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本日、復活節第3主日のミサのなかで、聖体奉仕者の任命式が行われ、6人の聖体奉仕者の任期の更新が行われました。
聖体奉仕者は主任司祭の推薦により岡田大司教様より任命されるものです。

 

岡田大司教様からの任命証を下原助祭が読み上げます。

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そして、1人ひとり、フィリップ神父様から任命証が受け渡されました。

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任期は、来年の復活祭(2017年4月16日)までとなります。

 

 

病者、高齢者にとって病床でいただく聖体は、人々の病を担ってくださる主イエス・キリスト様に出会い、その癒しの力に触れ、主の苦しみと復活のいのちに結 ばれる大切な秘跡です。また、たとえミサに行けなくとも、父なる神様と主イエス、そして教会共同体としっかり結ばれていることの大切なしるしにもなりま す。

 

 

使徒言行録第6章1-6節

そのころ、弟子たちが増し加わるにつれて、ギリシャ語を使うユダヤ人 が、ヘブル語を使うユダヤ人に対して不満を漏らしていた。というのは、彼らのやもめが、日ごとの分配でおろそかにされていたからである。そこで十二使徒は、大勢の弟子たちを呼んで言った。「わたしたちが神の言を差し置いて、食卓に仕えるのはふさわしくありません。そこで兄弟たちよ、あなたがたの間から、 良い証しのある、その霊と知恵に満ちた人を7人選びなさい。その人たちを、この仕事に任じましょう。ただしわたしたちは、祈りと言の務めをひたすら続ける ことにしましょう」その言は、すべての人を喜ばせた。そこで、彼らは信仰と聖霊に満ちた人ステパノ、ピリポ、プロコロ、ニカノル、テモン、パルメナ、アンテオケの改宗者ニコラオを選び、その人たちを使徒たちの前に立たせた。使徒たちは祈って、彼らの上に手を置いた。




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松戸教会では、「松戸朝祷会」が毎月最初の土曜日に朝7時から開催されています。
松戸周辺の様々な教派の信者が、同じ神を信じるキリスト者として共に祈るエキュメニカルな集会です。

1986年4月から始まった朝祷会は、今回で300回を迎えることになりました。
それを記念し、本日の朝祷会は、「創設300回記念集会」として行われました。

 

 

 

進行係を務めるシスターより挨拶がありました。

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そして、開会の歌「ガリラヤの風おかおる丘で」が歌われる中、フィリップ神父様、津村友昭先生(日本基督教団新松戸教会)、山田幸男先生(栗ヶ沢バプテスト教会)、村上恵理也先生(日本基督教団松戸教会)、そして、朝祷会の世話人を務めていらっしゃる栗原茂先生(日本福音ルーテル教会)が入堂されました。

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司会を務められる津村先生(日本基督教団新松戸教会)が初めの祈りへと導かれます。
(「また司祭とともに」とカトリック教会では応えますが、「また、あなたとともに」と朝祷会では応えます)

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聖書朗読は、フィリップ神父様によって行われました。(ローマの信徒への手紙 15章30-33節)

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「メッセージ(奨励)」は、村上先生(日本基督教団松戸教会)によって「時代のなかで求められている祈りの課題」をテーマに、行われました。

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メッセージ(奨励)が終わると、起立し、参加者全員でアッシジの聖フランシスコの「平和を願う祈り」を唱え、お互いに平和の挨拶を交わしました。

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そして、共同祈願が唱えられます。

1.世界の平和のために(松戸教会信徒)

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2.日本の直面する課題と将来のために(津村悦子先生 日本基督教団新松戸教会

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3.地方自治体、松戸市のために(山田幸男先生 栗ヶ沢バプテスト教会

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4.宣教の使命を担う市内の諸教会のために(栗原茂先生 日本福音ルーテル教会

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5.地の塩世の光として生きるキリスト者のために(松戸教会信徒)

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そして、主の祈りを津村先生(日本基督教団新松戸教会)の導きで会衆全員で唱えました。

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最後に参加者に、神父様、先生たちによって、祝祷(祝福の祈り)が行われました。

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第2部として、世話人を務める栗原茂先生(日本福音ルーテル教会)の進行で懇親会が、地下ホールで行われました。

