|  |  |  |

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

さて、本日・1月1日は、神の母聖マリアの祭日です。(日本のカトリック教会では、守るべき祝日とされています)
御降誕から8日目の今日「イエス」と名付けられたことを祝うとともに、救い主の誕生の秘義においてマリアが果たした役割を思い起こす日と位置づけています。

また、「世界平和の日」とし、世界の平和のために祈る日ともされています。

 

 

カトリック松戸教会では、11時(31日深夜23時)、そして、午前10時半からミサが行われました。

013faac9cba79ece093b04c65c46435ecb0eb9b677

 

 

第1朗読 民数記 6章22~27節
第2朗読 ガラテヤの信徒への手紙 4章4~7節
福音朗読 ルカによる福音書 2章16~21節

 

 

元日ということもあり、ご家族でいらっしゃっている方々も多くも見られました。

0105a369b10a4fe256e44667484f6fa50d7098a65b

 

最後にミサを与った方々に灌水し、祝福してくださいました。

 

 

 

015ceec603ebcdb7f943a304b41befac172ab293b7

 

 

聖母子像やルルド、祭壇の前で家族全員で写真を家族写真を撮っている風景も見られました。

01ddf15c825956e93f76f0a2a3f6a701bd6f797e6d



 |  |  |  |

新年あけましておめでとうございます。

 

今年もお雑煮を作り、午後11時に行われる「神の母聖マリア」の祭日のミサに与った方々に振る舞います。
2015年最後のヨゼフ会の活動です。

午後10時前には集合し、準備を始めました。

012c949f9d280485c7f58872b163b0f6e34cda8fa3
01dc984f985cea8df9250573251745b5533e568f91
015e78f69ae964327ce16569a489f66c8ba8a1c31c

 

ちょうど0時を過ぎ、新年を迎えた頃、ミサが終わりました。
ミサに与った方々に地下ホールに降りて来て頂き、暖かいお雑煮を食べていただきました。

017dd525664f6503a9da28e56506b0ffe2b942a1d2
01398b7db294532350e7f3f04d950ff9c4fc83cd82

 

皆様が新年のあいさつを交わされていました。
ヨゼフ会にとっては、新年最初の仕事は、「次々とお雑煮を皆様に配ること」、そして、「食べ終わったお椀やお箸を洗うこと」となりました…。

本当に寒い中、多くの方がミサに与っていらっしゃいました。せっかく、集まってくださった方々が、少しでも暖をとって頂けましたのなら、幸いです。

本年もどうぞよろしくお願い致します。




 |  |  |  |

主任司祭のデスクより

皆さん、新年おめでとうございます。私たちは再び「元日」と呼ばれるこの神秘的な瞬間に入っていきます。なぜ神秘的かというと、一年一年私たちは主のもとに集まり、私たちを待ち構えているのは何だろうか、また、この一年がどのように展開していくのだろうか『幸運か、それともまったく逆か?』とわくわくして考えるからです。中には自分の作ったリストー覧をもってきて、これから来る年に成し遂げたいことを主に告げたり、それを達成するのに神さまに力をくださいとお願いしたりする人もいるでしょう。残念にもうまくできなかった時は、多くの人がそうであるように、最初の一ヶ月もたたないうちに、せっかく心に決めた抱負をすべてあきらめている自分に知らないうちに気づくでしょう、新しい年に求めていたものにやっと追いついたのに。

今日、私は主にみことばを求めます。このとても大切な日、元日に、主の民に話しかけてくださるみことばを求めます。聖別されたみことばであり、主が民に伝えたいことだけを伝えるみことばです。古代の預言者に彼らが生きていた時代のしるしに従って、主はいつもみことばを伝えていました。神のみことばはいつも特定の状況場面に向けて話しかけています。では、2016年の人々には何を伝えたいのでしょうか?
私のビジョンには、何か偉大なものの可能性、成功の可能性、成就の可能性が見えます。
私たちが生きる世の中をしっかりつかみたいと神さまは強く願っておられるのがわかります。しかしまた、すべてが失われるようにも見えます。もしこの現在の瞬間を一人ひとりが、また全体の人がしっかりつかまなければ、主ご自身がそこにおられるのに、そのチャンスを失うてしまうでしょう。私のビジョンには、松戸教会と東京大司教区のあるべき姿を作っていく協力体制を主が熱心に探しておられるのが見えます。
私のビジョンには、教皇フランシスコが、使徒的勧告《Evangelii Gaudium》『福音の喜び』を通して教会全体に新しい福音化、神の国への熱意を呼びかけているのが聞こえます。私たちに違う種類の教会になって、神の民の飢えと渇きに気づくようにと拓いておられるのが私には聞こえます。神様はわたしたちみんなにいろいろ呼びかけています。

