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今日は、堅信のための第8回目の勉強会です。
実質的には、今日が最後の堅信の勉強会となります。
さて…堅信の勉強のしめくくりの内容は、「聖霊降臨」についてです。
来週、堅信に与るみんなには、聖霊が注がれます。それがどういう意味なのか、もう1度考えてみましょう。

今回も、主の祈りを唱えてスタートです。

 


 

 

今週のテーマ

● 聖 霊 ●

さて…今日は聖霊について勉強します。
前回の『イエス様について』、そして、『神様』とおなじくらい大事で、難しいですが、今日で堅信の勉強は実質的に最後になりますから、頑張りましょう。

ところで、みんなは「続唱」は、知っていますか?
年に2回しか歌う機会がないのですが、とても美しい歌です。歌う時は、アレルヤ唱の前に歌います。
復活の主日(日中)」と「聖霊降臨の主日」に歌います。先日の復活の主日(日中)でも歌いましたよね。
プリントに「聖霊の続唱」の歌詞が書いてあります。この歌詞は、そのまま「聖霊へのお祈り」でもあります。
ですから、少し長いですが、歌詞を覚えると良いと思います。素晴らしいお祈りなのに年に1回唱えないなんて勿体ないですし…。

さて…今日は主の昇天の祭日ですね。
ご復活されて40日後、イエス様は昇天され、天におられる神様の右の座にお着きになられます。40日後というと、本当は今日ではなく先週の木曜日が主の昇天の祭日なのですが、日本では平日ということもあり、日曜日が主の昇天のミサとなります。でも本当は、今日は復活節第7主日です。
そして、その10日後、つまり、今年は5月15日が聖霊降臨の祭日になります。

イエス様が亡くなった日、磔刑にあい、十字架上で亡くなられた日、ユダヤ教では「過越祭」と言われる祭日でした。
この「過越」というのは、神様がイスラエルの民をエジプトから解放してくださったことを記念してたものです。モーセのお話ですね。機会があれば『十戒』という映画を見てくださいね。『十戒』はモーセを主人公とした映画です。海がパッカーンと割れるお話と言えば…さすがにみんな知っているよね…。海、あれは紅海なのですが、パッカーンと割れたところを通って、エジプトからエルサレムを目指して逃げる、帰るわけです。そのシーンがまさに私たちの「洗礼」に当たります。まぁ…過越の話はいつかまた違う機会にしましょう。
「過越」から50日後、イスラエルの民がシナイ山でモーセを通して神様から『十戒』を与えられ、神様と契約としてことを記念した五旬祭が行われます。(出エジプト記 19章1~16節)

イエス様が亡くなった年も、もちろん五旬祭は行われていました。世界中にいるイスラエルの民が集まり、五旬祭をお祝いしていました。
そして、その日、それまで50日間、迫害を恐れ、隠れて暮らしていた弟子たち、使徒達やマリア様に奇跡が起こります。
先週(5月1日)復活節第6主日の福音朗読(ヨハネによる福音書 14章23~29節)のなかで、イエス様は、弟子たちにある約束をしましたね。覚えていますか?

 

弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。

ヨハネによる福音書 14章26節

『わたしは去って行くが、また、あなたがたのところへ戻って来る』と言ったのをあなたがたは聞いた。
わたしを愛しているなら、わたしが父のもとに行くのを喜んでくれるはずだ。

ヨハネによる福音書 14章28節

 

多分、使徒たちは、「イエス様のご復活を見て、昇天されたのも見た」にもかかわらず、まだ、その約束の本当の意味を分かっておらず、イエス様が昇天されて10日間、本当に不安だったと思います。そして、その出来事が起こります。使徒言行録2章1~4節を開いてみましょう。

 

五旬祭の日が来て、一同が一つになって集まっていると、 突然、激しい風が吹いて来るような音が天から聞こえ、彼らが座っていた家中に響いた。 
そして、炎のような舌が分かれ分かれに現れ、一人一人の上にとどまった。 すると、一同は聖霊に満たされ、“霊”が語らせるままに、ほかの国々の言葉で話しだした。

使徒言行録2章1~4節

 

