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本日、午後12時半頃から第15回ミカエル会が行われました。
今回は、下原助祭、そして、愛徳カルメル修道会の志願者のお2人の歓迎会も兼ね、ひたすた「肉を食べる」という企画です!

 

外でBBQ形式で、ガンガン肉を焼き、ひたすら食べるというつもりだったのですが……メンバーの雨男がその才能を遺憾なく発揮し、横殴りの雨が降る中、行うことになってしまいました。
そのため、なかなか火がつかない…しかし、そんな環境にも負けず(ヨゼフ会の方々に色々教わりながら)肉を焼き始めます。

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そして、ようやく、乾杯!

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ひたすら肉を食べます!

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下原助祭や志願者のお2人ともだいぶ距離を縮められたと思います!
こういうのも楽しいですよね!
でも、ちょっと高級な肉を買い過ぎて量が足りなかったかも……

 
今度は6月!
フィリップ神父様のサバティカル前最後の集まりになりますので、皆さん、是非参加してくださいね!




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今月14日に熊本県で震度7の激しい揺れを観測した地震が起きて以降、熊本県と大分県では活発な地震活動が続いています。

 

少しでも被災された方々の力になればと思い、教会学校の子ども達が、リーダー達と一緒に信徒の皆さんに募金の呼びかけを行いました。

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んー…もうちょっと大きな声で呼びかけられたら良かったですね。
来週も行いますので、来週はもっと大きな声で呼びかけましょう!

 

ご協力くださった皆様、ありがとうございました!




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堅信

 

今日は、第5回目の堅信のための勉強会です。
堅信の勉強会のカリキュラムは、以下のページに掲載されています。

 

今日は、受堅希望者のみの勉強会です。(月1回、第1日曜日は受堅者も含めた中高生の勉強会と合同になります。)出席者は5名。
さて…今日の内容は、「ミサ」について、考えてみました。
なぜ、ミサに与るのか、なぜ教会に来るのか、もう1度考えてみましょう。

主の祈りを唱えてスタートです。

 


 

 

今週のテーマ

● ミサについて考えてみよう? ●

今日は、ミサについて一緒に考えてみましょう。
みんなにとって、ミサは、どういうもの、どういう位置づけですか?大切なものですか?お父さんやお母さんに無理矢理連れて行かされているモノですか?
お祈りする時間?お祈りならば、家でも出来ない?それなら、わざわざ毎週集まる必要があまりないのではないですか?
教会共同体として、私たちが存在するのは、キリストのからだをうけ、キリストと一致したものとなり、キリストのからだにかえられるからです。
ミサによってミサによって、教会は教会となります。
私たちは、キリストの体となったご聖体を頂き、ともに祈りを捧げます。そして、教会共同体として1つの(キリストの)体となります。だから、教会にとっても、私たちにとっても、大事なものなんです。

もちろん、ミサだけが、私たち信徒にとって大事なモノではありません。
聖書や神学について研究し私たちに教えを伝えてくださり「教会博士」、殉教し私たちに道を示してくださった殉教者など色々な聖人たち、名もなき殉教者達や信者、もちろん、みんなのおじいちゃんやおばあちゃん、お父さんやお母さんたち、そういう方たちが作ってくれた2000年の伝統、また、それらを学ぶこと、つまり、勉強ですね。そういう事もとても大事です
勉強しないと、私たちはどうやって信仰を育てますか?そして、どうやって、次の世代、子どもたちにそれらを伝えていきますか?
堅信を受けた後は、みんなも福音宣教の使命があります。
教会が準備する機会を与えてくれるのは多分これが最後です。後は自分で、勉強会等に出て、勉強しなければなりません。みんな、この機会を大事にしてくださいね。

