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本日、復活の主日(日中)のミサのなかで、聖体奉仕者の任命式が行われ、6人の聖体奉仕者の任期の更新が行われました。

 

岡田大司教様からの任命証を司牧評議会委員長が読み上げます。

 

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そして、1人ひとり、フィリップ神父様から任命証が受け渡されました。

 

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任期は、来年の復活祭(2016年3月27日)までとなります。

 

 

病者、高齢者にとって病床でいただく聖体は、人々の病を担ってくださる主イエス・キリスト様に出会い、その癒しの力に触れ、主の苦しみと復活のいのちに結 ばれる大切な秘跡です。また、たとえミサに行けなくとも、父なる神様と主イエス、そして教会共同体としっかり結ばれていることの大切なしるしにもなりま す。

 

 

 

使徒言行録第6章1-6節

そのころ、弟子たちが増し加わるにつれて、ギリシャ語を使うユダヤ人 が、ヘブル語を使うユダヤ人に対して不満を漏らしていた。というのは、彼らのやもめが、日ごとの分配でおろそかにされていたからである。そこで十二使徒は、大勢の弟子たちを呼んで言った。「わたしたちが神の言を差し置いて、食卓に仕えるのはふさわしくありません。そこで兄弟たちよ、あなたがたの間から、 良い証しのある、その霊と知恵に満ちた人を7人選びなさい。その人たちを、この仕事に任じましょう。ただしわたしたちは、祈りと言の務めをひたすら続ける ことにしましょう」その言は、すべての人を喜ばせた。そこで、彼らは信仰と聖霊に満ちた人ステパノ、ピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、アンテオケの改宗者ニコラオを選び、その人たちを使徒たちの前に立たせた。使徒たちは祈って、彼らの上に手を置いた。




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本日、復活の主日(日中)のミサが8時から、そして、10時半からの2回のミサが行われました。

特に、10時半からのミサは、国際ミサが行われ、お御堂に入りきれないほどの信徒が訪れ、エントラスもいっぱいになっていました。

 

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入堂後、まず、フィリップ神父様が祭壇と復活のろうそくに献香されました。
栄光の讃歌の時に鈴が鳴らされ、荘厳に復活の主日のミサが開祭されます。

 

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第1朗読は、ローマ軍の百人隊長であったコルネリウスから招待を受けた聖ペトロがイエス・キリストについて証言する箇所が朗読されます。
復活した主・イエス・キリストに力づけられ、聖霊に導かれた初代教会の姿を思い起こします。

 

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第2朗読は、英語で朗読されました。そして、「thanks be to God」と会衆が答えました。
今日の箇所のなかでは、洗礼によってキリストとともに死に、キリストともに復活させられたキリスト者の新しい生き方と栄光が語られます。

 

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そして、福音朗読を復活の続唱、そして、アレルヤ唱を歌い、迎えます。

 

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福音朗読では、イエス様が十字架で死んでから3日目の早朝の出来事が語られます。
マグダラの聖マリアに墓が空になっていることを聞いた聖ペトロと聖ヨハネの2人の使徒が、走って墓へ向かい、墓が空になり、遺体を包んでいた亜麻布が落ちているのを見つけます。
イエスは、必ず死者の中から復活されるということになっているという聖書の言葉を、2人はまだ理解しなかったのである

 

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第1朗読 使徒言行録 10章34a、37~43節
第2朗読 使徒パウロのコロサイの教会への手紙 3章1~4節
福音朗読 ヨハネによる福音書 20章1節~9節

 

 

 

 

 

そして、フィリップ神父様のお説教が行われました。

 