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まず、食前の祈りが、唱えられました。

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前松戸教会主任司祭の宮下神父様中央協議会事務局長)から祝辞を頂き、宮下神父様のご発声で乾杯となりました。

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松戸教会の信徒たちも宮下神父様、今日を最後に垂水に異動されるシスター清水と記念撮影。

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お食事を楽しみながら、ゲストの紹介、スピーチが行われました。

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そして、これまでの朝祷会に貢献された方々に、感謝の気持ちを表す表彰式が行われました。

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余興として、腹話術が行われました。

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そして、参加者全員で最後に「ヒネ・マ・トーブ(詩編133:1)を歌い、閉会となりました。

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最後に記念撮影。

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これからも30年間続けられてきた朝祷会は続いていきます。
教派の垣根を越えた、この祈りの集いに皆さんも是非ご参加ください。




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本日、復活の主日(日中)のミサが8時から、そして、10時半からの2回のミサが行われました。

特に、10時半からは、国際ミサが行われ、お御堂に入りきれないほどの信徒が訪れ、エントラスもいっぱいになっていました。

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入堂後、まず、フィリップ神父様が祭壇と復活のろうそくに献香されました。

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栄光の讃歌の時にカナパネラが鳴らされ、荘厳に復活の主日のミサが開祭されます。

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第1朗読は、ローマ軍の百人隊長であったコルネリウスから招待を受けた聖ペトロがイエス・キリストについて証言する箇所が朗読されます。
復活した主・イエス・キリストに力づけられ、聖霊に導かれた初代教会の姿を思い起こします。

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第2朗読は、英語で朗読されました。そして、「thanks be to God」と会衆が答えました。
今日の箇所のなかでは、洗礼によってキリストとともに死に、キリストともに復活させられたキリスト者の新しい生き方と栄光が語られます。

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そして、福音朗読を復活の続唱、そして、アレルヤ唱を歌い、迎えます。

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福音朗読では、イエス様が十字架で死んでから3日目の早朝の出来事が語られます。
マグダラの聖マリアに墓が空になっていることを聞いた聖ペトロと聖ヨハネの2人の使徒が、走って墓へ向かい、墓が空になり、遺体を包んでいた亜麻布が落ちているのを見つけます。
イエスは、必ず死者の中から復活されるということになっているという聖書の言葉を、2人はまだ理解しなかったのである

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第1朗読 使徒言行録 10章34a、37~43節
第2朗読 使徒パウロのコロサイの教会への手紙 3章1~4節
福音朗読 ヨハネによる福音書 20章1節~9節

 

 

 

そして、フィリップ神父様のお説教が行われました。

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説教要旨

復活の主日は、恵み溢れる信仰に感謝し、喜びを共にする日です。
キリストの復活は信仰の土台であり、人類の歴史の中で最も尊い大切な出来事です。
私達キリスト者にとってこの日に匹敵する日は他にないでしょう。
この日こそ、神様が造られた主イエス・キリストの日です。全ての希望と幸せは、復活の主日に起こったことから始まります。まさに、夢が実現した日です。
神様の力によって大きな石が動かされ、墓が開き、墓の中は空になっていることが分かりました。
苦しみ・絶望・悲しみが、取り除かれ、永遠の命に生きる希望と恵みに満ちた新しい将来が開かれました。
神様は私達に対し、ご自分の愛を完全にはっきりと示されたのです。
今日の福音書を読むと復活の日の朝の弟子たちの興奮が伝わってきます。
それは、彼らが復活の知らせ・福音を急いで伝えていることからも感じられます。まさに神の民になったことに気づき、彼らの心は喜びに満ち溢れていました。
復活の日の弟子たちの喜びは私たちの喜びにもなり、それは、今まで伝えられてきました。
私たちは、永遠の命を宿すとされましたので、神様のいらっしゃるところで、再び生きる喜びを味わいます。今日こそ、私たちは、復活の命に与ります。いまや、人生の旅路を1人で歩いているのではありません。
イエス様は、私たちの救い主として、心を清くしてくださる方として、私たちといつも一緒に歩いてくださります。
イエス様は、私たちを救うためにいつも側にいてくださいます。
イエス様は、私たちがいつどんな仕事をする時でも励まし、力を与えてくださいます。
復活祭は、キリストの死に対して生まれる命を喜び祝います。
復活されたキリストは苦しむ私たちの為に来られます。ご聖体とともにある愛の力は私たちの内にあり、私たちは勇気をもって、自分の命を捧げます。新しく洗礼を受けた兄弟姉妹も私達とともに神の愛である福音を伝えるという新しい使命を任せられています。
今日の復活祭は、私たちは自分自身の復活をみつめる新しい機会が与えられています。
私たちは、イエス・キリストの死に触れますか?
私たちは、イエス・キリストの死に深く根を下ろしていますか?
イエス様は、私たちの心の中に深く入ってこられていますか?
それとも私たちは利己的な闇の中にいますか?
イエス様は復活されたので、もしまだ闇の中にいるのならば利己的なこだわりを持ち、闇の中にいるのであれば、復活の霊的な意味はありません。
今日、私達は目を覚まし、復活した命であること、また、イエス様を通し、私たちが神の民であることを心に留めるべきです。
命の意味を探し求める人は、いつかイエス様が父である神様の下に行く道であること、そして、苦しむ人々にとって安らぎが与えられるところに行く道であることがわかるでしょう。
今日、この日にイエス様に「神様、イエス様、私はあなたの民です。今日この日に心を開き、私の心の中にあるあなたの命の賜物をより多くお与えください」と祈りましょう。
父と子と聖霊の御名によって アーメン。

