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10時半のミサ後、復活祭パーティが行われました。
様々な食べ物、ビール・ジュースなどが用意され、乾杯を合図に(多少フライングしてる方々もいましたが…)楽しいパーティーが始まりました。
たくさんの方々が参加くださり、地下ホールの外にも人があふれていました。

 

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普段会えない信徒や今年受洗された方々との良い交流の機会となりました。

 

(*注)信徒のプライバシーの観点から写真に修整をかけています。



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主のご復活おめでとうざいます。

今日から復活節が始まります。

 

松戸教会では、8時からと10時半からの2回、ミサが行われました。
10時半からのミサでは、聖堂に入りきれないほどの信徒が訪れ、ミサを祝いました。

 

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説教の中で、神父様は「真実が見えなくなることはあるかもしれない。正義が見えなくなることはあるかもしれない。正しいことが見えなくなることはあるかもしれない。しかし、それは太陽が雲に隠れて見えなくなっても存在するように確かにあります。我々は、イエス様の復活を通して、それを信じることができる。イエス様は死に打ち勝ち、悪に打ち勝ち、栄光のうちに復活されたことを我々は知っているのだから」とおっしゃいました。

そして、10時半のミサでは、昨晩洗礼を授かった方の2人のお子さんが幼児洗礼を受けられました。これで、松戸教会は受洗者15人とプロテスタントからの移籍の方2人と計17人を新たな家族として迎えることが出来ました。

 

第1朗読 使徒言行録 10章34a、37~43節
第2朗読 使徒パウロのコロサイの信徒への手紙 3章1~4節
福音朗読 ヨハネによる福音書 20章1節~9節

 

 

(*注意)信徒の顔はプライバシーを考慮して修正をしています。



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皆さん、ご復活おめでとうございます。復活祭の喜びが信仰年をとおして、私たちの力と励ましとなりますように。

あるロシアの詩人がかつて言いました。「愛に将来性がなければ、それは愛とは言えない。」イエスのご受難をとおして、イエスが私たちに明らかにされたことは、御父と私たちへの愛でした。ご復活が表しているのは、イエスの愛は、将来性のある愛であり、その将来性とは、永遠の命だということです。イエスの復活は、神の愛は死より強いということを表しています。神は御子であるイエスを愛しておられるので、神はイエスが死に留まっていることをお許しになりません。神はイエスを死より復活させ、そうすることにより、罪と死に打ち勝つのです。

イエスは、ご自分のために死んだのではなく、わたしたちのために死んだのです。イエスはご自分のためだけではなく、私たちのために再び復活されます。イエスを信じて、イエスと共に罪に死んだ者もイエスと共に復活し、永遠に生きることができるよう、イエスは死者のうちから復活されます。神とイエスは私たちを愛しておられるので、私たちに愛の聖霊をお与えになり、罪と死を私たちのために克服されました。

復活されたイエスは、弟子達に現れました。弟子達と一緒にいることからイエスを遠ざけるものは何もありません。死や閉ざされたドア、また、落胆している弟子達の心すら、イエスを弟子達から遠ざけることはできませんでした。復活されたイエスは、約束されたように、この世の終わりまで、いつも私たちと共におられるということを思い出しましょう。復活されたイエスは、私たちが最も深い暗闇に包まれる時でも、わたしたちが、いつか、面とむかってイエスにお会いすることができる時まで、私たちと共に歩んでくださいます。イエスの復活をとおして、私たちの毎日の生活は、力を得て、罪と死を乗り越えることができるということを再確認しましょう。ですから、今日の枝の祝日が宣言しているように、喜びましょう。「この日は主がつくられた日です。喜び、感謝しましょう。」神は私たちを罪から救い出す約束を成し遂げられました。詩編の作者と共に感謝し、祝い喜びましょう。

皆さん、ご復活おめでとうございます

 

松戸教会主任 フィリップ・ボニファチオ神父




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1年の典礼の中で最も盛大で、中心的な祭儀「復活の聖なる徹夜祭」を迎えました。

 

典礼が始まる前に、洗礼を受ける方々が神父様やシスターと予行練習をしているのを見ると改めて今日なのだなと実感します。

 

 

あいにく小雨が降っていましたが、多くの方が集まりました。

 

19時になると、ルルドの前にろうそくをもって信徒が集まり、「光の祭儀」が始まります。

神父様が復活ろうそくを祝福され、火を祝福します。そして、その火で復活ろうそくに火を灯します。

 

 

 