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説教要旨

復活の主日は、恵み溢れる信仰に感謝し、喜びを共にする日です。
キリストの復活は信仰の土台であり、人類の歴史の中で最も尊い大切な出来事です。
私達キリスト者にとってこの日に匹敵する日は他にないでしょう。
この日こそ、神様が造られた主イエス・キリストの日です。全ての希望と幸せは、復活の主日に起こったことから始まります。まさに、夢が実現した日です。
神様の力によって大きな石が動かされ、墓が開き、墓の中は空になっていることが分かりました。
苦しみ・絶望・悲しみが、取り除かれ、永遠の命に生きる希望と恵みに満ちた新しい将来が開かれました。
神様は私達に対し、ご自分の愛を完全にはっきりと示されたのです。
今日の福音書を読むと復活の日の朝の弟子たちの興奮が伝わってきます。
それは、彼らが復活の知らせ・福音を急いで伝えていることからも感じられます。まさに神の民になったことに気づき、彼らの心は喜びに満ち溢れていました。
復活の日の弟子たちの喜びは私たちの喜びにもなり、それは、今まで伝えられてきました。
私たちは、永遠の命を宿すとされましたので、神様のいらっしゃるところで、再び生きる喜びを味わいます。今日こそ、私たちは、復活の命に与ります。いまや、人生の旅路を1人で歩いているのではありません。
イエス様は、私たちの救い主として、心を清くしてくださる方として、私たちといつも一緒に歩いてくださります。
イエス様は、私たちを救うためにいつも側にいてくださいます。
イエス様は、私たちがいつどんな仕事をする時でも励まし、力を与えてくださいます。
復活祭は、キリストの死に対して生まれる命を喜び祝います。
復活されたキリストは苦しむ私たちの為に来られます。ご聖体とともにある愛の力は私たちの内にあり、私たちは勇気をもって、自分の命を捧げます。新しく洗礼を受けた兄弟姉妹も私達とともに神の愛である福音を伝えるという新しい使命を任せられています。
今日の復活祭は、私たちは自分自身の復活をみつめる新しい機会が与えられています。
私たちは、イエス・キリストの死に触れますか?
私たちは、イエス・キリストの死に深く根を下ろしていますか?
イエス様は、私たちの心の中に深く入ってこられていますか?
それとも私たちは利己的な闇の中にいますか?
イエス様は復活されたので、もしまだ闇の中にいるのならば利己的なこだわりを持ち、闇の中にいるのであれば、復活の霊的な意味はありません。
今日、私達は目を覚まし、復活した命であること、また、イエス様を通し、私たちが神の民であることを心に留めるべきです。
命の意味を探し求める人は、いつかイエス様が父である神様の下に行く道であること、そして、苦しむ人々にとって安らぎが与えられるところに行く道であることがわかるでしょう。
今日、この日にイエス様に「神様、イエス様、私はあなたの民です。今日この日に心を開き、私の心の中にあるあなたの命の賜物をより多くお与えください」と祈りましょう。
父と子と聖霊の御名によって アーメン。

 

 

 

 

説教後、昨日の復活の聖なる徹夜祭に続き、本日も洗礼式が行わました。
今日は幼児が1人、小学生が1人と成人の方が2人の計4名が洗礼に与ります。

 

まず、諸聖人への連願、悪霊の拒否、信仰宣言が行われます。

 

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そして、1人ひとりフィリップ神父様により祝福された聖水を3度注がれ、「父と子と聖霊の御名」により『洗礼』が授けられます。

 

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そして、聖香油が受洗者の額に塗られ、聖霊を受けます。

 

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続いて、キリストに結ばれた新しい人になったことを表す「しるし」として、代父母は受洗者に白衣を着せ、フィリップ神父様が「あなたがたは、新しい人となり、キリストを着るものとなりました」と宣言します。

 

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そして、受洗者は、復活のろうそくから火を点けた蝋燭を渡され、フィリップ神父様は「光の子として歩みなさい(エフェソの信徒への手紙5章8節)」と、仰れます。
光は、キリストを表し、キリストに照らされたキリスト者の生き方をも表します。

 

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蝋燭が受け渡されると、受洗者に「洗礼名」が与えれます
聖人から頂いた洗礼名は、受洗者の方々の新たな誕生と使命を表すものです。

 

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そして、会衆より祝福の拍手が贈られました。

 

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受洗のお祝いを教会から贈られました。

 

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最後に、洗礼の約束の更新が行われます。
フィリップ神父様の呼びかけに答え、信徒全員で、自分が洗礼を受けた日のことを思い起こしつつ、信仰宣言を唱えます。

 

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そして、フィリップ神父様が会衆に聖水を散水します。これにより、洗礼の約束が、更新されます。

 

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共同祈願は、日本語・韓国語・タガログ語・セブ語・英語など様々な言葉で唱えられました。

 

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奉納の歌は、MCCICの聖歌奉仕グループが歌います。

 

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奉納は、昨日の復活徹夜祭で受洗された方々、そして、外国人の方々が行いました。

 

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国際色豊かな奉納品が祭壇に並びます。

 

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そして、聖体拝領は、今日、受洗された2人の成人洗礼の方々が最初に受けます。(初聖体前の子どもたちは、祝福を受けました)
初めてのご聖体は、どのようなものだったでしょうか…

 

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拝領の歌もMCCICの聖歌奉仕グループが担当します。

 

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聖体拝領後のお知らせの前に、今日洗礼を受けた4人の方々の紹介が行われました。
会衆から新たな兄弟姉妹に歓迎の拍手が贈られました。

 

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そして、イータスーエッグの祝福が行われます。
家に持ち帰り、改めて家族とご復活の喜びを分かち合えて頂けたらと思います。

 

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ミサ後、 受洗者、代父母、ご家族の方々と入門講座を担当されているシスター、そして、フィリップ神父様で記念撮影が行われました。

 

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松戸教会では、昨日行われた復活の聖なる徹夜祭のなかで受洗された10名の方々とプロテスタント教会からの移籍の方2人、そして、今日受洗した4人と合わせて16人が新たな家族として迎えることが出来ました。

主のご復活おめでとうございます!!!

