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教会学校に子どもたちが久しぶりに集まりました。今日から対面での教会学校の始まりです。

4月から中学生になった2名の卒業式を行いました。(延期になっていました。)

神父様より証書をいただき、卒業を実感しましたね。おめでとう!

そのあと今年度の始業式です。神父様のお話を聞きました。

教会学校の今年のテーマは “ わたしたちは みんな神さまのこども    つながろう ひとつの家族 “ です。

松戸教会転入の新しいお友達が二人、教会学校に入りました。お友達、増えて嬉しいですね。久しぶりに会うみなさん。昨年の2月以来なのですから、学年は2学年上になっていて、昨年1年間のみなさんを見ていない。でも、それぞれ大きく成長していることに驚きました。

これからまた、ともにイエス様のもとへと歩いていきましょう。

 




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   昨年からコロナの影響でみんなが集まっての通常の授業ができません。

教会学校では2月よりZOOMによるオンラインでの授業を開始しました。

各ご庭の通信環境や時間制限もあり、対面の授業のようにはいきません。

それでも同じ時間に一緒にお祈りしたり、絵本でイエス様のお話を聞いたり、

みんなが神様を通してつなっがているということを感じられます。




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11月8日ミサの後、お御堂で教会学校の卒業式が行われました。

本来なら3月にするはずでしたが今年はコロナの影響でずっと延期されていました。

神父様から卒業証書をいただき、教会学校の保護者会から記念品が贈られました。

最後にひと言ずつ、教会学校の思い出を話してもらい、短い卒業式は終わりました。

時々やるゲームや練成会が楽しかったなどの発表がありましたね。

終わった後も外に出て中学校はどう?部活は何をやってるの?など久しぶりに会って話が盛り上がっていました。

中学生になって忙しくなるかもしれませんが、神様がいつでも待っていてくださる教会に来て一緒にお祈りしましょうね。




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 前回のブログから8か月になります。世界中の国々でコロナウイルス拡大の影響でたくさんの方が苦しみ、悲しみ、私たちの生活は一変してしまいました。新しい生活様式なるものが、私たちの日常となりつつあります。

 学校に行けるようになっても「今まで通り」とは行かないことばかりだと思います。教会にも長い間来ることができませんでしたね。でも神様はずっと「今まで通り」私たちを見守っていてくれたと思います。

   教会もお休み、もちろん教会学校も開けませんでした。その中で5月には『いのちのことば 聞いてみよう』というイエス様のみ言葉集を作り、皆さんに送りました。これを音読してイエス様の思いに少しずつ触れていきましょうというものです。皆さんからは心に留まったみことば、好きなみことばを送ってもらいました。ありがとう。今でも音読、続けていますか。忘れていた人はまた、始めてくださいね。

 8月に皆さんにお手紙を出しました。聖母被昇天の祝日と終戦記念日のある平和旬間に世界平和への祈りを込めてそれぞれのおうちでロザリオをしてもらいました。一連唱えたら折鶴1個作って教会に送ってもらいました。そして届いた折鶴をロザリオにしました。

 10月はロザリオの月です。教会入口入ってすぐ右側に飾ってあります。ぜひ見てください。

これからも神様に信頼してこの状況がよくなるように、祈り続けましょう。




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今日も「教会学校はじめの祈り」で始まりです。

「♪忘れないで」を歌いましょう。

今日は歌詞を音読して、その意味を感じながら歌いましたね。

 2番の歌詞 🎶 離さないで、胸の中のみことばを 🎶

 み言葉をたくさん学んでこの歌詞のように、ひとりひとりが自分の胸の中に大切なみ言葉を

 持てるといいですね。

さて、今度の水曜日、2月26日は何の日でしょうか?

灰の水曜日です。

皆さんが持って来た昨年のシュロの枝を典礼委員の方が燃やして灰にしてくださいました。

その灰を灰の水曜日の日に「あなたはちりから生まれ、ちりに帰る」と神父様がおでこに灰で印します。

そしてこの灰の水曜日から四旬節が始まります。「旬」とは、十日間を表します。なので四旬節は

40日間の事です。日曜日を含めると46日。6回日曜日があります。四旬節の終わりの方にイエス様が

十字架につけられて死んでしまわれる受難の日が来ます。イエスさまの苦しみを思って過ごすのが、

この四旬節です。

ではこの灰にはどんな意味があるのかな?

