本日・年間第33主日、名誉教皇ベネディクト16世が開催を宣言された信仰年を残すところ1週間となりました。

カトリック松戸教会では、信仰年行事として様々な企画を催してきました。

 

 

その締めくくりとして森司教様をお迎えして、「信仰年を締めくくるにあたって」というテーマのもと講演会を開きました。

 

 

 

講演会の前に、10時半からのミサを森司教様に司式して頂きました。

 

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第1朗読 マラキ書 3章19~20a節
第2朗読 テサロニケの信徒への手紙二 3章7節~12節
福音朗読 ルカによる福音書 21章5~19節

 

 

 

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ミサ後、森司教様から講話を頂きました。

(以下講話内容)

 

信仰年に当たり、もう1度、歴史を振りかえり、「教会」というものを見直してほしい。「エクレシア(古代教会)」はどのようなものだったのか、知る必要がある。それがどのようなものだったのかは、聖書の中にある。

 

この町に一人の罪深い女がいた。イエスがファリサイ派の人の家に入って食事の席に着いておられるのを知り、香油の入った石膏の壺を持ってきて、後ろからイエスの足もとに近寄り、泣きながらその足を涙でぬらし始め、自分の髪の毛でぬぐい、イエスの足に接吻して香油を塗った。

ルカによる福音書 7章37-38節

 

当時、ファリサイ派の人たちは、有名人を食事に招き、講演会のような形で人を集め、自らの権威や人気を高めようとしていた。

その人々が集まる中に入ってきて、イエス様の足元にまで近寄ってきた「罪深き女性」、この女性はどのような人だったのだろうか?この女性について考えてみたい。

  1. この時代の罪深い女性という場合、「娼婦」であったと考えられる。しかし、自ら進んでそのような道にすすむことはないだろう。つまり、彼女は、娼婦にならざるを得ないような環境にあり、厳しい生活を送っていたのだろう。そして、罪深さゆえ、人々からは蔑視されていた。言葉には出さなくても、態度にはあらわれるものである。
    そういったなかで、彼女は「社会での自分の居場所を無くしていまっていた
  2. 彼女は、「娼婦」という仕事のなかで、人々の二面性、たとえば、客となる男性が自分と相対した時と普段社会の中で生活している時の言動の違いを見てしまうだろう。そして、その客達(もしくは、男性)への社会の受け止めが(例えば、社会的な地位などによって)良ければ良いほど自分の見て知ってしまったものとのギャップを感じてしまう。彼女は、社会の深層にある二面性のようなものを見てしまい、「社会への信頼が揺らいでしまう
  3. 罪深い女性にも、やはり(十戒”姦淫してはならない”に背ているので、当時の倫理観からすれば)自分のしている仕事に対する自責の念があり、たとえ、表層には現れなくても、深層の中で自己を否定していまい、「自己に対する信頼感も失ってしまっている

 

そういった「居場所も社会や自分に対する信頼も無くした」女性が、ファリサイ派の人の家で人々の中にいるイエス様を見た時に感じた魅力に引き寄せられ、イエス様に対して「信頼感」を抱き、つい引き寄せられてしまう。イエス様は、一目見ただけでそういったものを感じさせる人だったのだ。罪深き女性は、イエス様に「自分の居場所」をみつけたのではないだろうか。

そういったモノに引き寄せられ集まって出来ていったのが「エクレシア」であり、教えがあったから集まってきたのではないのではないだろうか。

 

 

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我々、今の教会はそのようなエクレシアから変遷してしまっていないだろうか。教会は「教え」を持ちすぎて、「教え」を通して、イエス様に出会うようになってきてしまった。カトリック教会が日本の中で広まらないのは、「教え」、カテキズムが塀になって入ってきているのを阻害しているからではないだろうか。本来は、先の罪深き女性がイエス様に感じたような「心の響きあい」こそ大事にすべきものである。

例えば、心に傷を負い、教会を洗礼を受けたいと訪ねてきた人がいた。教会の受付で洗礼希望者は入門講座に通ってくださいと言われ、入門講座に通い始 めると、カテキズムなどを習うことになった。何を言っているのか難しくて分からない。まわりの人たちも黙って聞いているので質問してよいものかわからな い。そうしているうちに心の傷は癒さないままだんだん教会から離れていってしまう。

例えば、罪を犯し、懲役刑を受け、刑期を終えた人が、教会を訪ねてきた。その人は、教会の人に「自分は罪を犯し刑務所に入っていた。社会的に疎外感を感じている」と言って、心の拠り所として教会を訪ねてきたと言ってきた。しかし、教会の人は言葉には出さないが、また、態度には出さないように努めるが、なんとなく雰囲気として偏見の目を向けてしまう。そして、それはいつのまにかいろんな人に広まってしまい、結局、その人は教会でも疎外感を感じ、離れて行ってしまう。

このように、たとえ悪意がなくても、教え・戒律によって、外に弾かれてしまう人たちは大勢いる。

エクレシアという言葉の中には、「教え」という意味は全くない。人と人とが出会って、キリストの魅力にひき寄せられて、イエズスさまから希望をくみ取る、そういう人々の共同体である。「教え」とは全く無関係な愛の共同体、それが教会の原点、原型である。

 

フランシスコ教皇様は、「教会は裁かない」と仰った。それは、イエス様が忌むべきものとしているからだ。それはマルコによる福音書に以下の様にあることでもわかる。

 

丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。わたしがきたのは、義人を招くためではなく、罪人を招くためである。

マルコによる福音書2章17節

 

「教え通りに生き、正しいことをし、一生懸命に生きている人を褒めてくれる神様」と「(例え、罪を犯しても、やはり、受け入れ、赦してくれる)命のつながり・関係の中での神様」、どちらがイエス様の言う神様だろうか。イエス様は神様を「アッバ(お父さん)」と呼んだ。お父さんは(例え、罪を犯しても、やはり、受け入れ、赦してくれる)命のつながり・関係の中で一緒に生きてくれるのではないだろうか。親はどんなことがあっても子供を見捨てはしない。それは「放蕩息子のたとえ」(ルカによる福音書 15章11-32節)でもわかる。

教会の原型であるエクレシアは、決して知的な人間や教養のある人間の集まりではない。このような「人間のつながり・関り」のなかで存在するモノであり、そのなかで、そういう「繋がりや関わり」に感謝する心こそ「信仰」なのである。