 

 




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本日、「復活の聖なる徹夜祭」が行われました。

「復活の聖なる徹夜祭」は、キリストの過越を記念します。1年の典礼の中で最も盛大で、中心的な祭儀が今日行われる復活の聖なる徹夜祭です。

今日の典礼は、「光の祭儀」「ことばの典礼」「洗礼式」「感謝の典礼」の4つの部分で構成されています。この典礼では、火、水、復活ろうそくなどキリストの復活と新しい命を象徴するシンボルが多く用いられます。

 

 

復活の聖なる徹夜祭では、洗礼式が行われます。
これは、初代教会からの伝統です。洗礼は、受難と死を通して復活したキリストの復活に与り、一人ひとりが古い自分に死んで新しい自分に生まれ変わる「過越」です。したがって、復活の聖なる徹夜祭がそれにもっともふさわしいとされてきました。

松戸教会でも、本日、10人の方が受洗されます。また、2人の方がプロテスタントから転籍されます。典礼が始まる前には、シスターと予行練習を行い、洗礼式に備えます。

 

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聖堂入口では、青年が典礼のなかで使う蝋燭を配っています。

 

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そして、午後7時……。
いよいよ復活の聖なる徹夜祭が始まります。

 

復活徹夜祭は、「光の祭儀」によって盛大に、ルルドから始まります。

 

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フィリップ神父様が、「光」について説明され、火を祝福されました。

 

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そして、復活の蝋燭を祝福されます。

 

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そして、祝福された新しい火で復活ろうそくに灯しました。

 

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そして、会衆は聖堂に入り、フィリップ神父様の入堂を待ちます。

そして、聖堂入口でフィリップ神父様が、復活ろうそくを高くかかげて、「キリストの光」と歌い、会衆は「神に感謝」と答えます。

 

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更に聖堂中央で再びフィリップ神父様が、復活ろうそくを高くかかげて、「キリストの光」と歌い、会衆も再び「神に感謝」と答えます。

 

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祭壇の前につくと、フィリップ神父様が、「キリストの光」と歌い、復活ろうそくを蝋燭台に立て、祭壇、復活の蝋燭に献香されました。
そして、会衆に復活ろうそくから火が配られ、会衆全員の蝋燭に火が灯ります。

 

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そして、高らかに「復活讃歌」が歌われます。

 

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復活讃歌が終わると、会衆は蝋燭の火を消し、1年の教会の暦の中で最も豊かな「ことばの典礼」が始まります。
復活徹夜祭の朗読は、「神が人間の歴史を通してどのように働きかけてくださったかを深く味わうことが出来るようになっています。

 

第1朗読では、神が6日間で、天と地とそこにある全てのものを造られたことを語ります。人間の創造は、神の創造のわざを締めくくる最後のものです。この朗読箇所で描かれているのは、「人間とはそもそもどのようなものとして造られたか」ということであり、ここに神に「良し」とされた人間本来の姿を見ることが出来ます。

 

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復活徹夜祭の朗読では、1つ1つ朗読が読まれ、答唱詩編が歌われた後に、司祭が祈願を唱えます。

 

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第2朗読の「エジプトからの過越の出来事」は「主の過越」のかたどりとして最も重要です。
紀元前13世紀、エジプトで奴隷状態にあったイスラエルの民を神様は救い出されました。このエジプト脱出の出来事は、イスラエルの民にとって根本的な救いの体験でしたが、キリスト者はこの出来事を、キリストが死から復活のいのちに移ったことと結び付けて考えます。また、紅海を渡ったこの救いの出来事は、キリスト者の洗礼を前もって表すものと考えられています。

 

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第3朗読では、神に背いて荒れ果てたイスラエルの地と捕囚の地にあったイスラエルの民に向かって、回復の預言をエゼキエル(捕囚時代の預言者)は語ります。それは、人間の功績によるものではなく、まったく神ご自身による新しい創造の業とも言えるものです。特に、洗礼式を意識して朗読されます。

 

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第4朗読では、使徒パウロが、人が神の恵みにより、信仰によって神との正しい関係に入ると述べたあと、キリスト者が洗礼によって招かれた新しい生き方について語っています。

 

