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待降節の四週間のあいだ、私たちはクリスマスをお祝いするためにイエス様をお迎えする準備をしてまいりました。

今は、この喜びに満ちた降誕節に入ろうとしています。待降節中の待ちわびる気持ちのときから、私たちはインマヌエル(私たちとともにおられる神)の光に包まれています。
「天には神に栄光」という天使たちがほめたたえる歌声が響きわたります。クリスマスのテーマは、神が人となって現われたという非常に意味の深いものです。それだからこそ、私たちは神とともに生きることができるのです。神の愛が肉となったのです。今日のこの日に、キリストは私たち人類が生きている混沌とした世界、すなわち罪深い人類 の棲む自然界の暗闇の中に降りて来られました。
ですから、私たちは新たな永遠のいのちを待ち望むことができます。
私たちの神は偉大です。私たちの生活と非常に密接にかかわっています。このようにして、 神は、私たちが自分の家族のためだけではなく、すべての人々のため、とりわけ貧しい人、 病気のひと、年老いた人、牢獄にいる人のために、自分のもっているものを分け与えるという見本を示してくださっているのです。

クリスマスは一日 だけのことでも、降誕節だけのことでもありません。
私たちの毎日がクリスマスであり、それによって私たちがインマヌエル(私 たちとともにおられる神)に気づき始めます。神はいつも私たちとともにいて、私たちを祝福しています。私たちが生きていくとき、イエス様と一緒に旅をすることを恐れないようにしましょう。

喜びにみちた降誕節に入る準備のできている私たちです。
もういちど ベツレヘムに行って幼子として現れたイエス様のお誕生をお祝いしましょう。イエス様はなんでもお持ちです。イエス様は私たちになんでも下さ いました。そんなイエス様に何を差し上げることができるのでしょうか ?
イエス様は貧しくお生まれになりました。イエス様は私たちにただひとつのこと 、謙遜に愛する心を求めておられます。

もういちど 、飼い葉桶の中に眠るこの「おさな子」の前で、へりくだって身をかがめましょう 。そうして天使たちと一緒に「天には神に栄光、地には民に平和」と歌いましょう 。

皆さんに 祝福に満ちたクリスマスが来ますように!

 


 

Merry Christmas to all!

 

For the past four weeks of Advent, we have been preparing ourselves to receive Jesus when we celebrate Christmas.  Now we are ready to enter the joyous season of Christmas. Coming from the expectation of Advent, we are in the Light of Emmanuel. “God is with us!″ With great joy we echo the angels’ songs of praise: ” Glory to God in the highest.” The Christmas theme is indeed profound wherein God has become man, so that we can live with God. This is the love of God made flesh. On this day, Jesus has come into the chaos of our human condition namely the darkness of our sinful human nature, so that we can have hope for a new and everlasting life.

Indeed, our God is great by involving himself intimately with our lives. By this act of God, He is giving us an example to share ourselves not only to our family but to all people especially the poor, the sick, the old and those in prison.

But Christmas is not only for a day or for the Christmas Season. Each day of our lives is Christmas, and it opens to us the awareness of Emmanuel, God is with us sharing his life and blessings to all of us. As we go about our lives, let us not be afraid for Jesus is journeying With us. Now as we ready ourselves to enter the joyous Christmas Season. We can again revisit Bethlehem, and celebrate the birth of Jesus, the God who comes as a baby. What can we bring to him who has everything and who has given us everything? Jesus came in humility and poverty, and is now asking us for one thing…… our l0ving and humble heart.  Let us once again stoop in humility before this tiny infant lying in the manger, so that we can sing with the angels, ″Glory to God in the highest and peace to his people on earth!”

A Blessed Christmas to all!

 

 

主任司祭 フィリップ ボニファチオ神父

Fr.Philip Ilio Bonifacio SSC
PARISH PRIEST




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毎年、春とともにやって来るこのとき、自然界が冬の眠りから覚めて生き返るこのとき、世界中のキリスト信者は最大のお祭り、私たちの主イエス・キリストのご復活をともに祝います。復活祭の意味はことばではとても言い尽くせません。福音の心でもって父である神がイエス・キリストを通して私たちに話してくださる「良い知らせ」なのです。

聖パウロは、「復活の無いイエスの教えは意味を持たない、イエスによつて作られた教会は礎(いしずえ)がないからつぶれてしまう、そして、キリスト教信者は世界で最も愚かな人々となる」と言っています。私たちと同じ人間としてお生まれになったイエス・キリストは苦しみを受け人間の罪のために死んでくださいました。そして死者の中から復活して再び私たちとともに歩いてくださっていることを父である神に感謝しましょう。。

復活を信じることはキリスト教信仰のまさに土台であり、「教会」の礎(いしずえ)です。洗礼によってキリスト信者になったその瞬間から死を迎えるその日まで、私たちはキリストの苦しみ、死と復活という神秘の中に浸されているのです。またその神秘によって支えられているのです。この復活節の間、私たちは日々の生活の中に主の復活が生かされるよう求められています。この世のお金や富を信じるよりもむしろ神の摂理を信頼して生きるように、また、教会の福音宣教のために働くことができるよう求められています。その時はイエス・キリストにお願いしましょう。神様が私たちにくださった仕事を続けて行かれるように聖霊をいつも注いでくださいますように、そして、私たち人間を最終目的地である天の国に連れて行ってくださいますように!

