3月8日(水)嘉松宏樹神父様にご指導願い一日黙想会を開きました。
「教皇様の四旬節メッセージを深めましょう」というテーマを選んでいただきました。
メッセージの内容は「みことばはたまもの、他の人はたまもの」という題で、金持ちとラザロのたとえ話〈ルカ16・19―31参照〉が取り上げられ、真の幸福のためにどのように行動したらよいか、そして
心から回心するよう導く内容でした。

「他の人はたまもの」「罪は私を盲目にする」「みことばはたまもの」3つの項目ごとに講話と黙想の時間を持ちました。耳で聴いて、心で聴きました。今まで何度も聞いて知っていたはずのたとえ話でしたが、
嘉松神父様の講話を通して、教皇様のおもいが、教皇様のおもいを通してイエス様のおもいが、参加した
一人ひとりに光の筋となって届いたように思います。

第一講話で「ラザロは、例えば路上でティッシュを配っている人かもしれない。差し出された時、どのような態度ですれ違っているだろうか?断るにしても一人の顔を持った人〈他の人はたまもの〉として相手に
しているだろうか?」と神父様の問いかけは、自分を見つめるきっかけになりました。

ラザロに見向きもしなかった金持ちには「金銭の執着、虚栄心、思い上がり」など罪の腐敗が現れているとメッセージは伝えています。金持ちとは程遠いと思っていた私に「問題は財産の多さではなくどれほど執着しているかが問題なのです」と神父様の言葉は「自分から目を背けないように」という警告に思えました。

金持ちは死後の世界でアブラハムに「父よ。」と呼びかけたことは、人生の中で神の入る余地はなかった
金持ちも神の民に属していたことを証明しているとなのだとメッセージは伝えています。神のみ言葉に心を閉ざし、みことばに耳を傾けないことによって、神を愛さなくなり、隣人を軽蔑するようになっていた。
再び神に立ち返らせることが出来るのは、みことばの生き生きした力だと伝えています。

嘉松神父様から、みことばを次のような流れで聴くことを勧めていただきました。

  1. 聖書に書いてあるありのままを聴く
  2. 黙想〈自分に何を言っているのかを考える〉
  3. 祈り〈②で聴いた後、神様に返事をする〉
  4. 観想〈神様が何を望んでおられるのか考える〉
  5. 行動〈それを実行に移す〉

み言葉を聴き、回心の歩みを続けましょうと締めくくられました。

感謝のミサを捧げて、1日黙想会を終えました。
教会の内外から、平日にも関わらず、80数名の参加者がありました。
神に感謝!