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そして、アレルヤ唱を歌い、福音を迎えます。

(四旬節の間は歌われませんでしたので、47日間ぶりに歌われる)復活徹夜祭で歌われる「アレルヤ唱」は、すべてのアレルヤ唱で最も荘厳です。詩編118は、本来は死の苦しみから救われた人の感謝の詩であったと考えられていますが、新約聖書の中でキリストの復活を語るために用いられています。

 

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福音朗読では、イエス様がご復活された朝の箇所が朗読されます。
マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、サロメが墓に向かうと、入り口の大きな石が脇へわきへ転がしてあり、中に入ると、天使が「復活なさって、ここにはおられない。あなた方より先にガリラヤに行かれる」と伝えます。

 

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第1朗読 創世記 1章1節・26節~31a節
第2朗読 出エジプト記 14章15節~第15章1a節
第3朗読 エゼキエルの預言 36章16~17a・18~28節
第4朗読 使徒パウロのローマの信徒への手紙 6章3~11節
福音朗読 マルコによる福音書 16章1~7節

 

 

 

そして、フィリップ神父様のお説教が行われました。

 

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説教要旨

復活祭は、教会の暦の中でも最も大事な祝日です。
教皇レオ1世は、「復活祭が一番偉大なお祝いであって、降誕祭は、復活祭の準備のためだけに行われる」と仰いました。
何故、復活祭は、教会の暦で行われる他の祝日より偉大なのでしょう。
それは、週の始めに驚くべき御復活をなさった主・イエスを記念するものだからです。証言では、520人もの信者達が、イエス様の御復活の証人となり、主がご復活されたことを否定することは出来ません。
復活の主日は、私たちの人類の歴史上、最も重要なターニングポイントです。そして、全ての人々の祝福された希望の実現を褒め称え、それは、すなわち偉大なる神であり、私たちの救い主であるイエス・キリストの栄光の表れです。
その時、時が満ち、過去・現在・未来、すべての忠実な信者は、神の恵みとして、永遠の命を頂きました。
私たちは、キリストと共に蘇りましたから、神の右の座についておられるキリストがいらしたところに心を留めなければなりません。
私たちは地上に生き返るのではなく、上にあるものに心を留めなくてはなりません。
なぜなら、私たちはキリストと共に死に、私たちの新しい命のうちにあるキリストのなかに隠されているからです。
キリスト者にとって、復活徹夜祭は、喜びの宴です。
それは洗礼の秘跡によって、私たちが新しい命をキリストから頂けるからです。
今晩は、私たちにとって喜びの夜です。
転籍をする方、洗礼の秘跡を与り、カトリック信者になられた12人の新しい兄弟姉妹が誕生しました。
今晩は、喜びの夜です。
イエス様からしばらく離れていた方々も告解と聖体の秘跡によってイエス様の下に帰ってくる夜だからです。
奇跡的なキリストの体の完璧なうちに天国のすべての聖人達・天使達と「本当に主は復活した」とルカ福音書24章53節にあるように喜びます。
キリストとともにいる兄弟姉妹のみなさん、初代教会のころ、何百人もの方が証人となった主・イエス・キリストの栄光の復活こそ将来私たちが1つの永遠の命の家族となる証明です。
現在の命は一時的なものです。
私たちが持っているものは、本当に素晴らしいものです。その日がくるまで、キリストとともにいる兄弟姉妹の皆さんとご復活の喜びを味わいましょう。
そして、この喜びを分かち合いたい社会から阻害されている人々にもこの喜びを届き、今晩、今私たちがしているように祝うことが出来ますように心に留めましょう。
今晩から私たちが出会う全ての人々とともにキリストの聖霊と主の喜びを分かち合いましょう。
主イエス・キリストは、私たちのためにご復活されました。
みなさん、ご復活おめでとうございます。

 

 

 

 

そして、いよいよ「洗礼の儀」が行われます。

この1年間、シスターから様々なことを学び、洗礼を受ける決心をされ、今日を迎えます。

 

 

洗礼式の前に、まず、プロテスタントの教会から転籍を希望される2名の方が、信仰宣言をし、カトリックへの転籍をされました。

 

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次に、フィリップ神父様に促され、10人の洗礼志願者が代父母の方々と一緒に祭壇の前に並びます。

 

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そして、諸聖人の取次ぎを願い、連願が会衆によって歌われます。
まず、聖歌奉仕グループのメンバーが先唱し、会衆が続きます。

主よ哀れみたまえ、主よ哀れみたまえ。
神の母聖マリア、我らのために祈りたまえ。
聖ミカエル、我らのために祈りたまえ。
聖なる神の使い、我らのために祈りたまえ。
洗礼者聖ヨハネ、我らのために祈りたまえ・・・

荘厳に諸聖人への連願が続きます。

 