アーメン。アレルヤ!!

Happy Easter to all, again!

 

At this time of the year with the Spring season around, the world of nature has returned to life after its winter sleep, Christians throughout the world join together to celebrate the greatest feast, the feast of the resurrection of our Lord Jesus Christ. The meaning of the feast of the resurrection goes beyond words and is at the heart of the gospel, the Good News which God the Father has communicated to us through Jesus Christ.

St.Paul tells us that without the resurrection, the teachings of Jesus would have no meaning and the Church established by Jesus would have collapsed because it has no foundation, and Christians would be the most foolish people in the world. But thanks be to God the Father, this Jesus born as a man like ourselves, who suffered and died for the sins of humanity, He had him risen from the dead and walks among us again.

Belief in the resurrection is the very foundation of our Christian faith and foundation of the Church. From the very moment we became a Christian through baptism until the day of our death, we are immersed and joined in the mystery of Christ’s suffering, death and resurrection, and we are supported by it.  In this Easter Season, we are challenge to live out the effect of this resurrection in our everyday life. We are also challenged to trust the providence of God rather than trusting our money, weath and influence in society. We are challenged also to engaged ourselves in the evangelization work of the Church. Let us then ask Jesus,to continue pouring out  into our hearts his Spirit that we might be able to continue the work he has began in us, so as to bring humanity to its final destination which heaven. 

Amen.   Alleluia!! 

Happy Easter to all again!

 

Fr. Philip  llio  Bonifacio, SSC     PARISH PRIEST

松戸教会主任司祭 フィリップ・ボニファチオ 神父




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この四旬節に私たちは信仰の旅の中で今どこにいるのでしょうか。復活祭に向けて私たちは何を準備したでしょうか。復活祭まであと半分ぐらいのところです。復活祭はおそらく私たちが一番待ち望んでいるときでしょう。復活祭の勝利には何が必要でしょうか。私たちの生活の中で何が復活してほしいですか。
なぜなら、復活祭は単なる彩られた卵たちや、太っちょのチョコレート、大御馳走の日ではありません。四旬節は毎金曜日の肉なしピザのような決められた犠牲の40日間だけではありません、もつともつとそれ以上のものなのです。

 

復活することの喜びと威力を経験するために私たちは嘆き悲しみ悔い改める経験を通して旅をしなければなりません。私たちは死という無力さを経験しなければなりません、すなわち、自己中心性の消滅、俗世間的な自分の消滅、キリスト的でない行動の消滅。
この四旬節に神様は私たちを招いておられます。「今こそ、心からわたしに立ち帰れ、断食し、泣き悲しんで。」 断食は、罪を退け、聖なる中で成長できるように自分を律してよりよい生活にあらためるときだけ価値があります。イエス様は私たちが断食して内面的に変わることを私たちに求めておられます。
今年の四旬節も半ばとなりましたが、私たちの信仰の旅はいかがですか。毎日の練習で聖性が大きく成長しましたか。変えねばならない自己中心的な態度や習慣を選んでしまいましたか。断食と祈り、慈愛をしっかり身につけた決意を通して、私たちはそのよくない行動に打ち勝つことができるのです。こんなにもがいていることを神様に話しましたか。神様は手招きしているでしょう、「今こそ、わたしに立ち帰れ、断食し、泣き悲しんで。」

預言者ヨエルと詩編51は、罪深さに気づいて変わらなければと悔い改める人々には神様は慈悲深いことを私たちに想い起こさせてくれます。変わらなければと思うことに良心の呵責を感じる人がいますか。神様の慈悲深さにずつと焦点を置いておきましょう、それを通して私たちは救われて、癒やされて、そして最後は復活させられたと感じることができるでしょう。

 

私たちの四旬節の課題であるようにただ一つの罪への傾きを認識して働きかけることにより、その罪をイエスに渡し、四旬節の終わりまでにイエスの十字架に釘で打ち付けると、イエスがそれを神にささげて叫ぶ声が聞こえるでしょう、「彼らをお許しください…!」。
その罪はイエスとともに死に、そして私たちは新しいいのちに生まれ、新しい聖性の段階にあげられ、キリストとの新たなつながりができるでしょう。
この前の「灰の水曜日」に私たちは額に悔い改めの印をいただきました。ゆるしなさい、変わりなさいと意識して、この四旬節の間、私たちは復活祭に向けて準備をして神様の助けを願います。

 

