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松戸教会では、毎月第1週の主日のミサのなかで、その月に誕生日を迎えられる方々の祝福を行っています。

 

今月は、本日・待降節第1主日のミサのなかでフィリップ神父様にお祈りを唱えて頂き、灌水して、祝福して頂きました。

8時のミサ

 

10時半のミサ

 

ミサに与った方々からも祝福の拍手が送られました。
12月生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます!




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クリスマスの4週前の日曜日から待降節が始まります。
今年は本日・12月2日(12月1日の日没)から待降節が始まり、カトリック教会の新しい1年が始まります。
毎年、待降節第1主日から朗読箇所(A年・マタイ福音書、B年・マルコ福音書、C年・ルカ福音書)が変わり、今年はC年(マルコ福音書)が朗読されます。

待降節とは…

待降節は二重の特質をもつ。それはまず、神の子の第一の来臨を追憶する降誕の祭典のための準備期間であり、また同時に、その追憶を通して、終末におけるキリストの第二の来臨の待望へと心を向ける期間でもある。この二つの理由から、待降節は愛と喜びに包まれた待望の時であることが明らかになってくる。

カトリック中央協議会 典礼解説「待降節」より

 

待降節の主日では、栄光の讃歌は歌われません。
4つの主日を通し、救い主イエス・キリストの来臨(ご降誕)、そして、再臨の準備を整え、その時を待ちます。
この2つの意味で、待降節は愛と喜びに包まれた待望の時です。

待降節は、第1主日・第2主日・第3主日・第4主日とあり、徐々にイエス・キリストの降誕を待ち望む気持ちを高めていきます。
アドベントクランツに、主日を重ねるごとに1本ずつ火を灯し、私たちの心にキリストを待ち望むことを呼びかける助けとしています。(クリスマス・ミサでは、中央に蝋燭に置かれ、火が灯します)

松戸教会公式twitterアカウントでは、主日ごとに火が灯っている蝋燭が増えていく様子を写真におさめ、投稿していきます。

 

今日は待降節第1主日ですので、入堂後すぐフィリップ神父様が、アドベントクランツの祝福をし、1本目のろうそくに火を灯します。

祭壇には、馬小屋も設置されました。
待降節の主日を重ねるごとに様々なサントン人形が足されていきます。ご降誕の際(主の降誕・クリスマス)には、飼葉桶にイエス様が安置されます。完成は、三博士が置かれる主の公現(1月6日)ですね。

 

 

ヨゼフ会のみなさんを中心に今年も飾りつけを行ってくださいました。

 

そして、典礼委員の方々が、聖母子像横の馬小屋の中や聖堂エントランスのツリーやアドヴェントクランツの飾りつけや準備を行ってくださっています。

 

 

松戸教会では、こうして、イエス様のご降誕への気持ちを少しずつ高めていきます。

クリスマスを教会で過ごそうと考えてらっしゃる方がいましたら、待降節の日曜日に教会に是非いらっしゃってください。(もちろん、未信者の方も大歓迎です)ともにクリスマスを迎える準備を致しましょう。




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毎月、第1週、小集会室で中高生の勉強会が行われています。
今月は、参加したのは2人。
学校の期末テストが近いということもあり、ちょっと寂しい感じですね。

待降節が始まった今日、クリスマスの本当の意味、そして、私たちは一体この待降節の間、どのように過ごすべきなのか…もう1度考えてみましょう。

 

 


 

今月のテーマ

● 私たちに贈られたもの ●

 

 

さて、今日から待降節が始まります。
待降節、英語で言うと、ADVENT。そのまま直訳すれば「到来」という意味ですね。
教会学校では、「イエス様のご降誕を待ち望む期間」とみんなには伝えました。そして、中高生会では、「イエス様のご降誕再臨を待ち望む期間」ともう1歩踏み込んで今まで話してきましたね。

イエス様のご降誕は、私たちにとって、どのような意味を持ちますか?
それは、なぜ、イエス様が私たちのもとにご降誕されるかということが答えになります。
イエス様のご降誕は、神様のみ旨を果たすために行われました。神様のみ旨は、いつもただ1つです。それは「私たちすべてのものを神の国に招くため」ですね。イエス様も当然「私たちすべてのものを神の国に招くため」にご降誕されました。
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。ヨハネ福音書3章16節)」とありますね。
つまり、イエス様のご降誕は、「私たちにまさに神様の愛が示された時」ということが出来ます。

神様は愛(ヨハネの手紙一4章16節)ですから、イエス様の「到来」は、まさに神様が示されたことになりますよね。
余談ですが、堅信を受けたメンバーは勉強しましたが、秘跡とは「目に見えない神様が目に見える形で現わされたしるし」ですから、まさにイエス様こそ「秘跡のなかの秘跡」ですよね。だから、原秘跡(Original Sacrament)とよんでいます。この「原」は原罪(original sin)の「原」と同じですね。

さて、では、最初の質問の答え、「イエス様のご降誕は、私たちにとって、どのような意味を持つか」という答えが分かりましたか?
全知全能の天地の創造主である神様の愛」が示されたことが、みんなにとってどういう意味を持ちますか?
その答えは、各々違うと思います。それを「大いなる喜び」と、答えてしまうのは簡単です。でも、みんなのなかでは、それはどのようなことですか?
それは、同じように神様の愛が示された「イエス様の受難・死・復活」にも同じことが言えます。
みんなにとって、イエス様の受難・死・復活は、神様の愛は、どのような意味を持ちますか?
難しい言葉で言えば、受肉の神秘(イエス様のご降誕)十字架の神秘(イエス様の受難・死・復活)は、同じです。
ともに、私たちにイエス様を通して、神様がその愛を示してくださったものです。
神様の愛が、つまり、神様が、みんなにはどのような意味を持ちますか?どのような存在ですか?