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連願が終わると、次にフィリップ神父様が、聖霊の働きを祈りながら、復活のろうそくを浸し、「水の祝福」します。
この祝福され聖化された水は、これから次の復活祭まで聖水として、様々な場面で使われます。

 

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そして、洗礼志願者たちにフィリップ神父様が、「悪霊の拒否」を問い、悪を捨てる覚悟を表します。次に、洗礼志願者たちは、同じくフィリップ神父様の3つの問いに答え、「三位一体の神への信仰」を宣言します。

 

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そして、1人ひとりフィリップ神父様により祝福された聖水を3度注がれ、「父と子と聖霊の御名」により『洗礼』が授けられます。

 

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そして、聖香油が受洗者の額に塗られ、聖霊を受けます

 

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続いて、キリストに結ばれた新しい人になったことを表す「しるし」として、代父母は受洗者に白衣を着せ、フィリップ神父様が「あなたがたは、新しい人となり、キリストを着るものとなりました」と宣言します。

 

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そして、受洗者は、復活のろうそくから火を点けた蝋燭を渡され、フィリップ神父様は「光の子として歩みなさい(エフェソの信徒への手紙5章8節)」と、仰れます。
光は、キリストを表し、キリストに照らされたキリスト者の生き方をも表します。

 

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蝋燭が受け渡されると、受洗者に「洗礼名」が与えれます。
聖人から頂いた洗礼名は、受洗者の方々の新たな誕生と使命を表すものです。

 

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最後に、洗礼の約束の更新が行われます。
フィリップ神父様の呼びかけに答え、信徒全員で、自分が洗礼を受けた日のことを思い起こしつつ、信仰宣言を唱えます。

 

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そして、祝福された水を会衆に、フィリップ神父様が散水します。これにより、洗礼の約束が、更新されます。

 

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共同祈願が唱えられると、感謝の典礼となります。

奉納は、受洗者・転籍者によって行われました。

 

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聖体拝領の前に、フィリップ神父様が祭壇から降りてこられて、受洗者、転籍者の方々と固い握手を交わされました。会衆も拍手し、祝福しました。

 

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そして、聖体拝領は、今日、受洗された10人の方々、転籍された2人の方が最初に受けます。
受洗された10人の方々、転籍された2人の方は、特別に両形態の聖体拝領となりました。
初めてのご聖体は、どのようなものだったでしょうか…

 

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そして、受洗者・転籍された方々の笑顔と新たな兄弟姉妹を迎えた信徒一同の喜びのうちに復活徹夜祭のミサを終えました。

 

 

ミサ後、受洗者、転籍者の方々に記念品が贈られ、1人ひとり、会衆に向かい、自己紹介と挨拶がされ、新たな兄弟姉妹に会衆から歓迎の拍手が贈られました。

 

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最後に、フィリップ神父様や1年間入門講座を担当して頂いたシスター、そして、代父母の方々と一緒に記念撮影。

 

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受洗者の皆様、ご受洗おめでとうございます。
そして、主の御復活おめでとうございます!




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本日、「主の受難」の祭儀が行われました。
「主の受難」の祭儀では、パンとぶどう酒は聖別されません。古来の伝統に従い、この日はミサがささげられない日と定められているからです。祭儀は「言葉の典礼」「十字架の崇敬」「交わりの儀」の3つの部分で構成されています。

聖金曜日に行われるこの祭儀のなかで、救いの歴史におけるキリストの受難と死の意義を思い起こし、復活への希望のうちに十字架の勝利を賛美します。

 

 

 

祭壇は、昨晩の「主の晩餐の夕べのミサ」の時に裸にしたまま、十字架も蝋燭も置かず、祭壇にも布をかけません。

 

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祭儀は、入際の歌は歌わず沈黙のうちに始まります。
フィリップ神父様が入堂し、祭壇の前で跪かれ、しばらく沈黙のうちに祈られます。

 

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第1朗読と第2朗読の箇所も「主のご受難・死」についての箇所が朗読されます。

 

第1朗読は、「第2イザヤ」と呼ばれる新バビロニアの王ネブカドネザル2世により、ユダ王国のユダヤ人たちがバビロンを初めとしたバビロニア地方へ捕虜として連行され移住させられていた捕囚期(紀元前6世紀)の預言のなかで主の僕について歌われる第4の箇所が朗読されます。
苦しみを通して多くの人の救いをもたらす僕の姿は、イエス様の姿を思い起こさせます。

 

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第2朗読では、キリストがただ1度ご自身を捧げたことによって、救いが成就したと語るヘブライ書が、主・イエスのご受難について語る箇所が朗読されます。

真の「祭司」であるイエス様は、神との完全なつながり、人々との完全なつながりによって、神と人とを結び合わせることが出来ます。私たちが、信仰を保ち、恵み深い神様に近づくことを求められています。