キリスト共同体としての信仰の旅に参加して、私たちはいろいろなタレントと人々というたまものをいただいています。この4月に6人の人たちが私たちの「聖体奉仕者」になります。ミサの中で奉仕して、ご病人の訪間の時ご聖体を渡してくださいます。
また、4月12日には大阪教区から助祭が派遣され、来年まで10ヶ月間、小教区の活動を手伝ってくださいます。我らが聖体奉仕者と助祭さんたちを祈りと協力でしっかり支えていきましょう。共に歩む旅が私たちのキリスト共同体に豊かな信仰をもたらし、主のぶどう畑で働く使命を果たすキリスト者に成長できますように。

 

松戸教会主任 フィリップ・ボニファチオ神父




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皆さん、新年おめでとうございます。
2014年が皆さまにとって神の祝福と喜びに満ちた実り多い意義ある一年となりますように心からお祈りいたします。私の生まれ育ったふるさとフィリピンや日本、そして全世界に大きな災害がもたらされないことを願っています。新しい年を始めるにあたり、自分や家族、友達、私が司牧するフィリピン人共同体と松戸教会の全信徒たちを守り助けてくださるよう、神の母であり、また私たちの母でもある聖母マリアの手にゆだねます。

私たちの心を開いて毎日の生活にイエス様をお迎えすれば、きっとこの一年がより良い、より明るい未来をもたらしてくれるでしょう。そして、私たちにとって大切な新年の抱負を立てるとすると、それはマリア様を模範とすることでしょう。いろいろなことがマリア様の一生に起こっていましたが、マリア様はすべての出来事を理解したわけではありませんでした。だから、マリア様はすべてのことを心の中にしまって思いをよせていたのです。

私たちはいつも気ぜわしく急いでいるように見えます。自分のタイムスケジュールをしっかり守ろうとしているのかも知れません。でも、いつも神様のことを忘れないでください。
祈ることをやめないでください。神様を私たちが毎日していることや場所に招いてください。
そうしないと私たちはどこかに連れ去られて迷子になり、ひとりぼっちになってしまうでしょう。マリア様のように、私たちの毎日の生活に起こったことをゆっくりと時間をかけて宝物にしましょう。そしてその宝物に思いをよせましょう。なぜなら、その宝物は三度とやって来ないからです。神様がともにいてくださることは生きることの本質を意味します。
皆さんのうえにもう一度、ハッピーニューイヤー Happy New Year!

 

主任司祭 フィリップ・ボニファチオ神父




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皆さん、クリスマスおめでとう!!

毎年私たちはクリスマスを祝いますが、クリスマスは毎年違います。

それは私たちがいつも違う祝福とお恵みを幼子になった神様からいただくからです。今年も喜びと新しい気持ちでクリスマスにイエス・キリストの誕生を祝います。
それは、私たちとともにおられる神様を賛美するからです。イエス様は私たちと同じ人間になりました、私たちが「定められた神の民」になるために。

そうです、私たちは定められた神の民なのです。私たちは使命を持ってこの世に生まれ、その使命がこの世で成し遂げられたとき、造り主の元に帰って行くことを意味しています。これが私たちの定めなのです。すべての人にとって真実であると私たちは信じています。

キリストを信じることは、私たちが生きていることに根ざしたすばらしい贈り物です。
私たちは幸いに、人間の道を歩むイエス・キリストを通して神様とつながっているのだと理解てきます。福音書が語っていることは、イエス様が神と共に生きることについて語つたこと、私たちに約束されたいろいろなこと、人々に与えられた新しい生き方、これらのことが私たちに幸せをもたらしてくれるだろうということです。それは神様が私たちのすぐそばにおられることを意味します。特に私たちが洗礼を受けるとき、洗礼の秘跡を通して神様の子どもになります。ミサを祝うことで私たちは神様により近づき、イエス・キリストの復活という驚くべき不思議なできごとによってそれを可能にしてくれます。
4週間が過ぎ、私たちはクリスマスを迎える準備をして過ごしました。そしてついに、お祝いするその日がやってきました。父なる神様は私たちの祈りに応えて御子を送ってくださり、私たちと同じ人間の世界にくだってこられ、私たちにもわかる言葉で知恵の教えを語り、私たちに愛することを教えられました。
クリスマスは人間への神様の愛というすばらしいお恵みを祝うお祭りです。
神様が、頼ることもできない、自分を守ることもできない無防備な人間の赤ちゃんにお生まれになったという御言葉があります。全宇宙も包むことができない、完全に人となられた神様は、限られたところに存在する、弱々しいこわれそうな子どもになります。命そのものである神様は死ぬべき運命の人間としてお生まれになりました。すべてこれらは、私たちへの神様の愛と私たちを救いたいという神様の思いが中心にあります。すべての祝日の中でもこの祝日に、皆で喜び合いましょう、また困難な状況の中で助けの手を必要としている兄弟姉妹たちとも神様の優しさを分かち合いましょう。

幼子イエス様が私たちの心にクリスマスの願いをかなえさせてくださいますように。
クリスマスの祝福が皆様のうえにありますように、そして私たちがいただいた神様の贈り物に心から感謝します。
すべての人にメリー・クリスマス!!

 

 

主任司祭 フィリップ・ボニファチオ 神父