 

これは、同時に、私たち自身にも当てはまります。
私たちは、何のために生まれてきたのでしょうか?

私たちは、それぞれ神様によって「きわめてよい」(創世記1:31)として造られました。
私たちは、神様のものです。
神様は、常に私たちに愛を示し、神の国へと招かれます。私たちを常に神様と、神様の愛のうちにいる人々への交わりへと招いています。
それが、みんなにとって、どういう意味を持ちますか?

イエス様はおっしゃいました。

『わたしについて来たい者は、自分を捨て、日々、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい。』

ルカによる福音書9:23

そして、こうもおっしゃっています。

『自分の十字架を背負ってついて来る者でなければ、だれであれ、わたしの弟子ではありえない。 』

ルカによる福音書14:27

 

「十字架」とは、なんでしょう。
イエス様にとって、十字架とは、まさに自らの受難そのものですね。そして、その苦しみは、私たちへの神様の愛の現れですね。つまり、イエス様に与えられた「神様のみ旨」そのものです。
つまり、十字架を背負うとは、神様のみ旨に従うことに他なりません。そして、私たちそれぞれが、神のみ旨に従うものでなければ、キリスト者ではないとイエス様はおっしゃっています。

マリア様は、それをしっかりと果されました。

「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」

この言葉を最後の最後までマリア様は、自分の息子が、十字架の刑に処されるのを最後まで見届け、全うされました。
マリア様は、無原罪としてお生まれになり、その力を初めから与えられていました。

みんなも同じです。
神様のみ旨を果たすため、極めてよきものとして、造られたみんなには、その力は初めから与えられています。

すでに、みんなには、神様の愛が充分に与えられています。それを受けて、みんながどう感じるのか、どう考えるのか、どう行動するのか…。
みんなにとって、神様の愛とは、どういう意味を持つのか。
神の国が、どのような価値があるのか?
それぞれ、クリスマスまで考えてみてください。

 

それでは、最後にマリア様の取次ぎを願い、アヴェ・マリアのお祈りをして終わりにしましょう。

 


 

次回の勉強会は、1月6日です。

筆記用具をもって、集まってください。




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寒くなってきましたが、子ども達は元気に教会学校に集まっています。
いつも通り「教会学校・はじめの祈り」を唱えてスタートします。

今日も引き続き、クリスマスに向けて聖劇の練習をします。
早速、劇をする子と聖歌隊の子に分かれました。

こちらは劇をする子達です。
最初はみんな台本を読みながら練習します。

今日はどの場面にどの役が出るかはリーダーは言いません。
自分がどの場面で舞台に出ればいいか、しっかり覚えましょう。

みんな自分の出番がある場面を覚えてきましたね。

次の練習は、自信のある子は台本を持たないで練習しましょう。

みんな少しずつ自分のセリフを覚えてきましたね。

セリフを覚えてきたら、今度は劇に必要な動きを覚えましょう。
誰が誰に語りかけているのか、どういう場面なのかを考えて、それに合わせた動きをしましょう。
この劇では、イエス様がご降誕される場面を演じられています。
いい機会ですので、イエス様がご降誕された場面を頭の中で思い描いてみましょう。

一方その頃・・・

こちらは聖歌隊です。
まずは歌う前に、体をリラックスさせて発声する練習をしましょう。

準備ができたら、最初に「マリアの賛歌」を練習します。
この歌は、劇の中でマリア様が大天使ガブリエルに受胎を告知する場面の後に歌われます。
マリア様が神様を賛える喜びの気持ちを持って歌いましょう。

続いて、「ろばの歌」を練習します。
ポクポクポクポク、ロバがマリア様を乗せてベツレヘムへ旅をする様子が歌われている軽快な歌ですね。

前回よりは声が出てきました。この調子で頑張りましょう。
本番はいっぱい人がいる中でもっと大きな場所で歌います。
なので緊張しないように大きく歌えるように頑張りましょう。

最後に「アヴェ・マリア」の祈りを唱えて今日の教会学校を終わりました。

来週も元気に集まって下さいね。




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On December 1, 2018, Saturday, The Matsudo MCCIC had their “Advent Recollection” as part of their preparation for the advent season.

We have been doing this for few years now with different priests or lay missionaries but this time, we had it with Sr. Flor Florece of Hija de Jesus congregation who is also a dear friend of our Parish Priest, Fr. Philip Ilio Bonifacio, SSC. It was our first time to have a recollection facilitated by a sister and it was a very touching and enriching one.

The recollection started with a song prayer- Waiting for you, lectures followed and a little sharing. Just before lunch, the participants were invited to the church to talk, speak or have a dialogue with the Lord with the guided instructions by Sr. Flor. Everybody was touched and had poured some tears during this time of the exposition of the Blessed Sacrament.
It was indeed a great way of having a solemn time with the Lord where we can reflect what’s going on with our life and raising our concerns, too.

 

 

break!
lunchtime!

 

 

 

Lectures and sharing continued after lunch.

 

 

 

The recollection was concluded with a celebration of the Holy Eucharist by Fr. Philip.

 

 

 

The recollection was attended by 20 people coming from Ichikawa, Toyoshiki and Narashino communities. Everybody went home spiritually energized and blessed.
We are so much grateful of having Sr. Flor and hoping to have more recollections or retreats with her next year.