 

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そして、受難朗読。

最後の晩餐の席でイエス様が弟子たちに遺言のような説教をし、弟子たちと後に続く人々のために祈られた直後の場面から朗読されます。
(ご受難・死の箇所を、受難の主日の朗読とは違い、すべてを朗読します)

ゲツセマネの園での出来事、イエス様が予告していた聖ペトロの3度の否認、ポンティオ・ピラトとの問答、ゴルゴタの丘での出来事…そして、死、そして、その後のことを、会衆も参加し、朗読されます。

 

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イエス様が亡くなられた箇所では、頭を下げ、沈黙のうちに祈ります。

 

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第1朗読 イザヤ書 52章13節~53章12節
第2朗読 ヘブライ人への手紙 4章14~16節、5章7~9節
受難の朗読 ヨハネによる主イエス・キリストの受難 18章1節~19章42節

 

 

 

そして、フィリップ神父様のお説教が行われました。

 

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説教要旨

今日は、イエス様のご受難を思い出すため、その神秘を祝うために集まりました。
暴力に反対した愛、暴力を忍耐した愛、十字架に達した愛を聖なるものにするために集まりました。
その愛に感謝するため、そして、勇敢な愛のうえで暴力の被害者になる人と団結するために集まりました。
イエス様の十字架は解体されていませんし、その苦しみは終わっていません。十字架は、私たちの人生の中心に立ち、福音の価値によって生きる人々は、世界でどんな扱いをされるのか、ということを私たちに思い出させます。
イエス様は、ご自身から十字架を選んだわけではなく、世界が彼に反抗するため、十字架という手段を選びました。
十字架は、父である神様の発想ではなく、イエス様と争っていた世界が考えた最終的な終結でした。
父である神様は、自分のひとり子の破壊を目論んだサディストではありません。
父である神様は、危ない事でも関わらず、脆弱なひとり子を人間の手にゆだねました。全ての親がその危険を分かつ必要があります。愛は、十字架を必要としていませんが、イエス様の人生においては、愛は十字架に及びました。愛は、それによって現れる苦しみから逃げません。
イエス様は、公にエルサレムに入り、彼に対抗する圧迫的な権力に立ち向かいました。この行動によって、イエス様が苦しみを公に成し、目立つものとしました。
イエス様は、人々の現実的な苦しみを無視することを選びませんでした。人々の苦しみや争いに触れ、神様の愛を見せ、ご自身が人々と同じ痛みやすい体に表れた「神様の愛」であることを示したかったのです。
イエス様は、神様の深い愛、そのものでした。
イエス様の行動は、神そのものでした。
11年前の映画、メル・ギブソンの「パッション」は、イエス様がその時代の支配者から受けた暴力と憎しみを描いています。
しかし、なぜ私たちがご受難を心にとどめておくべきか、どうやって、この苦しみの記憶を活かすべきか、分かりません。
どう思われますか?
それは、キリスト者として、イエス様のご受難を記憶することに関わるためです。
最後の晩餐で、イエス様は「これは、あなた方のためのわたしのからである。私の記念としてこのように行いなさい」と仰いました。
ある共同体が苦しみを覚えようとすると、その記憶は「訴え」となります。「苦しみの記憶」が過去の繰り返しではなく、解決の未来を要求します。イエス様のご受難を記憶することは、このようなことが2度と怒らないようにするための訴えです。そうすれば「無罪の人が冤罪」で苦しむことはないはずです。
そして、この記憶は、私たちの間にある十字架を意識させます。十字架は、イエス様のご受難の未踏の苦しみに注目するように私たちに伝えます。
十字架は、その注目を求めています。
今晩は、イエス様の苦しみ、誇り、人々の憎しみ、暴力、そして、暴力の被害者の苦しみと悲しみに注目しましょう。
この聖金曜日に、神様は、御子イエス・キリストの十字架によって私達1人ひとりに限りない愛を示したことに感謝しながら、私たちも死に至るまでイエス・キリストに従う事が出来るように祈りましょう。
父と子と聖霊の御名によって アーメン

 

 

 

説教の後、盛式共同祈願が行われます。
1年の典礼のなかで、もっとも豊かな共同祈願が唱えられました。
イエス様がすべての人のために命を捧げてくださったことを思いながら、すべての人のために「教会」「教皇様」「教会に仕える全ての人」「洗礼志願者」「キリストを信じる全ての人々」「キリストを信じない人々」「神を信じない人々」「困難に直面する人々」のためにそれぞれ祈ります。

普段の共同祈願とは違い、司牧評議会委員長が先唱し、神父様が祈りを唱え、会衆はアーメンと続きます。

 

