毎月、第1週、小集会室で中高生の勉強会が行われています。
2017年度最初の勉強会は、教会学校と合同で、「イエス様の受難・死」のリーダー作成の動画を見ました。
昨年、教会学校を卒業した新しいメンバーを含め、5人の中高生が集まってくれました?
教会学校の次は、中高生会!という流れが出来てきましたね。
今月のテーマ
● 聖 週 間 ●
今日は、昨年度行った聖週間の内容のおさらいです。
4つの福音書が時系列で繋がっている子のDVDを見て、もう1度、私たちの信仰の根幹となる神様の愛について考えてみましょう。
ところで、福音書には、並行箇所というものがあります。
1つの出来事を4人の福音記者がそれぞれ記している箇所です。実は、同じ出来事なのに、少しずつ内容が変わっていることがあります。この聖週間の出来事も全く同じ描き方をしている箇所もありますし、少し内容が違う事もあります。詳細に描かれていることもあれば、簡単にしか描かれていない箇所もあります。
たとえば、今回の話でも最後の晩餐のシーンや十字架の道行など、多くの場面が並行箇所としてありますが、少しずつ内容が違っていたりもします。
それは、それぞれの福音記者が、自分の共同体やその時代に必要なメッセージを込めたからです。なので、時代背景やその共同体の現状によって、内容が少しずつ変わるのです。
また、同じことを見聞きしても、人によって、記憶する内容が違いますよね。
福音書は、聖霊が福音記者を導き、福音記者によって記されたものです。私たちが、福音をより深く理解出来るように、そして、救いの源となるみ言葉を深く味わえるように、4つの福音書を用意して、4つの視点から私を導いています。
福音書はそれぞれ書かれている時代や誰に向かって書かれたかが違います。
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マタイ福音書
使徒聖マタイによって記された福音書。A年の年の福音朗読となる。
イエス様とともに行動した使徒である聖マタイが、主にユダヤ人のために記されたとされる。
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マルコ福音書
聖マルコによって記された福音書。B年の年の福音朗読となる。
聖ペトロや聖パウロと共に行動した聖マルコが、ユダヤ教の理解のあまりない異邦人のために記されたとされる。
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ルカ福音書
聖ルカによって記された福音書。C年の年の福音朗読となる。
聖パウロと行動を共にした聖ルカが、ローマやギリシャの身分の高い人々、高い知識を持った人々のために記されたとされる。
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ヨハネ福音書
使徒聖ヨハネによって記された福音書。待降節や四旬節や復活節などに朗読される。
イエス様とともに行動した使徒である聖ヨハネが、4つの福音書の一番最後に記したとされる。
DVDを見て、どう思いましたか?
神の愛、そして、イエス様・マリア様の神様への信頼、イエス様の人間としての苦しみ、弟子たちの気持ちをもう1度深く感じてみてください。
教会学校では過去2回このDVDを見ました。
卒業生の中には、2回とも見た人もいるでしょうし、始めてみた人もいると思います。
2回見た人は、見るごとに感想が違うかもしれません。それぞれ違う気づきがあったと思います。その思いを大事にしてください。
ところで、大事な話は何度もしていますし、今年度もまた、2月・3月で行おうと思いっていますので、今日は、少し視点を変えてみましょう。
「イスカリオテのユダ」の話です。
彼は、12人の弟子のひとりとして、イエス様から最も厚い信頼を置かれていた1人でした。
会計係としてお金の管理を任されていたくらいです。
しかし、イスカリオテのユダは、サタンの誘惑に勝つことが出来ませんでした。彼は、イエス様を裏切り、銀貨30枚でイエス様を祭司長や長老たちに売ってしまいます。
イエス様は、全てをご存知の上で、最後の晩餐のなかで彼の足も洗い、彼に「しようとしていることを、今すぐ、しなさい」と言います。
もし、イスカリオテのユダが、サタンの誘惑に勝てていたら…イエス様はどうなったのでしょうか?
きっと、違う誰かによって、イエス様は受難へと向かわれ、十字架の上で死を迎えたでしょう。それは、神のご計画、神の御旨だからです。
そして、イエス様は、全てを承知の上で、神を深く信頼し、神の御旨を受けれいられました。
イスカリオテのユダは、イエス様の死刑が決まると、深く後悔し、苦しみ、銀貨30枚を祭司長や長老に叩き返します。半狂乱の中、エルサレムの郊外で首を吊り、ひもが切れ、地面に叩きつけられ、内臓がすべて飛び出して死んだと言われています。
聖ペトロも、イエス様が捕まった時に、イエス様の弟子の1人ではないかと問われ「違う」と、3度も打ち消してしまいます。「イエス様とは関係がない」「そんな人は知らない」と…最も自分が辛い時に、最も信頼していた弟子に裏切られて「知らない」と言われるイエス様は、本当に辛かったと思います。
「知らない」という言葉は、その人の存在や関連性をないものにする言葉です。
つまり、殺しているのとさほど変わりません。
イスカリオテのユダとさほど変わりのない罪を犯していると思いませんか?
聖ペトロも、後悔します。苦しみます。
しかし、ユダととった行動は違いました。
聖ペトロは、回心し、赦しを願いました。
1人は裏切り者の代名詞となり今に至るまで最も恥ずかしい名として残り、1人は教会の礎となります。
ほぼ同じような事をした、2人の違いはなんでしょうか?
それは、神への信頼・イエス様への信頼です。
誰しも「聖ペトロのように知らないと言ってしまう弱さ」、「イスカリオテのユダになる弱さ」を抱えていると思います。
だからこそ、神様を信頼し、常に神様への道を歩まなければならないと思います。
もし道をあやまっても、神様を見失ってしまっても、イスカリオテのユダのように絶望するのではなく、聖ペトロのように、もう1度神様を探し、神様の方に目を向けてください。
わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。
ヨハネによる福音書 14章11節
最後の晩餐の時にイエス様が仰ります。
イエス様が仰っているように、もし神様を見つけることが出来なければ、秘跡に与りましょう。そして、もう1度神様の方向に歩みを続けましょう。
秘跡を受け、神様の愛を感じましょう。
聖ペトロは、ご復活されたイエス様によって赦されます。
この時ほど、聖ペトロが神の愛を感じれた時はなかったのではないでしょうか?
怯えることも恐れることもありません。
このDVDの続き(イエス様が亡くなった後)をみんなは知っているよね。神様に深い信頼を置いてください。
最後に、今年度の中高生会の勉強会を始めるにあたり、1つの御言葉をみんなに是非覚えてほしいと思います。
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。
ヨハネによる福音書 3章16節
さて、今年度も、毎月第1日曜日午前9時15分から、中高生の勉強会を行います。
筆記用具とノートをもって、集まってください。
他の週は、教会学校で、リーダーのお手伝いをしてもらいます。
教会での奉仕も、教会学校の子ども達のお手本となるようにどんどんしていきましょう。
来週は、「堅信式について」、そして「ゆるしの秘跡」について、お話します。そして、実際に赦しの秘跡に与ってもらいます。
それでは、今年度もがんばりましょう!