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昨日、9月29日は、松戸教会の守護聖人「大天使聖ミカエル」の祝日でした。

10:30より大天使聖ミカエルを祝い、幸田 和生司教様の司式で国際ミサを行いました。

 

カトリック松戸教会では、20日から9日間に渡って、信徒たちでノヴェナを行い、この日を迎えました。また、この日に合わせ、MCCIC(Matsudo Catholic Church International Community)の方々が弾幕を用意してくださり、聖堂入口に貼られました。

 

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普段は、第2週の英語ミサや第4週のタガログ語ミサに与っている松戸教会所属の外国人の方々もインターナショナルミサということで、10時を過ぎる頃になると、大勢集まってきました。

 

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入堂後、初めの祈りの前に、松戸教会の新しい聖母像を幸田司教様が祝別をしてくださいました。

 

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多くの外国人がそれぞれの国の民族衣装を着て参列しました。もちろん、日本人の方で和装していらっしゃる方も多数いました。

 

 

 

 

幸田司教様は、前日の28日(土)が聖トマス西と15殉教者の記念日であることにも触れられ、その中の1人「聖ロレンソ・ルイス」は、フィリピンで初めて列聖された人であると、ご紹介されました。

そして、大天使聖ガブリエル、大天使聖ラファエル、そして、大天使聖ミカエルについてそれぞれ説明してくださり、初めの祈りへと導かれました。

 

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福音朗読後、説教がありました。

 

 

 

第1朗読 アモス書 6章1a、4~7節
第2朗読 テモテへの手紙一 6章11~16節
福音朗読 ルカによる福音書 16章19~31節

 

 

 

参加してくださった外国人の各国の代表の方が、それぞれの国・民族の言葉で世界平和を願って共同祈願を唱えました。

 

韓国語(大韓民国)による共同祈願

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イボ語(ナイジェリア)による共同祈願

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イボ語(ナイジェリア)による共同祈願

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英語(リベリア)による共同祈願

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英語(フィリピン)による共同祈願

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セブアノ語(フィリピン)による共同祈願

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タガログ語(フィリピン)による共同祈願

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奉納の歌・拝領の歌は、フィリピン人信徒の方々が、歌いました。オルガンによる伴奏はなく、カラオケで歌います。(日本語の)いつもの主日のミサと違う雰囲気でした。

 

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聖体拝領後に、記念の聖ミカエル像のメダイと御絵が一人一人に渡されました。

 

 

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(注)プライバシーを考慮して、信徒の顔には修正を入れています。

 

 

 

今回の国際ミサには、お御堂から溢れるほどの方々が参加しました。

また、新たに設置されるマリア様や大天使聖ミカエルのお像と記念撮影をされている方々もたくさんいらっしゃいました。

 

 

閉祭後、地下ホールにて祝賀パーティが行われました。

 

 




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8月15日は、聖母の被昇天の祭日です。

「聖母の被昇天」とは…

マリアが霊魂も肉体もともに天に上げられたという教義で、1950年11月1日に、教皇ピオ十二世(在位1939~1958)が全世界に向かって、処女聖マリアの被昇天の教義を荘厳に公布しました。

聖母の被昇天 (【カトリック中央協議会】より)

 

カトリック松戸教会では、10:30からと17:00から、それぞれミサが行われました。

 

ミサの前には、ロザリオの祈りを行いました。

 

  

 

10時半からのミサは、幸田司教様の司式で行われました。

● 聖母被昇天のミサ説教  幸田司教様のブログ「毎日がクリスマス」より

 

 

 

 

 

第1朗読 ヨハネの黙示録 11章19a、12章1~6、10ab節
第2朗読 コリントの信徒への手紙一 15章20~27a節
福音朗読 ルカによる福音書 1章39~56節

 

17時からのミサの後には、焼肉パーティが行われました。

● 納涼焼肉パーティ




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7月28日(日)、松戸教会にて結婚式が行われました。

この日はナイジェリア人の信徒の方々の結婚式でした。

 

カトリック教会では、結婚は「7つの秘跡」の1つとされています。

イエス様が、神の国の新しい展望の中で結婚生活を生きるための力と恵みを与えてくださり、支えてくださるのです。

 

はじめに新郎・新婦がそれぞれ入堂しました。

 

 

 

入堂後、司祭は開祭を宣言し、二人の結婚を祝福し、挨拶をされ、聖歌を歌います。

 

 

聖書を朗読します。

 

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指輪の交換です。

 

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婚姻証明書に署名して、誓約します。

 

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新郎新婦が、そろって退堂されました。

 

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聖パウロは、エフィソの信徒への手紙の中で「夫たちよ、キリストが教会を愛し、教会のためにご自分をお与えになって、聖なるものとなさったように、妻を愛しなさい」( 5.25~26)と仰っています。

だから、二人はもはや別々ではなく、一体である」(マタイ19.6)というイエス様の御言葉のとおり、この先、お2人で手を取り合い、幸せに過ごされることをお祈りしています。




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今日は、10時半からのミサを大山神父様(カトリック神学院)に司式して頂きました。

 

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第1朗読 ゼカリヤ書 12章10~11節、13章1節
第2朗読 ガラテヤの教会への手紙 3章26~29節
福音朗読 ルカによる福音書 9章18~24節

 

 

 

ミサ後、地下ホールで大山神父様による3回目の「信仰年」勉強会が開かれました。今回は「教会のこれからの課題」をテーマに約1時間にわたって講話を頂きました。

 

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大山神父様は、今回も時にはユーモアを交えてわかりやすくお話しくださいました。
(以下、講話内容)

