでいます。今日わたし達は素直で謙遜、そして、隠れた者として、神の婢として生きたマリア様の栄光を祝います。神様は、その御業によってマリア様の心をご自身のみ旨で満たされました。
マリア様はこの地上で生活した時、彼女の従姉妹の家に行きました。そして、そこでありとあらゆる祝福を受けました。今日、神ご自身の家である天国にマリア様がお入りになったことを記念して、祝います。私たちは、想像力を働かせれば、天国のすべての天使や聖人たちが今でも主の母を讃えるのを耳にする事が出来ます。この地上で生活した時、マリア様は、小さき者としていきました。そして、天国は、彼女にとって、その報いであり、遺産相続なのです。それは、彼女がご自分の胎内に迎いいれた神様のみ言葉に対する深く誠実な信仰の実りとも言えます。もし、本当に私たちがキリストの体の一部であるならば、この地上でマリア様のような信仰と全く同じような信仰を持ち生活する事が出来るはずです。マリア様の被昇天について黙想する時、被昇天の出来事は、私たちがこの世で生活を終える時にも起こるのです。そして、もし、神様のみ旨に対するマリア様の信仰を信じ、マリア様と同じように生きることが出来れば、天国の生活は私たちのものとなるのです。

今日のミサのなかでマリア様の模範を黙想する時、私達もマリア様のように素直にすべてを委ねて行くことが出来る恵みを願い、祈りましょう。また、このミサのなかで、この1年で亡くなられた兄弟姉妹に神様が永遠の命を与えてくださるように願い祈りましょう。

父と子と聖霊のみ名によって。

 

 

 

 

奉納行列後、清めの際には、再び、無原罪の聖母像、祭壇への献香が行われました。

 

 

そして、聖変化

奉献文の祭には、フィリップ神父様が、1人ひとり、今年1年帰天された松戸教会の信徒19人の方の名前が読み上げられ、亡くなった方々への祈りを捧げました。

 

 

 

多くの方々がミサに与り、ご聖体を拝領しました。

 

 

 

司祭が退堂される前に、サルべ・レジーナを歌い、祈りをマリア様に捧げます。

 

 

8月15日は、聖フランシスコ・ザビエルが日本に初めて上陸した日であり、日本の終戦の日でもあります。
マリア様の被昇天にそのような出来事が起こる意味を思いを巡らせることが出来たらと思います。