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「ことばの典礼」が終わると、フィリップ神父様はいったん退堂され、「十字架の礼拝」が始まります。
ます、一度、神父様は退堂されます。

 

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そして、再度、紫の布に覆われた十字架を捧げて入堂してきます。

途中、三度、「見よ、キリストの十字架、世の救い」とフィリップ神父様が歌われ、会衆は、「ともにあがめたたえよう」と答え、十字架のおおわれた布を徐々にはずしていきます。

 

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顕示が終わると、十字架が祭壇の前を置き、司祭・奉仕者・会衆の順に行列して十字架の前に進み、深い礼をして崇敬を表します。その間、「十字架賛歌 クルーチェム・トゥアム」「とがめの交唱(インプロペリウム)」「ハギオ・ホ・テオ」「十字架讃歌 クルクス・フィデーリス」を歌います。

 

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十字架の礼拝を終えると、「交わりの儀」が始まります。

祭壇が用意され、フィリップ神父様は再度一度退堂します。

 

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そして、ご聖体が入堂し、祭壇に置かれます。

 

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主日のミサとは違い、司祭が主の祈りに招くと、主の祈りの副文と応唱を唱えた後、すぐに拝領前の信仰告白を唱え、拝領が始まります。

 

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そして、聖体拝領後、今一度、聖体安置室に移され、祭壇も裸の状態にされます。

 

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最後にフィリップ神父様が集まった会衆のために祈願を唱えました。そして、沈黙のうちに退堂し、典礼は終わります。

 

 

そして……信者は、ご復活をお待ちし、静かに祈りの夜を過ごします。

 

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いよいよ明日は「復活の聖なる徹夜祭」です。
キリスト教の最大の祭りは、クリスマスではなく、復活祭です。
そして、明日の「復活の聖なる徹夜祭(Easter Vigil)」は、一年の典礼のうち、最も盛大で、中心的な祭儀です。教会は十字架上で死に、葬られたキリストが復活するのを祝うのです。




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本日、「主の晩餐の夕べのミサ」が行われました。
聖木曜日の夕刻に行われるこのミサでは、キリストが聖体を制定し、自らの記念としてこれを行うように命じた「最後の晩餐」を直接記念します。

 

聖木曜日の夕刻にささげられるこのミサの直前で四旬節が終わり、「過越の聖なる3日間」が始まります。
イエス様の「受難・死・復活」を一年のうちで最も荘厳に記念する過越の聖なる3日間」は、典礼暦年全体の頂点に位置づけられています。

 

 

 

今日のミサは、寺西 英夫神父様(東京教区本部協力司祭)主司式で行われました。
久々に栄光の讃歌を歌い、寺西神父様が集会祈願を唱えました。

 

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第1朗読と第2朗読の箇所も「過越の食事」についての箇所が朗読されます。

 

第1朗読では、エジプトの奴隷状態から脱出する夜の事を前もってモーセとアーロンが告げられる箇所が朗読されました。
神様は、過越の際、どのような食事をとるか、どのようにするべきか、細かく告げてくださり、ユダヤ人は、エジプトを脱出することが出来ます。
神様は、「傷のない1歳の雄の子羊」を屠り、その「血を子羊を食べる家の入口の2本の柱と鴨居に塗り」、肉を火で焼いて食べろと仰ります。また、「酵母を入れないパン」を苦菜を添えて食べろと伝えます。

この出来事を「過越」と呼び、ユダヤ人は、この出来事を記念して、毎年、過越祭を祝います。

 

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第2朗読では、使徒パウロが、コリントの教会の信徒に「主の晩餐」の意味を解き明かした箇所が朗読されました。

コリント教会では、主の晩餐を祝いながら、仲間割れがあり、貧しい人への配慮に欠けているという問題がありました。そこで、聖パウロは、もう1度「最後の晩餐」でイエス様が使徒たちに仰った言葉を引用され、ミサの意味を伝えます。

 

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そして、福音朗読。

福音朗読では、過越祭の前日に行われた「最後の晩餐」の箇所が朗読されます。(マタイ・マルコ・ルカ福音書では、最後の晩餐は過越の食事であったと伝えていますが、ヨハネ福音書では、過越祭の前日のことになっています)

この最後の晩餐の中、イエス様は、弟子たちの足を洗い、遜ること、そして、互いに愛し合う事の大事さを身をもって示されます。

 

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そして、寺西神父様のお説教が行われました。

 

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説教要旨

毎年、主の晩餐の夕べのミサでは、ヨハネによる福音書13章の箇所が選ばれています。

過越祭の前のことである。イエスは、この世から父の下へ移る御自分の時が来たことを悟り、世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。(ヨハネによる福音書13章1節)