 

今、日本の教会は大きな危機を迎えている。

日本の小教区はこの5年で18減り、修道会、教会関連施設、司祭、修道士・修道女など目減りしている。司祭、修道士・修道女、信徒の年齢構成を考えると、これからの10年でもっと減るのではないだろうか…

 

では、その大きな危機を前に我々のできることは何だろうか。

 

それを知るためにまず教会の大きな歴史の流れを紐解く。

まず、旧約の救いがあった。

エジプトの奴隷となった民をモーセを使ってイスラエルへと導き、十戒という契約を結んた。
旧約聖書を読んでも分かる通り、「存在と関りの神」だった。

そして、神様が遜り、新しい契約を結ぶべく、イエス様を人間の世界へと送り、人間と同じような成長をさせた。
イエス様は我々人間と同じように死に、新たな契約が結ばれた。
更に、イエス様は復活し、新たな救いの業を見せ、聖霊降臨で時間と場所を越える存在となった。

しかし、キリスト者はしばらくの間、迫害を受けることになる。

その後、キリスト教は国教となり迫害はなくなるが、今度は教会の世俗化が始まる。政教が一致し、十字軍や権力闘争、魔女狩りなど、様々な問題が起こってしまう。

1929年、ムッソリーニとラテラノ条約を結び、政教分離を果たす。

その後、開かれた教会を目指すが、様々な問題が起こり、もう1度閉鎖的な教会になっていく。

1962年、ヨハネ23世のもとで第2バチカン公会議が開催され、様々な改革を行い、もう1度、開かれた教会を目指す。

現在は、それから50年の時を迎えている。

 

では、現在の教会が直面している問題は何だろうか?

日本社会が抱えている問題と同様、「高齢化・少子化」、それによる弊害を抑えるために起こる「外国人の流入の増加」、そして、「科学の発展による信仰心の希薄化」である。

 

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さて、歴史と現状を把握したうえで、取り組むべきことは何だろうか。

 

教皇様は、新たな試みを数多くされている。

名誉教皇ベネディクト16世は、基本・原則の部分を守りながら、新しいことを次々とされた。また、フランシスコ教皇様も貧しい人々たちの下に自ら足を運ばれ、様々な関りを持とうとしている。それらのなかで、新しい福音への導いているのだ。

 

では、我々信徒が出来ることは何だろうか?

まずは、危機意識を正しく持つことが大事である。

「今何とかなっているのだから、現状維持を大事とする」ようなことや、「聖霊の導きで…とか、主なる神様がなんとかしてくださる」というような危機感の希薄さや楽観主義が問題を大きくしてしまうことがよくある。しかし、現状維持では、結果何も生まれない

そのうえで、自分の心を聖霊に開き、「今自分のできること」を(能ある鷹は爪を隠すという言葉があるが、爪をかくさず)日々、地道にする。それらは、内省的に神に向き合い、神を感じてこそ、出来ることだ。ミサの奉納の時、日々の労働で得たものを奉納されると思う。それは、たとえば、「ただのお金」ではない。苦しみや悲しみ、様々な思いが込められている。司祭はそれをあくまで代表して、神に捧げている。その時、永遠の存在である神に有限である我々が関わるのだ。それでこそ、そのミサは初めて価値が生まれる。

そして、科学のすすんだ社会との調和も必要である。

個人がいかに正しい知識を持ち、そのうえで宗教と調和することが大事だ。確かに、結果には必ず原因がある。それらは科学によって証明されてきた。神の存在すら、科学は解き明かそうとしている。しかし、唯一原因を解き明かせないものがある。「自分という存在」の原因である。人間は、自分の存在の原因にはなれないからだ。それらは関りによって生まれ、その関りの根源こそ我々の信じる「関りの神」だ。

そういった多様を、矛盾する存在を認め、許し合うことこそ教会の、信徒の出来ることではないだろうか。

ミサのなかで、「教会に平和と一致を」というが、なぜ「教会」なのだろうと思った人はいないだろうか。教会だけ平和ならばよいのかのと思われる人もいるかもしれない。しかし、「教会」とはまさに多様な社会や価値観を持つ人々、矛盾した世界の中で生きる人々を認め合い、許し合うことを求めているのだ。

現在の教会共同体に必要なのは、そういった「もてなしと癒し」なのではないだろうか。

 

以上。

 

 

今回が残念ながら最後の信仰年の講話ということになりました。

また、大山神父様のお話に与るチャンスに恵まれればと思います。

 

(*注意)信徒の顔はプライバシーを考慮して修正をしています。



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6月9日、先週「キリストの聖体」の祝日のミサのなかで、初聖体を授かった5人に続き、また1人のお子さんが初聖体のお恵みに与りました。

 

本来は、5人と一緒に初聖体を授かる予定でしたが、学校行事(運動会)と重なったため、やむを得ず、1週間遅れて授かることになりました。

 

 

 

初聖体後、会衆を前に、自分で書いたお礼の言葉を読み上げました。とても、立派な挨拶でした。

 

 

その後、教会からのお祝いの品をいただきました。

 

 

ともにミサを与った会衆からも祝福の拍手が贈られました。

 

そして、ミサ後、神父様より初聖体証明書をいただきました。

 

 

 

初聖体おめでとうございます。

 

初聖体とは…

幼児洗礼の子どもが初めて聖体拝領をすることです。聖体とは七つの秘跡のひとつで、主イエス・キリストご自身が、パンとぶどう酒の形のもとに現存され、私たちと共にいて救いを完成してくださるのです。