そうです。イエス様が約束して下さったことがこの時起こったのです。
その瞬間、「聖霊」によって、使徒たちはすべてを理解しました。
神様は、よく「風」とか「炎」とか「光」で表現されますよね。ここでは、聖霊を「風」とか「炎」などで表しています。三位一体の神であられる神様と聖霊の同一性みたいなものが少し見えますね。他にもイエス様の洗礼の時、また、絵画などでは「鳩」で表されています。豆知識ですが…絵画や御像などは、その絵を見た時に神様、イエス様、聖霊、そして、聖人と分かるようにルールがあって、それをアトリビュートといいます。アトリュビュートを覚えておくと、絵画や御像を見た時に「何々が描かれているからこれはこの方だな」ってわかります。例えば、剣と聖書を持っている聖人は、聖パウロです。松戸教会の守護聖人・大天使聖ミカエルは、剣と天秤です。いつかそういうのも勉強したいですね。

さて、聖霊降臨の出来事は、イメージしやすいですよね。
こういう風にみんなで部屋にいたら、窓も閉まっているのに突然激しい風が吹いているような音が天から聞こえてきて、炎が起こり、細く分かれて、使徒たちの所に留まる。そして、全てを理解する事が出来た。
心のなかで映像化してみてください。
この事が、来週の堅信式で、みんなに起こります。岡田大司教様の按手により、神様からみんなに聖霊が注ぎ込まれ、みんなは「聖霊に満たされる」のです。

では、「聖霊」とはどういう方なのでしょうか?
ヨハネ福音書14章26節を開いてみましょう。

 

しかし、弁護者、すなわち、父がわたしの名によってお遣わしになる聖霊が、あなたがたにすべてのことを教え、わたしが話したことをことごとく思い起こさせてくださる。

ヨハネ福音書14章26節

 

ここでキーワードとして『弁護者』という言葉が出てきますよね。その弁護者は、「神様がイエス様の名によってお遣わしになる」と、イエス様は仰られています。
聖書はギリシャ語やラテン語で書かれていますから、当然、日本語に訳しているわけですが、この弁護者という訳は、他にも「そばにいて助けてくださる方」という訳した方もあります。
…まだ、イメージしにくいですよね。
神様やイエス様「聖霊」と違って、とても聖霊は説明するのが難しいです。もちろん、目に見えるモノではありませんし、頭で理解しようとしてもうまくいかないと思います。でも、それは確かに存在し、みんなにも来週の堅信式では聖霊が注ぎ込まれます。感じ取る事しか出来ません。「燃えよ!ドラゴン」という映画のなかで、ブルース・リーが「Don’t think,Feel!」と言いますが、そんな感じですよね。
私個人が聖霊を一番感じる時というのは、やはり、聖変化の時です。
ホスチアはキリストの体へ、葡萄酒はキリストの血へと変わる時、きっとミサに集まった信者のそばにいる聖霊が一つになり、それを可能にしているのだと思います。あの瞬間、確かに聖堂の雰囲気は変わりますよね。そう思いませんか?
また、他にも、私たちを「神様の意思に適う者」であるための行動をとる時、勇気が足りない時とかあると思います。そういう時に心のなかで背中を押してくれるモノがある時がありませんか?
そういう時、聖霊がきっと働いてくれているのだと思います。

 

さて…使徒たちは、聖霊を受け、福音宣教を始めました。
だから、来週の聖霊降臨の祭日は、「教会の誕生」した日、「教会の誕生日」でもあります。
みんなも来週、聖霊を受け、堅信の秘跡に与ります。
みんなにもその瞬間からキリスト者として、福音宣教の使命が与えられます。
前も話しましたが、「キリスト教を信じてください」と大勢の人たちに伝えるのが「宣教」ではありません。福音とは、「よい知らせ」という意味でしたね。神の国が始まったという「よい知らせ」を知り、感じ、そこに喜びを感じる。喜びを感じた人は、いてもたってもいられず、みんなに知らせたくなる。神様、イエス様に出会える喜び、神の国が始まっている事の喜びを伝えるのが福音宣教です。
ミサに与り、ご聖体を頂いた時、イエス様を感じていますか?
喜びを感じていますか?
みんなも、それぞれの才能、力、生き方でそれを示すことが出来るはずです。
もちろん、私たちには、いつも悪魔の誘惑があります。悪魔は、必死に私たちを神様から離そうとします。
今日は眠くて教会に行きたくない…。困っている人がいるけど私には関係ない…。悪魔は、私たちにそんな気持ちを起こさせます。
そのような時、聖霊が私たちを導いてくれます。
みんなが、来週、聖霊を受けた時、神様から、聖霊から「7つの賜物」が贈られます。
「7つの賜物」は私たちを強め、きっとみんなを「善い人」にしてくれるはずです。洗礼者ヨハネからイエス様が洗礼を受けた時のことを覚えていますか?
聖霊が天より注がれ、神様がこうおっしゃいます。「これはわたしの愛する子、わたしの心に適う者(マタイによる福音書3章 17節)」
みんなも聖霊を受けて、神様にそう言われるのですよ。

