今日もみんな元気に集まりました!
「教会学校・はじめの祈り」でスタート!

今日はリーダーから、「夢」についてお話です。

突然ですが、みんなは自分の夢について考えたことがありますか??
野球選手になりたいとかサッカー選手になりたいとか、今話題のYouTuberになりたい等などありますね。
将来神父様やシスター・ブラザーになりたいとかいう人もいるかな??いいですね〜!

あるいは具体的な職業じゃなくてもいいです。
どんなことをしたいか、というのも夢ですね。
世界の平和のために働きたいとか、誰か困っている人を助けたいとか、
みんなが笑顔になれるように笑わせられる人になりたいとかありますね。
せっかくなので何人かに聞いてみましょうか。みんなの夢はなんでしょうか?

「貧しい国とかで働いて、テレビで取り上げられたい!」とか
「細かい物を作りたい!」とか
「動物に関わることをしたい!」とか
いろんな夢がありました。
みんな素敵な夢ですね!!

さて、じゃあその夢を叶えるためにはどんなことをしますか?
例えば、サッカー選手だったら…
必死に練習して、大会で認められるようになって、プロのチームのユースに入って、トップチームに昇格する。
あるいは、高校や大学の部活で結果を残して、プロのチームと契約する。
そんな方法があります。

例えばYouTuberだったら…
とにかく面白い動画を撮って人気が出るまで動画を撮り続ける…とか。

コックさんやケーキ屋さんだったら、料理やお菓子作りを勉強する学校に通って、
必要な資格を取るとか。

だけど、一生懸命やっても夢を叶えられない場合があります。
スポーツ選手だったら、自分が一番得意なポジションで、
自分と同じ年、あるいは自分よりも年下なのに、
自分よりずっと上手な子がいたりします。
面白い動画を撮っても、全然見向きもされないこともあります。

そうすると、夢を叶える人と諦める人がいますね。
その違いは何でしょうか?
努力や勉強が足りないから?リーダーはそうは思いません。
スポーツだったら、一般的に体が大きい方が有利だったりするね。
でも、それは生まれつき大きい子もいればそうでない子もいます。
勉強にしても、得意な子、不得意な子がいます。
自分に合った先生に出会うことで、勉強が一気に得意になる子もいます。
努力や勉強だけではどうにもならないことがどうしてもあるのです。
夢が叶わないとそれはとても悲しいことです。
ですが、夢を見ることで私たちは頑張ることもできます。

今日はその夢についてお話をしたいので、一つの絵本を用意しました。
「3本の木」というお話です。この話を知っている子も知らない子も、良いお話なのでよく聞いてください。

さて、読み終わりました。どうでしたか?
ちょっと今のお話を振り返ってみましょう。

3本の木はそれぞれ夢を持っていましたね。
第一の木はきれいな宝石を入れる宝箱になること。
第二の木は王様を乗せるような大きい船になること。
第三の木は、神様を思わせる大きく高い木になること。

でも、どの木もそれぞれが考えていた夢は叶いませんでした。
宝石箱になりたい木は、箱にはなるんだけど、馬や羊が食事をする箱にされてしまいました。
大きな船になりたい木は、船にはなるんだけど、大きい海には出られない小さな漁船にされてしまいました。
神様を思わせるほど大きく高くなりたい木は、切り倒されて、ただの木材になってしまいました。

みんな夢が叶わず、がっかりして、次第に自分たちの夢を忘れてしまいました。

しかし、三本の木の前に誰かが現れました。

第一の木には赤ちゃんが、第二の木には旅人が、第三の木には多くの人に悪口を言われ、敵意を持たれている人が現れました。
それぞれの木に出会った人は、いったい誰なんでしょうか?もうみんなはわかっているよね。

第一の木が出会ったのは、救い主として地上に来られたばかりのイエス様でした。
それはまさにクリスマスの出来事でした。
救い主として来られたイエス様は第一の木で作られた飼い葉おけに寝かされた時、
第一の木は、自分の夢が叶ったことを知りました。
「救い主」という金でも宝石でもない、本当の宝物を第一の木は入れたのでした。

第二の木が出会ったのは、旅の途中のイエス様でした。
イエス様は弟子たちを連れて福音宣教をしていました。
その途中、第二の木の船に乗って湖を渡っていたら、嵐がきましたね。
イエス様が立ち上がり、「しずまれ。」と言ったら、どうなった?嵐は止みましたね!
その時、第二の木は自分の夢が叶ったことを知りました。
人間の王様は嵐を収めることはできません。天地を治める「本当の王様」を第二の木は乗せていたのでした。

第三の木が出会ったのは、すべての人の罪の為に十字架にかけられるイエス様でした。
イエス様は十字架上で亡くなり、3日後に復活しました。
第三の木は、自分の夢が叶ったことを知りました。
第三の木で作られた十字架によって、私たちを愛してくださる神様を知ることができたからでした。
みんな、第三の木を見たら、神様のことを考えます…。

この三本の木のように、みんなの夢が叶って欲しいとリーダーは思っています。
そのためには勉強や練習だけでなく、お祈りをしてほしいと思っています。

日本ではよくお寺や神社に行ってお賽銭を投げて手を合わせて…って人がいますね。
みんなの場合は、例えばこんな経験がないでしょうか?
聖堂に入って、イエス様に向って「何か自分にとって良いことがありますように。」と思うこと。
それは、「願う」ことであって「祈る」ことではないと思います。
「お願い」と「お祈り」は違うとリーダーは思います。

三本の木がそれぞれ持っていた夢は、まさに三本の夢の「願い」でした。
それは自分たちがどうなりたいか、という自分達だけの思いだからです。
「祈り」は自分だけの思いでなく、神様の思いが実現するようにと思うことです。
主の祈りの「み国が来ますように。み心が天に行われるとおり、地にも行われますように。」とは、
まさに神様の思いが実現しますようにと祈っているのです。

また、ある神父様は、「祈り」をこんな風に表現しました。
湖のほとりに一艘の船があって、ロープで岸につながれています。
ある人が乗って、ロープを引っ張ります。
乗っている人からは、岸が自分に引き寄せられているように見えるでしょう。
でも本当は、岸が近づいてくるのではなく、自分が乗っている船が岸に近づいているんですね。
岸が神様、船に乗っている人が私達だと思ってください。
祈りによって私達が神様に近づいていくんですね。

じぶんだけの願いが、お祈りすることで、神様の思いと混ざり合います。
そこから私たちの本当の夢が見つかって、叶うんだと思います。

私たちは弱いので、罪を犯して神様から離れて行ってしまいます。
来週、みんなはゆるしの秘跡をしますね。
教会学校の宿題をしっかりして、神様に近づいてください!
そして、神様と一緒に本当の夢に向かって歩んでください!

では、最後に歌の練習をします。「主は水辺に立った」を歌いましょう。

そして、「アヴェ・マリアの祈り」と栄唱を唱えて教会学校を終わりました。

来週は赦しの秘跡!しっかり準備をしてきてくださいね。
また元気に集まりましょう!