このような大変荘厳な、そして、意味深い言葉でこの13章は始まります。
イエス様は「死」を、「父の下へ移る」と表現されています。私たちは、イエス様が父のひとり子として父である神様の下からいらしたことを信じています。それは、私たちも同じように父である神様のもとから来ています。創世記の始まりに人類は、父の一声によって始まったとあります。ですから、私たちにとっても「死」は、「父の下へ移る」時、本当の故郷に帰る時なのです。その帰り道には、イエス様がちゃんと足跡を残してくださっています。
イエス様が、「父の下へ移る」ことを悟った時に、何をなされたかといえば、「世にいる弟子たちを愛して、この上なく愛し抜かれた。」ヨハネはそのように記しています。
原文では、「終局まで愛した」とあります。世にいる間、人々を、弟子を愛し続けておられましたが、最期の時が来た時は、「この上なく」「愛し抜かれた」のです。

そして、弟子たちと最後の食事をとります。
最後の食事の中で、イエス様は、ご聖体の秘跡をお定めになりました。
ですから、このミサは、「主の晩餐の夕べのミサ」と名付けられ、その最初のミサを記念するミサとなりました。

ところで、ヨハネ福音書では、他の福音書では記されている「これは、あなた方のためのわたしのからである。私の記念としてこのように行いなさい」というミサについての箇所が記されていません。その代わりのように、イエス様が弟子たちの足を洗ったと記されています。
「足を洗う」とは、当時、イスラエルなどのパレスチナ地方では、裸足にサンダルを履いて移動していましたから、来客があった際、その家の主人が貴重な水を使い賓客の足を洗う「御もてなし」でした。
福音書を記したヨハネは、他の福音記者が記した「ご聖体の秘跡」と「足を洗うという行為」が表と裏のように同じことだと捉えていたようです。イエスが生涯をかけて示した父なる神様の愛がどれほど深いか、イエスはただただそれを人々に告げるために、言葉だけではなく行いも示されました。

そして、今夜、父である神の愛が、究極的な最後を結ぶ。それが、パンと葡萄酒の中に自分を残す事であり、弟子たちの足を洗う事です。
今夜、私たちはこの後、「ご聖体を頂く」、「弟子の足を洗った」というその2つのことをこのミサのなかで同時に記念します。

素晴らしいモノを頂いたら、少し運動しないと体に良くありません。美味しいモノばかり食べて、何もしなかったら、病気になってしまいます。
神様から頂いた命もそうです。溢れるほどの愛を頂いた私たちは、それで終わりにしないで、人々にそれを返していく、奉仕をしていく、「足を洗った」互いに愛し合う心は、色々な形で表すことが出来るでしょう。イエス様は、貧しい人や苦しんでいる人たちのお世話をしました。「神様はあなた方を見捨てていない。見捨てるどころか、誰よりも先に愛して救う」と約束され、現実に病を治し、癒し、一緒に食事をとりました。そうして、具体的な愛の模範を示されました。
私たちもイエス様の模範に従い、奉仕に励むようにしたいと思います。

 

 

 

第1朗読 出エジプト記 12章1~8節,11-14節
第2朗読 コリントの教会への手紙 11章23~26節
福音朗読 ヨハネによる福音書 13章1~15節

 

 

 

 

 

お説教の後、今日、朗読された福音書のなかでもあったように、イエス・キリストが最後の晩餐の夜、自ら弟子たちの足を洗うことにより、ご自分が「仕えられるためではなく、仕えるために来た」ことをお示しになったことを記念し、洗足式が行われました。

(12使徒、イスラエル12部族からちなんで)松戸教会の8つの地区から各1名ずつ、MCCICから2名、青年から1名、中高生から1名の12人の信徒が代表して、フィリップ神父様に足を洗っていただきました。

 

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その後、聖体拝領が行われました。
同じ1つのパンを分け合うことを通して、キリストとの一致を深く味わいます。こうして、ミサが一致の秘跡であり、キリスト者の生活の中心であることが明らかにされます。

 

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聖体拝領後、祭壇上のご聖体に献香し、ご聖体を別の場所に移動します。

 

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そして、ご聖体を仮祭壇に移し、献香してから聖体を仮の聖櫃におさめます。

 

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最後に信徒たちは、左右に分かれ、詩編55と詩編27を唱和して祈ります。

 

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その後、その場で閉祭の歌を歌い、閉祭となりました。

 

 

 

ミサ後、仮祭壇の前でお祈りされている信徒の方が大勢いました。

 

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祭壇上のすべてのものを取り除き、裸の状態にされます。聖体ランプも灯っていません。
キリストの受難と死が始まったのです。

 

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明日は、聖金曜日「主の受難」の祭儀です。