さて、ミサの話に戻ります。
ミサは、主の晩餐という呼び方もします。「主の晩餐」という言葉、つい最近聞きましたよね。
そうです。聖週間の「主の晩餐の夕べのミサ」ですよね。主の晩餐の夕べのミサは、イエス様がミサについて教えてくださった「最後の晩餐」を直接記念して祝うものです。
聖パウロのコリントの信徒への手紙にもこう書かれています。

 

感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。

コリントの信徒への手紙一 11章 24節

 

この言葉、ミサのなかで神父様が仰いますよね。いつ仰られているか、覚えている?
そう、聖変化の時だよね。「奉献文」を唱える時に仰られています。
イエス様は、ご自分の体を私たちのために神様に捧げ、私たちはそれを食す事で、キリストと一致したものとなり、教会となります。教会とは私たち信者の集まりの事を言うと勉強しましたよね。
ご聖体を頂き、共同体として1つの体となり、共に御言葉にふれ、共に捧げ、共に祈るのです。
秘跡のお話、覚えていますか?「秘跡は、神様・キリストとの出会いそのもの」ですよね。
キリストの体、ご聖体を頂くこと、もちろん、みんな分かっていると思いますが、これは「聖体」という秘跡に与っています。
ミサに与ることで、神様、そして、イエス様に出会い、「主の晩餐」、つまり、夜ごはんをみんなでいただくのです。夜ごはんを家族で食べる時、お父さんやお母さんに今日あった事、嬉しかった事、怒った事、悲しかった事、楽しかった事、色々な事を話しますよね。
主の晩餐に招かれた私たち、そう、ミサには「行く」のではなく招待されるのです。神様が、私たちを招いてくださっていて、それに私たちは参加します。神様が呼んでくださったのですから、楽しく食事に与りませんか?神様にお父さんやお母さんに話すように、嬉しかった事、怒った事、悲しかった事、楽しかった事、色々な事を伝えましょう。神様は、みんながご自分の食卓に並んだことをとても喜ばれます。みんなの話を喜んで聞いてくれます。

それでは、聖書を読んでみましょう。少し長いですが、とてもだいじな箇所です。イエス様がご聖体についてお話して下さっている箇所です。
ヨハネ福音書の6章26~40節を読んでみましょう。

ありがとうございました。
色々な事をイエス様はお話下さっていますね。
まず、最後のところではこうおっしゃっています。

 

わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。

ヨハネによる福音書6章39 40節

 

イエス様を信じる者達を神様は「永遠の命」に与らせたいと希望されていることをお話下さっていますね。さっき話した通り、私たちの希望の前に、まず「神様が私たちを求めていらっしゃること」、そして、「1人も失わないで」、みんなを「永遠の命に与らせたいと思ってくださっている」という事、そのために、イエス様を遣わされた事と仰っています。
そして、その前の箇所では…こう仰っていますね.

 

イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。 しかし、前にも言ったように、あなたがたはわたしを見ているのに、信じない。」

ヨハネによる福音書 6章35-36節

 

ミサは、受難・死・復活を、思い起こすものです。それは、教会のあらゆる力の源泉です。
受難・死・復活こそ、神様の愛、『その独り子をお与えになったほどに』私たちを愛して下さっている神様のしるしだからです。受難・死・復活を信じられないならば、ご聖体の意味も、もちろん、ミサの意味も、もっと言えば、信者である意味がありません。ご聖体を頂いても、それはただの小麦粉です。何の意味もありません。
ミサは、学校の朝礼や集会のようなものではありません。ただの儀式ではありません。神様に出会う場です。神様の愛を感じる事の出来る、体感できる場です。もう1度、イエス様の受難・死・復活について考えてみてください。そうすれば、ミサに来る意味を見いだせるはずです。

ミサは、聖書を朗読し御言葉を味わい、(喜怒哀楽などを伝え)神様に私たち自身を捧げ、そして、心を合わせて祈り、ご聖体を頂きます。
みんな、ミサの流れ、式次第は大体頭に入っている?侍者をやってくれていたりすると、覚えているよね?
み言葉を味わう事もすごく大事です。
神様の言葉、使徒たちの言葉、イエス様の言葉、全て私たちのために仰ってくださっています。
だから、時々、聖体拝領の時だけ来て、返ってしまう人がいますが、それは違います。神様・キリストと出会うために、御言葉を聞き、説教を聞き、もう1度イエス様の受難・死・復活を思い起こしましょう。そうでなければ、何度も言いますが、「ご聖体」は聖変化せず、ただの小麦粉の塊です。それでは、意味がないでしょう?