灰には過ちを改める、悔い改める意味があります。

四旬節の間は、特に三つの事を大切にしなさいと言われています。「ごめんなさい」「愛の行い」「祈り」です。自分を振り返り、悪いことをしてしまった相手に対しても、また、いつもどんな私達をも絶えず愛してくださる神さまにも「ごめんなさい」します。ゆるしの秘跡ですね。

またこの期間、たとえば、大好きなものを我慢するという断食をすることもあります。でも、食べ物を我慢するだけが断食ではなく、困ってる人に積極的に手を差し伸べたり、周りの人にやさしくすることも断食だと神様は言われます。

最後は「いのり」ですね。この期間によく行われる祈りが「十字架の道行」です。これは、イエス様が死刑を告げられて、十字架を背負いながら十字架につけられる場所まで行かれ、そこで亡くなるまでを14の場面で思いえがきながら祈っていくものです。一度なかのみんなでやりましょう。

さて、四旬節の中の6つ目の日曜日を、受難の主日(枝の主日)といいます。今年は4月5日です。

新しい枝を持って枝の行列をしますよね。

翌日の4月6日からご復活に向けて大事な聖週間となります。

その中で聖木曜日には洗足式があります。(イエス様が弟子たちの足を洗います)

聖金曜日はまさにイエス様が十字架につけられ、午後3時に息を引き取られました。

聖土曜日復活徹夜祭では、光の祭儀からミサが始まります。イエスさまが死んで真っ暗闇だと

思っているところに、イエス様が復活されて闇の中にぱあーと光が輝きます。復活徹夜祭は喜びにあふれます。

そして日曜日、4月12日は復活の主日です。四旬節についての話はおしまいです。

 

それでは今日のミサの福音(マタイ5:38~48)の後半を見ていきましょう。

聖書を読むと、イエス様の話を聞いた人々は非常に驚いたと、書かれているところがたくさんあります。

今日のイエス様の話もみんなビックリしたと思います。イエス様は「わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい」と言われました。

どうしてビックリしたのでしょうか。

「隣人を愛し、敵を憎め」というユダヤ教の教えを守ってきた人々にとって、

敵を愛し、自分を迫害するもののために祈りなさい」

という、イエス様の教え(神様の思い)は驚きでした。

 
では、なぜこのようにイエス様は言われたのかというと、
「あなたがたの天の父の子となるためである」と。さらに、
「あなたがたの天の父が完全であられるように あなたがたも完全なものとなりなさい」とも言われました。
 
これを聞いてどう思う?自分を迫害するもの、敵の為に祈ることができそう?
…ビックリ…むずかしい…きびしい
そうですよね。難しいよね。
 
 
 それではイエス様は、みんなちゃんとやるんだよと言って天の高みから見ているだけなのかな?
どうもそうではないみたいです。
 イエス様は、人間にとっての八つの本当の幸いについて話されたことがありました。その第一番めの幸いが
「心の貧しい人々は幸いである、天の国はその人たちのものである」というものでした。
日本語で心が貧しいというと何か悪いイメージがあるけれど、聖書では神様に頼る人、自分は何でもできる、自分は偉いと思うのではなく、神様の前にへりくだって、どうしたら良いでしょうと神様に聞く人の事ですね。
神さまに頼るのですよ。またある時こんなことも仰いました。
イエス様が、弟子たちに「金持ちが天の国に入るよりも、らくだが針の穴を通る方がまだ易しい」と言われ、弟子たちがびっくりして、それでは誰が救われるのだろうと言った時、「人間には出来ないが、神は何でも出来る」と言われました。神様は私たちの心が弱くて、中々できないことを十分わかっておられます。
だから、神様は私たちが神様に祈り願うことを待っておられるのです。願い求めるとやれる力を下さいます。
「完全なものになりなさい」とイエス様はおっしゃるけれど、私たちが自分の力でやりなさいとはおっしゃってはおられないのです。
そう考えると、完全なものになり天の父の子になれそうですか?どうかな?
人間には出来ないが神には出来るとイエス様はおっしゃっているので、お祈りの時に願いましょう。
お祈りする時は、自分の気持ちを素直にイエス様に伝えましょう。「意地悪するあのお友達は嫌です。でもあのお友達のために祈ります。その力をください」と祈ると良いですよ。そうするとそのお友達の事が段々嫌ではなくなってきます。神様がそうしてくださいます。
この四旬節、心貧しいものとしていつも神様に祈っていけば、少しづつ完全なものになって行けそうかな。
それではもう一度、♪忘れないでを歌って最後アヴェマリアの祈りをして終わります。