そして、「キリストの光」を歌いながら、神父様を先頭に入堂します。参列者たちは入口で各自持っている蝋燭に火をもらい、灯りをともして主の帰りを待つことをあらわします。

 

 

神父様が蝋燭台に復活蝋燭をたて、参列者全員が入堂すると「復活賛歌」を全員で歌います。

 

 

 

 

復活賛歌を歌い終わると、今度は1年の教会の暦の中でも最も豊かな「ことばの典礼」が始まります。(朗読箇所は下記参照)福音書を朗読する前には四旬節に入って歌わなくなっていた「アレルヤ唱」を久々に歌いました。

 

 

 

 

そして、いよいよ「洗礼の儀」です。

松戸教会では、今日13人の方々が洗礼を受けられました。洗礼志願者が紹介され、「諸聖人の連呼」を参列者全員で歌います。参列者も、洗礼志願者が信仰宣言などを唱え洗礼を授けられるのを、後ろから見ながら自らの洗礼式を思い起こし、キリスト者として生きる決意を新たにしました。

 

 

 

 

今年は東京大司教区の堅信式がすぐあるため、堅信の儀を行ないませんでしたが、もちろん、初聖体拝領はされます。その顔には緊張と喜びが満ち溢れていました。

 

 

 

ご聖体拝領後、(お知らせの時間に)松戸教会の新たな家族になられた受洗者13人と先日プロテスタントからカトリックに移籍された2人の方がが改めて紹介され、受洗を祝う拍手が聖堂に響きました。そして、受洗者の笑顔と信徒一同の喜びのうちに復活徹夜祭のミサを終えました。

 

 

第1朗読 創世記 1章1節・26節~31a節
第2朗読 出エジプト記 14章15節~第15章1a節
第3朗読 エゼキエルの預言 36章16~17a・18~28節
第4朗読 使徒パウロのローマの信徒への手紙 6章3~11節
福音朗読 ルカによる福音書 24章1節~12節

 

 

(*注意)信徒の顔はプライバシーを考慮して修正をしています。



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今日は聖金曜日です。
「ミサ」を捧げず、イエスの死を思う「主の受難の祭儀」が行われます。
全体は「言葉の典礼」「十字架の崇敬」「交わりの儀」の3つの部分で構成で行われます。

 

祭壇は、昨晩の「主の晩餐の夕べのミサ」の時に裸にしたまま、十字架も蝋燭も置かず、祭壇にも布をかけません。

 

 

入場されると、司祭は祭壇にひれ伏してしばらく沈黙のうちに祈られます。

 

 

福音書の朗読(「ヨハネによる主イエス・キリストの受難」)は、キリスト(神父様)、エバンジェリスト(語り手)、ピラト(朗読者)や群衆(会衆)などに分かれてキリストの審判の場面から受難の模様が朗読されます。

 

 

 

受難の朗読後、神父様の説教があり、その後、「盛式共同祈願」を行いました。
教会・教皇様・教会に仕える全ての人・洗礼志願者・キリストを信じる全ての人々・キリストを信じない人々・神を信じない人々・困難に直面する人々のためにそれぞれ祈りました。

 

 

「ことばの典礼」が終わると、司祭、侍者はいったん退堂され、「十字架の礼拝」が始まり、聖堂を去った司祭と侍者が、紫の布に覆われた十字架を捧げて聖堂に入ってきます。途中、三度、「見よ、キリストの十字架、世の救い、ともにあがめたたえよう」と歌われ、おおわれた布を徐々にはずしていきます。

 

 

 

 

 

顕示が終わると、十字架が祭壇の前を置き、司祭・奉仕者・会衆の順に行列して十字架の前に進み、深い礼をして崇敬を表します。その間、「十字架賛歌」「とがめの交唱」を歌います。

 

 

 

 

十字架の礼拝を終えると、司祭、侍者はまた一度退堂し、「交わりの儀」が始まります。

ご聖体が入堂し、祭壇に置かれます。主日のミサとは違い、司祭が主の祈りに招くと、主の祈りの副文と応唱を唱えた後、すぐに拝領前の信仰告白を唱え、拝領が始まります。

 

 

 

 

聖体拝領の後、司祭が集まった会衆のために祈願を唱え、退場し、典礼は終わります。

 

明日はいよいよ復活徹夜祭です。

 

 

第1朗読 イザヤ書 52章13節~53章12節
第2朗読 ヘブライ人の信徒への手紙 4章14~16節・5章7-9節
受難の朗読 ヨハネによる福音書 18章1節~19章42節

 

 

(*注意)信徒の顔はプライバシーを考慮して修正をしています。