『平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。』(マタイ5:9)

イエス・キリストに従う者として、私たちは『神の子』と呼ばれる恵みを切望します。
聖霊の助けによって、私たちは今の困難な世界に平和を実現しようと絶えず努力しています。
アシジの聖フランシスコの『平和の祈り』を思い出します。憎しみのあるところに愛を、争いのあるところにゆるしを、疑いのあるところに信仰を、絶望のあるところに希望を、闇には光を、悲しみのあるところには喜びをと切に望みます。

洗礼を受けた時、私たちの使命、召命の一つが、すすんで愛と平和と協力に向かうことでした。
最近の日本は、鉄砲水による大洪水や熱波による猛暑といった環境破壊の災害に襲われていますが、世界を見ても憎み合いや戦争、暴力が起こっています。通り魔的殺人まで日々起こる時代です。さらに、ソーシャルメディアの中では、侮辱したり傷つけたりすることばに慣れっこになってしまっています。そんなとき教会は、助けが必要な人を助けましょうと勧告し、平和と協力のために積極的に働く召命と使命を皆で共に持ち、揺るぎない確かな信念でいられるようにと強く勧めています。
イエス様が私たちにくださった平和は、悪への妥協や服従の平和ではありません。争いや混乱がないということでもありません。
しかし私たちは使徒たちと同じように、恐怖や混乱には簡単に負けてしまいがちです。聖ペトロと同じく、私たちは波の荒い海に既に大きな一歩を踏み入れているときでも、『信仰がうすい』ために沈みかけてしまいます。(マタイ14:31)
このような荒れ狂った時代に私たちを安心させることができるのは、変わらぬ存在と平和を私たちに確信させられる神様だけだと、冷静に認めるしかありません。
『恐れることはない、わたしだ!』(マタイ14:27)

2018年8月15日、「聖母の被昇天」の祭日に、共に祈りに参加し、断食して神様に憐れみを願い、自然災害から環境を守り、私たちの世界に平和の恵みを与えてくださいますようにと祈ります。また、日本やフィリピンのこと、そして全世界を、聖母マリアの『平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。』(マタイ5:9)イエス・キリストに従う者として、私たちは『神の子』と呼ばれる恵みを切望します。
聖霊の助けによって、私たちは今の困難な世界に平和を実現しようと絶えず努力しています。 アシジの聖フランシスコの『平和の祈り』を思い出します。憎しみのあるところに愛を、争いのあるところにゆるしを、疑いのあるところに信仰を、絶望のあるところに希望を、闇には光を、悲しみのあるところには喜びをと切に望みます。
洗礼を受けた時、私たちの使命、召命の一つが、すすんで愛と平和と協力に向かうことでした。最近の日本は、鉄砲水による大洪水や熱波による猛暑といった環境破壊の災害に襲われていますが、世界を見ても憎み合いや戦争、暴力が起こっています。通り魔的殺人まで日々起こる時代です。さらに、ソーシャルメディアの中では、侮辱したり傷つけたりすることばに慣れっこになってしまっています。そんなとき教会は、助けが必要な人を助けましょうと勧告し、平和と協力のために積極的に働く召命と使命を皆で共に持ち、揺るぎない確かな信念でいられるようにと強く勧めています。イエス様が私たちにくださった平和は、悪への妥協や服従の平和ではありません。争いや混乱がないということでもありません。しかし私たちは使徒たちと同じように、恐怖や混乱には簡単に負けてしまいがちです。聖ペトロと同じく、私たちは波の荒い海に既に大きな一歩を踏み入れているときでも、『信仰がうすい』ために沈みかけてしまいます。(マタイ14:
31) このような荒れ狂った時代に私たちを安心させることができるのは、変わらぬ存在と平和を私たちに確信させられる神様だけだと、冷静に認めるしかありません。
『恐れることはない、わたしだ!』(マタイ14:27)

2018年8月15日、「聖母の被昇天」の祭日に、共に祈りに参加し、断食して神様に憐れみを願い、自然災害から環境を守り、私たちの世界に平和の恵みを与えてくださいますようにと祈ります。また、日本やフィリピンのこと、そして全世界を、聖母マリアの母なる愛にゆだねましょう。イエスは母と『愛する弟子』を見て、母に、『婦人よ、ご覧なさい。あなたの子です!』と言われました。(ヨハネ19:26)
私たちは、本当に母であるマリアを、子としての愛をもって見つめます。
『教会の母であるマリアよ、私たちの近くにいてください。私たちが絶望したり、信仰、希望、愛のぶどう酒がなくなったりしたときには特にお願いします。(ヨハネ2:1-11)私たちにできることをお示しください。
そして、環境破壊と迫害に直面して心を失ったとき、あなたのそば近く、十字架のもとに立ち、あなたの愛する子、私たちの主、救い主イエス・キリストの脇腹から流れ出る水と血で強い心を取り戻すことができますように。

アーメン。

 

 


 

 

Our Resolve to be Peacemakers through Prayer and Fasting

 

“Blessed are the peacemakers, they shall be called sons and daughters of God.”(Mt 5:9)

As followers of Jesus Christ、 we aspire for the grace to be called
“sons and daughters of God. With the help of the Holy Spirit, we constantly strive to be peacemakers in these troubled times in our society and the world. We remember the Peace Prayer of St.Francis of Assisi, and with that we strive to bring love where there is hatred, pardon where there is injury, faith where there is doubt, hope where there’s despair, light where there is darkness, and joy where there ls sadness.

When we were baptized one of our mission and calling is to promote love, peace and cooperation. In these times of environmental disasters like flash flooding and heat-wave in Japan, when there is hatred, war and violence around the world,when there is murder in daily occurrence in our streets, when people have gotten so used to exchanging insults and hurting words in the social media, the Church admonishes us to help people in needヽand admonish us to remain steadfast in our common vocation and mission to actively work for peace and cooperation.
The peace that Jesus gives us is never the peace of compromise or capitulation to evil; it is also not about the absence of conflict and turmoil. But like the apostles, we are often so easily overcome by fear and panic. Even when we’re already making big steps on troubled waters like St. Peter, we find ourselves sinking because of our “little faith” (Mt14:31). There is nothing that can calm
us down in these turbulent times except the quiet recognition of him who
assured us of his abiding presence and his peace.
“Be not afraid; it is I !”(Mt 14:27)

On August 15, 2018 on the feast of the Assumption of Our Lady, let us join together in prayer and fasting to ask God in his mercy, to give us the grace of Peace in our World and environmental protection from natural calamities.
On this day also let us commend Japan, the Philippines, and the whole world to the maternal care of Mary, the woman to whom Jesus entrusted his “Beloved Disciple” and said, “Behold your son!” (John 19:26) We, for Our part, behold her – our mother in faith ― with filial love.
“Mary, mother of the Church, be near to us especially when we tend to despair and run out of the wine of faith, hope and charity.” (John 2:1-11)  Teach us to do only what your Son asks of use And when we lose heart in the face of environmental destruction and persecution, may we stand by you at the foot of the cross and regain our strength from the blood and water that flowed from the wounded side of your Beloved Son, our Lord and Savior, Jesus Christ.
AMEN.

 

 

主任司祭  PARISH PRIEST
フィリップ・ボニファチオ神父
Fr. Philip llio Bonifacio, SSC