 

さて、ここにそれぞれ7つの賜物が書いてあるモノがありますから、さっきの「聖霊へのお祈り」を唱えながら心のなかで「聖霊きてください!」と思って、1人1つずつ、ひいてみてください。
今ひいたものは、きっと神様が今度の聖霊降臨でもっとも強く与えてくれるもの…もしくは、これが必要だよ。と、仰っているものなのでしょう。
では、何が出たか一人ひとり発表してもらいましょう。

 

  1. 上智

    • すべてのことを神の眼差しで見る恵み。
      わたしたちは物事を自分の好みや、その時の気分で、愛や憎しみや妬みをもって眺めてしまうことがあります。しかし、これは神の眼差しではありません。上智は、わたしたちがすべてのことを神の目で見るようにとの、聖霊の働きかけです。
  2. 聡明

    • 物事の深みを神が理解するように理解できるようになる恵み
      この賜物により、物事を神の聡明によって、神が理解するように理解させてくれます。
      『人の目が見たことも、耳が聞いたことも、心に思い浮かんだこともなかったことを、神はご自分を愛する者たちのために用意された』神はわたしたちにそのことを聖霊を通して啓示してくださいました。(1コリント 2,9-10)。
  3. 賢慮

    • 神との交わりのうちにイエスやその福音の論理に従ってどのように行動すべきかという具体的な選択を可能にする賜物。
      わたしたちが心の中に聖霊を迎え入れたとたん、聖霊はすぐにわたしたちの考えや感情、意向を神のみ心に沿って方向づけ始めます。そして同時に、心の目をわたしたちの行動、そして父なる神や兄弟たちと関わりの模範としての、イエスの方に常に向けさせます。
  4. 勇気

    • 神のみ言葉の成長を妨げるわたしたちの心の土地を、主のみ言葉を喜びの中に実行できるよう、無気力や不安やすべての怖れから解放してくれる恵み。
      自分自身や愛する人々の生活を揺さぶる非常に苦しく困難な体験に直面している人々が置かれた状態にある時、神の御旨を実行できる力。
      「勇気」の賜物を得るためは、わたしたちの心の謙遜が必要です。そうすれば「わたしに力を与えてくれるお方において、わたしは何でもできる」と聖パウロと共に言うことができるのです (フィリピ 4,13)。
  5. 知識

    • 被造物を通して神の偉大さやその愛、すべての被造物と神との深い関係をわたしたちに理解させてくれる恵み。
      大自然の美と宇宙の壮大さにおいて、わたしたちはすべてが神とその愛を語っていることに気づくのです。これらはわたしたちの中に大きな驚きと深い感謝の念を引き起こします。それは、わたしたちが芸術作品や、天才や創造性のすばらしい実りを目にして感じるのと同じ感覚です。これらを前に、聖霊は、わたしたちに心の底から神を賛美させ、それらの中に神の計り知れない恵みと、わたしたちへの神の無限の愛のしるしを認めさせてくれるのです。
      「知識」の賜物は、このように、美をわたしたちに見せてくれます。神を賛美し、これほどたくさんの美を与えくれた神に感謝しましょう。
  6. 孝愛

    • わたしたちの神へも帰属、神との深い絆を示す恵み。
      「孝愛」は真の宗教心、神に対する子としての信頼、そして心の謙遜な人々の特徴である、愛と単純さをもって祈る能力。
      その絆は、たとえ大きな困難や苦悩の中にあっても、わたしたちの生活全体に意義を与え、神との交わりの中にわたしたちをしっかりと支えてくれるものなのです。
  7. 主への畏敬

    • わたしたちが神とその愛を前にいかに小さい者であるか、そして謙遜と尊敬、信頼をもって神の御手に自らを委ねることが大切であるということを思い出させてくれる、聖霊の贈物。
      主への畏敬は、すべては神の恵みによるものであり、わたしたちの真の力は、主キリストに従い、御父からその優しさと憐れみを注がれることにあると悟らせます。神の優しさと憐れみがわたしたちに注がれるように心を開くことが出来るようになります。