では、ヨハネ福音書14章6節を開いてください。

 

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」

ヨハネによる福音書 14章 6-7節

私たちは、ご聖体を与る事でイエス様に出会い、神様に出会っています。
イエス様にで会う事で、神様に出会う事が出来ています。ミサは、まさに「神様に出会いに来ている」、神様に食事に呼ばれている場なんです。
そして、キリストの体、私たちが一つの体になることが出来る場なんです。
こうやって、血の繋がっていない、育った環境も全く違う私たちが1つの体、家族となり、教会になります。

さて…今日は、簡単なテストをしましょう。
神様に出会う、イエス・キリストに出会うことである秘跡、7つありますよね。プリントにその7つを書いてみましょう……。

書けたかな。(か・簡単だよね)順番もあるからね、順番も大事だよ。ちなみに。堅信式までに言えるようにしようね・・・
では、最後に使徒信条を唱えて、信仰を宣言して、終わりにしましょう。

 


 

 

堅信を希望する中高生の皆さんは、しっかり今回の内容を確認して、次回(4月24日)の勉強会に来てくださいね。

堅信の勉強会のカリキュラムは、以下のページに掲載されています。

 

いよいよあと1ヶ月、部活や学校の用事も大変だと思いますが、しっかり勉強して、堅信の準備を整えましょう。

 




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今日は、今年度はじめての授業です!4人のこどもたちが集まってくれました。
最初は「教会学校・はじめの祈り」でスタートです。教会学校のはじめとおわりはお祈りをするから、お祈りが書いてある「教会学校のしおり」を忘れずに持ってきてくださいね。

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今日は以前事情があって観れなかった「長崎の教会」のDVDを観ました。
「このDVDでは、長崎の小神学校の紹介もされています。神父様になることを目指す中高生が行っている学校だよ。下原助祭もそこにいらっしゃったから、DVDを観て聞きたいことがあったら色々質問してみましょう!」

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早速DVDを再生しようとしましたが、ところが…幼稚園のDVDプレイヤーがDVDを読み込まなかったり…DVDプレイヤーの代わりに使おうと思ったノートパソコンでもなかなか読み込まなかったり…

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今日ももしかして観れないのかな!?と思いましたが、なんとか再生することができました!

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長崎の教会のみなさんの様子や、小神学校の様子がよくわかりましたね。
小神学校の中学生たちは、みんなで共同生活をしています。朝は早起きしてミサに与り、その後シスターの作ったお弁当を持って、ふつうの中学校に通います。そして小神学校に帰ってきたら、神父様になるためにお勉強します。お祈りやおやすみの挨拶はラテン語!!

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そして見覚えのある方がでてきましたね!4年前お世話になった小島神父様です!松戸に来てくださっていたころは助祭でしたね。神父様になって、長崎でご活躍されている様子が紹介されていました!!
 

準備に時間がかかってしまったこともあり、所々早送りもしましたが…それでも最後まで観ることが出来ませんでした。また機会があったら、ちゃんと観れると良いなと思います。
みんな、何か思ったことや疑問に思ったことがあったら、おうちの人とお話ししたり、下原助祭にきいてみたりしましょうね!
 

 

最後は「アヴェ・マリアの祈り」を唱えました。復活節の間はお祈りの後に「アレルヤ!」と言おうね!

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来週も元気に集まってくださいね!!