  1. 福音の喜びによって特色のある教会一一常に新しい喜び、誰かと共に分かち合うとき嬉しく心地よさを感じる喜び。
  2. 神さまは、みんなと分かち合う福音に導かれるよう宣言され呼びかけておられます。
  3. 福音の心からの使命をもって前進する教会となるように神様は呼びかけておられます。
  4. 開かれた心を持った母である教会、今の世界の挑戦に心して立ち向かえる教会になるよう神さまは呼びかけておられます。つまり…
    • 排斥的経済にはノーと言いましょう。
    • お金への盲信にはノーと言いましょう。
    • 仕えるよりもむしろ支配する財政の組織にはノーと言いましょう。
    • 暴力を引き起こす不平等にはノーと言いましょう。
  5. 自分たちが何をしようとも一つ確かなことは、全員を巻き込んでだれもが全世界の教会に呼びかけられている新しい福音化の一員だと言うことです。教会は心のタンクを満たすために来るガソリンスタンドではありません。それはむしろ生きる社会です。いろいろなタイプの人たちの社会です。人種、肌の色、信条、階級など、皆それぞれ違った問題をもっています。そして、個人としての役割と集団としての役割を実行して、天の国の永遠に向かって働くために共に生きています。
  6. 私のビジョンには、私たちが神さまの子どもであることを想い出させようとしている聖パウロの声が聞こえます。
  7. 私たちが子どもであることは神さまが息子である聖霊を私たちの心に送ってくださったことです。聖霊は「アッバ、父よ」と叫びます、こうして私たちは子どもになりました。
  8. もはや奴隷ではありません、もし神さまが私たちをお造りになったのなら、その時私たちを相続者になさったでしょう、 『あなたがたは永遠に受け継ぐ権利を持っていると言う意味である』
  9. 私のビジョンには、神の母、聖マリアが見えます。マリア様はご自分に起こったことに最も完璧に受け入れる気持ちを持っていたこと、すなわち、母となる召命を受け入れたのです。御摂理に導かれて羊飼いたちはマリア様の粗末な住まいにやってきたのです。
  10. 羊飼いたちはおさなごを見て、今まで語ってきたことを繰り返し話し羊飼いたちの話を聞いただれもが驚きました。マリア様はというと、大切に思い心の中にそっとしまっていたのでした。
  11. 愛する皆さん、私たちもまた、この新しい年に入るとき、険悪と思われる状況に合っても、聖母マリアのように心の中でじっくり考えて向かっていくようにと呼びかけられています。私たちがとらわれている世の中は性急すぎます。すぐに満足しないと気がすまないと思っています。他人にも自分にさえも忍耐して待つことが欠けています。
    偉大な神学者のカール・ラーナーは、幸いにも想い出しましたが、今日のキリスト者が世の中を生き抜くためには神秘主義者でなければならないとよく言っていました。神秘主義者とは人生で起こる様々なことをじっくりと思いめぐらす人、究極的に求めるのは、神さまの話すこと、なさることに計り知れない大きなものを感じて思いめぐらす人です。この気持ちをもって新しい年を踏み出しましょう。そうすれば、少なくとも私たちの時代に主が言われることをしっかり聴くことができるでしょう。この一年が「傾聴の年」でありますように、私たちの行動が、壊すのではなく、いつも創造することでありますように。私たち一人ひとりに、私たちの家族や共同体、教会に希望の火を燃え立たせてくださいますように。
  12. 今日のお祝いに選んだ最初の教えが「数の祝福」であるのには理由があります。神様の神聖なお導きのもとに2016年にビジョンをおくのにふさわしいからです。 そして愛する皆さん、私は祈ります。
    • 主があなたがたを祝福し、ささえてくださいますように!
    • 主があなたがたの上に御顔をかがやかせ、喜びほほえんでくださいますように!
    • 主があなたがたに御顔をあらわし、主の平和をもたらしてくださいますように!
      アーメン!

皆さん、新年おめでとうございます!
皆さんが実り多く、しあわせな新年2016年を過ごすことができますように!

 

 


 

 

My Vision of the Year 2016

From the desk of the Parish Priest:

 

Happy New Year to everyone. we come once again into this mysterious moment called New Year’s Day. l say mysterious because, year after year, we gather at the feet Of the Lord, wondering what is in store for us, wondering how the year will unfold:― with fortunes Or the contrary? Some of us come with our own lists, to tell the Lord what we would like to achieve in the coming year, and asking him to lend a hand in bringing them to fruition. The unfortunate truth is that, for many of us, even before the first month is over, we unwittingly find ourselves abandoning all the beautiful resolutions we have made, as we get caught up with the demands of the New Year.
Today, I ask the Lord for a word? a word which will speak to the hearts of his people, On this very important day, this New Year’s Day; an anointed word; a word which will say only what the Lord wants to say to his people. As with the prophets of old, the Lord always inspired a word in them, but in accordance with the signs of the times in which they lived. The word of God always speaks to a particular context. what, therefore, does the Lord want to say to his people in 2015?
In my vision Of the times, I see possibilities for things great, possibilities for success、 possibilities for accomplishments. I see the absolute desire of our God to take hold of the world in which we live.
But I also see that all can be lost; if there is no individual and collective embrace of the present moment; of the opportunities being presented us by the Lord himself. In my vision of the times, I hear the Lord earnestly seeking our cooperation in making MATSUDO Church and the Archdiocese of Tokyo what they ought to be.
In my vision of the times, I hear Pope Francis, through his recent Apostolic Exhortation: Evangё lii Gaudium, The Joy of the Gospel, beckoning the entire Church to a new evangelization, a new zeal for the Kingdom. I hear him beckoning us to be a different kind of Church; to posture ourselves to attend to the hungers and thirsts of God’s people. I hear him calling us all to be:

  1. A church that is characterised by the joy of the gospel ? a joy that is ever new and a joy that is delightful and comforting when it is shared;
  2. He call us to an evangelization which is addressed to all and shared by all;
  3. He calls us to be a church that goes forth with a mission that comes from the heart of the gospel;
  4. He calls us to be a Church which is a mother with an open heart; a church ready to face the challenges of today’ s world, saying:
    • No to an economy of exclusion;
    • No to the idolatry of money;
    • No to a financial s,Stem which rules rather than serves;
    • No to the inequality which spawns violence.
  5. One thing l am certain is that whatever we do, we include everyone. and to see everyone as part of the new evangelisation that is being called for by the Church universal. The Church is not a gas station where persons come to fill up their spiritual tanks. It is rather a living community; a community persons of all types: race, colour, creed and class; all with their varied concerns. And together we exist to carry Out our individual and collective roles, working towards our heavenly eternity.
  6. In my vision of the times, I hear St. Paul reminding us, that we are God’ s children.
  7. The proof that we are children is that God has sent the Spirit of his Son into our hearts: the Spirit that cries, `Abba, Father’ , and it is this that makes us children, we are not a slave anymore; and if God has made us, then he made us heir.’ It simply means you have a right to an eternal inheritance.
  8. Now let us work earnestly, not to allow ourselves to be enslaved in any form or fashion during this coming year, whether spiritually, socially, physically, politically or otherwise.
  9. In my vision of the times, I see our Lady, as Mother of God. adopting the most perfect disposition towards what had happened to her; that is. embracing her vocation of motherhood. The shepherds who were led by providence to her humble abode,
  10. When they saw the child they repeated what they had been told about him, and everyone who heard it was astonished at what the shepherds had to say. As for Mary, she treasured all these things and pondered them in her heart.
  11. We too, dear friends, as we enter this New Year, even in what can be regarded as a hostile climate, are being called to develop a pondering disposition, in the likeness of Our Lady. Ours is such a hasty world in which we all caught. We all want our needs to be satisfied instantly. We lack patience with others and even with ourselves. The great theologian, Karl Rahner, of happy memory, used to say that, in order for the Christian of today to survive this world he/she must be a mystic. A mystic is one who ponders on the things of life; one who seek ultimately to contemplate the immensity of God in all he Says and does. Let us enter this New Year seeking that disposition, so we can at least hear what the Lord is saying in our time.
    May this year be one of listening, so that our actions may always build and not destroy; that they may fan the flame of hope in each of us, individually, in our families, in our,community and in our church!
  12. It is not without reason that the first lesson chosen for today’s celebration is the Blessing of Numbers. lt is therefore fitting that l place the vision for 2015 under God’ s divine guidance.
    And so l pray, dear friends:

    • May the Lord bless you and keep you!
    • May the Lord let his face shine upon you and be gracious to you!
    • May the Lord uncover his face to you and bring you His peace!
      Amen!

 

Happy New Year to all!
May you all have a prosperous and a happy new Year 2016!

 

主任司祭 Parish Priest

フィリップ ボニファチオ神父
Fr. Philip llio Bonifacio, SSC




 |  |  |  |

1日 神の母聖マリア
*
3日 主の公現
教会学校 スタッフ打合せ[12:30]
*
7日 山谷おにぎりの会[9:30]
聖歌練習[10:30]
*
9日 朝祷会[7:00]
*
ヨゼフ会総会[13:00]
*
10日 主の洗礼
新成人の祝福[10:30]
英語ミサ[13:00]
*
司牧評議会[12:30]
*
教会学校始業式[9:30]
*
ヨゼフ会例会[9:00]
マリア会地区連絡会[9:15]
聖歌練習[9:00]
軽食「シャローム」[11:30]
*
福島産野菜・フルーツ・特産品の即売会[8:00]
*
14日 山谷おにぎりの会[9:30]
*
17日 年間第2主日
*
マリア会総会[9:00]
*
聖歌練習[9:00]
軽食「シャローム」[11:30]
*
24日 年間第3主日
タガログ語ミサ
*
28日 聖体礼拝の会[10:00]
*
31日 年間第4主日
*
信徒総会[第2ミサ後]

 

 

 

松戸教会公式ツィッターアカウントにて、毎日のミサ、行事や催し・勉強会のご連絡をしています。

是非、フォローをお願いします。

 

 

 

  • フィリップ神父様は、4日から7日はお留守にされます。その間の朝ミサ、初金ミサはお休みになります。

 

 

 

  • 毎週木曜日に行われているフィリップ神父様による聖書講座「主日のミサの聖書朗読」は、1月14日から再開されます。