今日は、四旬節最後の主日である受難の主日(枝の主日)です。
松戸教会では、午前8時、そして、午前10時半からミサが行われました。

受難の主日(枝の主日)は、信者がそれぞれに枝を持ち、行列をして受難の道に入ったことを思い出す典礼です。(ユダヤ人の)過越祭に合わせ、主イエスがエルサレムに入ったことをを記念して行われます。
その際、多くの群集が、子ロバにまたがって入城するイエス様を群集が衣服や枝を持ち、歓呼を持って迎えます。(しかし、その数日後、その群衆は、イエス様を「十字架につけろ!」と叫びます。)
今日から、典礼暦の頂点である聖週間が始まります。

 

教会入口で、用意された枝を受け取り、聖堂へと向かいます。

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午前10時半からのミサでは、まず、「枝の式」が行われます。
信徒は、外の駐車場で、フィリップ神父様を待ち、交唱を歌い、神父様をお迎えします。

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そして、枝の式が始まり、枝を持った会衆を祝福する祈りが唱えられます。

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そして、フィリップ神父様が枝(棕櫚の葉)を祝福をします。

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そして、入城の福音朗読が行われます。

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福音朗読 ルカによる福音書 19章28~40節

 

 

 

 

福音朗読後、枝の行列を行いました。

「ダビテの子」を歌いながら、下の広場からスローブを登り、入堂します。

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行列が、聖堂に入ると、今度は「聖なる町に」を歌います。

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そして、ことばの典礼が行われます。

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詠唱は、今日は少し長めのものが歌われます。

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そして、受難朗読が始まります。
ご受難の朗読(福音朗読)は、神父様(イエス様)と朗読者2人(第1朗読者;語り手、第2朗読者:その他の登場人物)と会衆全員(群衆)で行います。

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イエス様が亡くなられる箇所では、頭を下げて、しばらく沈黙のうちに祈ります。

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第1朗読 イザヤの預言 50章4-7節
第2朗読 使徒パウロのフィリピの教会への手紙 2章6~11節
受難朗読 ルカによる主イエス・キリストの受難 23章1~49節

 

 

そして、お説教が行われます。

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説教要旨

今日から聖週間が始まります。
聖週間の間、イエス様の受難・死・復活を思い起こしながら、神様のいつくしみに深く触れることに私たちは招かれています。
枝の主日は、イエス様のエルサレム入城の福音書がいつも朗読されます。
イエス様は、エルサレムにまるで凱旋されるかのように入城されました。しかし、その後、様々な受難に合われました。それは、肉体的なものだけではなく、精神的な苦しみをも受けられました。
今日の福音書のなかには、それらのことは記されていませんが、主の受難の祭儀等に読まれる今日の箇所の長いかたちの福音書にはその事が描かれてます。
それは、イエス様が、深く愛し、信頼していた弟子たちから裏切られたということです。
しかし、裏切られ、否定されたにもかかわらず、イエス様の彼らの行動すらもあわれみ、赦されたのです。
おそらく、私たちの中には、裏切れ否定されたイエス様の事を、気の毒に思う人がいるかもしれません。また、裏切り否定した人々に神様からひどい罰を受けたら良いと思う人もいるでしょう。
しかし、そうではありません。
神様は、イエス様の受難を通して、私たちを強く深く愛し、赦してくださっているのです。私たちは、神様の愛無しでは生きていくことは出来ません。
私たちが心の安らぎをもって、主の復活に与るためにはどうすればよいでしょうか?それは、まず神様と和解し、他の人と共に互いに赦しあうことです。それが復活をお迎えする準備となります。
私たちのために苦しまれたイエス様の事を思い、また、今まで四旬節の務めをあまりしてこなかったと思う人は、せめてこの1週間を、愛と犠牲に満ちたものにしましょう。
その為にも、是非、聖週間の典礼に参加されることをお勧めします。
父と子と聖霊のみ名によって。

 

 

 

いよいよ聖週間が始まりました。
聖週間の祭儀に出来るだけ参加し、キリストの過越の神秘に感謝しましょう。