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今日からイエス様のご降誕をお迎えする準備をする【待降節】に入りました。

お御堂の4本のろうそくのうち1本目に明かりが灯されます。教会では新しい年の始まりです。

教会学校はじめの祈りで今日もスタートです。
さて、聖劇の練習に入る前に、ひとつお話をします。
私達は誰のものでしょう?お父さん、お母さんのもの?

…自分のもの。

そうね、自分のものだけど、でも、自分の意志で生れてきた?
そうですね、違いますよね。いったい誰がわたしたちをつくられたのかしら。

…かみさま。
そう、天地の創造主である神様です。
すべてのものは神様がおつくりになられました。
自分も、もちろんお父さんお母さんも、お友達もみんな神様がつくられました。
神様のつくられたものだから、わたしたちは、神様のものです。

一人一人は、神さまのものだから、自分が気に入らない人だからと言って、

叩いたり傷つけたりしてはいけないのです。

神さまのものなのですから。聖劇の台本を、みんなもらいましたね。名前を書きました。

一人一人の台本となりました。お友達の台本をふざけて取ったりしてはいけませんね。

人も物も大事にしましょう。

神様が私達のために与えて下さった幼いイエス様を大切に思う心で、さあ聖劇の練習を始めましょう。
今日はふたつに分かれて聖劇の練習をします。
 

自分のセリフだけでなく、全体の流れの中で自分の役がどのように表現できるか考えてみましょう。

声の強弱、言葉の間の取り方、目線や手の動など細かなところにも気を付けましょう。

さっそく台本に書き込んでる子もいましたね。

「マリアの讃歌」を歌い、最後にマリア様の取次ぎを願って「アベ・マリアの祈り」をしておわりました。

クリスマスまであと3週間。私達は聖劇練習を頑張っています。

どうぞ神様見守っていてください。




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当記事は、教会誌『みかえる』2019年12月号より転載いたしました。

 


 

 

皆様、ごきげんよう。

このたび(どのたびだ!)、カトリック松戸教会の主任司祭として着任致しました、フランシスコ・アシジ伊藤淳(いとうあつし)と申します。どうぞ宜しくお願い致します。

生来の怠け者で、人の寛容さに甘えるたちで、おまけに遅筆なので、これまで原稿依頼をのらりくらりとかわして参りました。しかし、着任半年を過ぎた頃から若干ではありますが心が痛むようになり、反省の気持ちが少しだけ湧いてきましたので、今回はなんとか頑張って巻頭言を執筆させて頂くことに致しました。

さて、王であるキリストの祭日を祝い終え、教会はいよいよ新しい年度の待降節に入ります。私にとっては松戸教会に来て初めての待降節で、希望に胸が高鳴っています。信徒の皆様と一緒に良い待降節を過ごし、良い降誕祭を迎えたいと願っているからです。

ところで、良い待降節、良い降誕祭とはどういうことでしょうか。どうしたら良い待降節を過ごし、良い降誕祭を迎えられるのでしょうか。

まずは待降節や降誕祭の意味と意義を、しっかりと把握する必要があるでしょう。

降誕祭に関しては今更ここに記す必要はないと思われますが、問題なのは待降節です。

『新カトリック大事典』の「待降節」の項には、「キリストの第一の到来である主の降誕の祭日への準備期間であるとともに、終末における第二の到来(再臨)への待望にも心を向ける期間。典礼暦年の1年を開始する期間で、主の降誕の祭日の四つ前の主日にあたる待降節第1主日の前晩の祈りから始まり、主の降誕の祭日の前晩の祈りの前まで続く」とあります。

この概括の後半部分は、待降節の具体的な期間を説明していますが、これを正確に知っているかどうかはさほど重要なことではありません。記憶していれば便利ですが、知らなくても誰かが(少なくとも教会が)教えてくれるので、覚えていなくても大丈夫です。

重要なのは前半の部分に記されている内容、つまり、待降節が「いつ」なのかではなく「何」なのか、です。特に前半の後半(ややこしい表現で申し訳ありません)がポイントでしょう。前半の前半(ややこしい表現が続いて申し訳ありません)は信者であれば誰にでも予想がつく内容ですが、前半の後半(何度もややこしい表現で申し訳ありません)はいかがでしょうか。「終末における第二の到来(再臨)への待望にも心を向ける期間」であることを、ご存じだったでしょうか。ご存じであれば、「さすが!」です。

確かに、主の第一の到来はとても素晴らしいことではありますが、過去のことです。現代日本に生きる私たちには直接体験できない、二千年前のイスラエルでの出来事です。ところが第二の到来は、私たちが将来必ず直接体験するリアルな出来事なのです。