 

どうですか?
聖霊によって、私たちと神様、そして、わたし達キリスト者同士が繋がっていくのが分かりますか?
前も話しましたが…十字架のしるしでもわかる通り、私たちは、神様とイエス様、そして、聖霊、キリスト者の繋がりの中にいます。
賜物を頂き、私たちは、その繋がりをより強くするのです。
そして、私たちは、賜物を頂き、より強く神様の心に適う者として生きれるようになれます。私たちは、悪魔の誘惑に勝ち、神様を求めます。イエス様を求めます。それによって聖霊の実を得られるのです。聖霊の実は、愛、喜び、平和、忍耐、親切、善意、寛容、柔和、誠実、謙遜、節制、貞潔です。聖霊の実は、神様の存在、聖霊の働きがあることを示してくれます。

だから、もし何かに迷った時、何か不安があった時、神様の存在を感じたい時、祈ってください。
1日10分間で、いいです。携帯電話もPCもテレビも切って、静かに1人で「聖霊来てください」と、祈ってみてください。

私たちは、神様から、それぞれ使命を与えられてここにいます。
その使命を果たすため、私たちに神様は、力を与えてくれています。人は、それを「才能」と呼びます。
色々な才能があります。
足が速い、頭が良い、1時間真面目に机に座り勉強ができる……、それぞれ、質も量も違います。同じ足が速いでも、1人は日本で1番になれるくらい、1人は学校で1番になれるくらいの才能しか与えられません。それはそれだけ「役割」が与えられているということです。力のある者は力のある分重い責任を負います。正直、誰がどのくらいのモノを与えられたかというのはどうでもいい話ですよね。大事なのは「神様が自分に与えてくれた使命」です。
タラントンのたとえ話(マタイ 25 章14~30節) を覚えていますか?タラントンは、「タレント」、才能の語源になった言葉です。
3人が、主人から、それぞれお金を預かり、2人はお金を増やして返します。1人は地面に埋めて置き、そのまま主人に返します。ある意味、「預かったお金をそのまま返す」ことは正しいことです。他の2人はもしかしたら、預かったお金を減らしてしまうリスクがあったわけですから…。でも、主人は、そのまま返した人を叱ります。なぜでしょうか?
大事なのは、「預けたお金をそのまま返す」ことではなく、「お金を増やす事」でもなく、「自分に信頼をおいてくれた主人を信頼し、その信頼に応えようとする行動」にあったのではないでしょうか?
みんなは、どうですか?
たぶん、まだ自分がどんな才能があるのか、分からないのかもしれません。
だから、「聖霊来てください」と祈ってください。そうすれば、聖霊が導いてくれます。
「自分が何が出来るのか?」「自分にとって、何が大事なのか?」
神様に尋ねてみてください。
そして、その道を一生懸命頑張ってください。みんなの人生はこれからですから。一生懸命頑張ってください。そして、つらい事があったら、また、「聖霊来てください」と祈ってください。きっと、また力をえれます。
もう1度言います。1日10分間で、いいです。携帯電話もPCもテレビも切って、静かに1人で「聖霊来てください」と、祈ってみてください。そんな時間が私たちには必要です。

 

最後に私が大事にしている言葉をみんなに贈ります。

Totus Tuus ego sum(わたしはすべてあなたのものです)

聖ヨハネ・パウロⅡ世の遺言です。聖ヨハネ・パウロⅡ世は、今のパパ様の前の前のパパ様ですね。
神様が与えてくださった才能、神様が与えてくださった環境、神様が与えてくださった喜び、そして、聖霊によって得られる人との繋がり…、そう考えた時、自然とこう言えるのではないでしょうか?
神様の心に適う者になって、自分の中にある力を、教会のため、社会のため、人々のために使ってください。
そうすれば、みんなの生き方を見て、多くの人々が神様の存在を感じれるようになると思います。
来週、堅信式が終わり、カテドラルを出る時から、その力を活かし、福音宣教を始めましょう。

では、最後にもう1度聖霊への祈りを唱えて終わりにしましょう。

 


 

さて、これで今年度の堅信のための勉強会は終了です。
来週は、堅信式の説明、そして、堅信に与る前に、ゆるしの秘跡に与ります。遅刻しないように集まってください。

 

中高生の勉強会は、引き続き、第1週に行います。
受堅したからといって、まだまだ勉強は終わりません。中高生は、毎月集まってください。