ですから待降節には、過去だけではなく、未来にもしっかりと目を向けたいと思います。そして、主が再臨し、世が終わり、神の国が完成し、最後の審判がなされる時に、神の国の宴に迎え入れられ、永遠のいのちを頂くことをはっきりと目指すべきです。その時が来るまでに、自分が何をなすべきかをじっくりと考え、考えるだけではなくきっちりと実践しなければなりません。キリスト者なら知識だけでは不十分です。よく考え、実践して初めて「さすが!」なのです。そうでなければ信仰とは言えないし、救いには繋がらないからです。

キリスト者にとって待降節は、未来に向けて考え、実践する季節なのです。

 

主任司祭 伊藤 淳 神父




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このコンサートは、東葛飾宣教協力体亀有豊四季・松戸の3教会)の東北ボランティアで知り合った仲間たちを核として一昨年に始まったもので、今回で6回目となります。

今年のテーマは「Harmony~調和」です。

みんなでイエス様の御生誕をお祝いし、 全世界に平和が訪れるようお祈りしましょう。
今年もいろいろな方のご協力を得てコンサートを開催出来ることに感謝し、ご降誕の喜びを皆さんと分かち合うひとときを持ちたいと考えています。
また同時に、地震、原発事故、風評被害の影響を受けて、それまでの生活が一変してしまった福島の被災者の方々を忘れない、という気持ちを新たにする機会にもなればと思います。

歌、ダンスなど9団体(予定)が参加する、楽しく温かいコンサートです。どうぞお越しください。

当コンサートの収益は NPO法人福島やさい畑~復興プロジェクトに全額寄付致します。

原発事故以後、風評被害に苦しむ福島県内の農家を応援するために立ち上げられた。
検査で安全が確認されたにもかかわらず、風評被害により売れなくなっている農家の野菜、果物、お米などを買い取り、販売している。また県内の仮設住宅の方々への野菜の配布も行っている。

 

開 催 日

2019年12月7日(土曜日)

 

開 場  /  開 演

開場 1:30 PM

開演 2:00 PM ( 終了時間 4:30 PM )

 

ラインナップ( 出演者 )

開 催 地

カトリック松戸教会

 

チケット

¥500(高校生以下、無料)

 

FACEBOOKのアカウントをお持ちの方は下記からイベント登録が出来ます。

 

 

多くの方々のお越しをお待ちしています。




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教会学校はじめの祈りで、今日も心をひとつにしてがんばりましょう。

さて、今日は「王であるキリスト」の祭日です。キリスト教の暦では、今日は一年の最後の主日(日曜日)です。

来週の日曜日、12月1日からイエスさまがお生まれになるのを待ち望む待降節が始まり、新しい一年が始まります。

来年はA年、マタイ福音書を中心に読んでいきましょうという年です。

B年は、マルコ、C 年は、ルカ福音書を中心にというものです。

何でこんなこと決めたのかというと、イエスさまはおっしゃいました、「天地は滅びるが、私の言葉は決して滅びない」と。

神様の言葉はとても力強いもの。わたしたちを力づけたり、正しい道に導いてくれるもの。

だから、聖書を読みましょう、という事なのです。日は王であるイエスさまを祝う日です。

この前の教会学校で、神の国ってどんなイメージかなと聞いたら、みんなから、平安とか、みんなが助け合って生きている国とか出ましたね。その神さまの国の王様がイエスさま、あなたを王としてお迎えします、と宣言する日ですね。

 🎶 イエスは王様、イエスは勝利者 🎶

うん?、イエスさまは何に勝利なさったの? … へび!そうですね、ヘビ、悪に勝たれたのですね。

十字架の苦しみを通して復活して、悪に勝たれたのですね。

だから、そのイエスさまにいつも見守っていて下さい、導いて下さいと願いましょう。

それでは聖劇の練習開始!今日は聖劇練習2回目です。

立ち位置や動きもあって、まだまだ台本を読むので精いっぱいかもしれません。でも不安にならなくても大丈夫。いつもイエス様が微笑んで練習を見ていてくださいますよ。

高校生の伴奏で劇中の歌の練習もします。何度も練習していくうちに、情景が思いうかぶようになります。

そうすると自然にセリフが言えるようになります。そこに気持ちが入るとぐっと良くなりますよ。

今日台本を受取り、初めて練習に参加した子もいましたね。

ぜひおうちでも練習してきてくださいね。

最後に輪になってアベマリアのお祈りをしました。

子供達の聖劇練習中、保護者でクリスマスカードの作成をしました。素敵なカードが出来ました。




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マリア会では懇談会の準備をいたしました。

コンプリ神父さまは1930年生まれのようですが、聖骸布の神秘、謎をお話ししてくださいました。

お持ちになった書籍もサイン入りでした。