 

 

 

説教後、昨日の復活の聖なる徹夜祭に続き、本日も洗礼式が行わました。
今日は乳児が1人、小学生が1人が洗礼に与ります。
まず、悪霊の拒否、信仰宣言が行われます。

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そして、十字架のしるしを神父様、ご両親、代母がそれぞれ行いました。

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諸聖人の取り次ぎを祈り、諸聖人への連願が行われ、1人ひとりフィリップ神父様により祝福された聖水を3度注がれ、「父と子と聖霊の御名」により『洗礼』が授けられます。

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そして、聖香油が受洗者の額に塗られ、聖霊を受けます。

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続いて、キリストに結ばれた新しい人になったことを表す「しるし」として、代父母は受洗者に白衣を着せ、フィリップ神父様が「あなたがたは、新しい人となり、キリストを着るものとなりました」と宣言します。

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そして、受洗者は、復活のろうそくから火を点けた蝋燭を渡され、フィリップ神父様は「光の子として歩みなさい(エフェソの信徒への手紙5章8節)」と、仰れます。
光は、キリストを表し、キリストに照らされたキリスト者の生き方をも表します。

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蝋燭が受け渡されると、受洗者に「洗礼名」が与えれます。
聖人から頂いた洗礼名は、受洗者の方々の新たな誕生と使命を表すものです。

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受洗のお祝いを教会から贈られ、会衆より祝福の拍手が贈られました。

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最後に、洗礼の約束の更新が行われます。
フィリップ神父様の呼びかけに答え、信徒全員で、自分が洗礼を受けた日のことを思い起こしつつ、信仰宣言を唱えます。
そして、フィリップ神父様が会衆に聖水を散水します。これにより、洗礼の約束が、更新されます。

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共同祈願は、日本語・韓国語・タガログ語・セブ語・英語など様々な言葉で唱えられました。

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奉納の歌は、MCCICの聖歌奉仕グループが歌います。

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そして、聖変化…

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そして、聖体拝領。
多くの方が復活祭に参加したのが分かります。

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拝領の歌もMCCICの聖歌奉仕グループを中心に歌われました。

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聖体拝領後、イータスーエッグの祝福が行われます。
家に持ち帰り、改めて家族とご復活の喜びを分かち合えて頂けたらと思います。

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ミサ後、 受洗した子ども達、代母、ご家族の方々、そして、フィリップ神父様で記念撮影が行われました。

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松戸教会では、昨日行われた復活の聖なる徹夜祭のなかで受洗された14名の方々、そして、今日受洗した2人と合わせて16人を、新たな家族として迎えることが出来ました。
本当にご受洗おめでとうございます。
そして、主のご復活おめでとうございます!!!




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本日、「復活の聖なる徹夜祭」が行われました。

「復活の聖なる徹夜祭」は、キリストの過越を記念します。1年の典礼の中で最も盛大で、中心的な祭儀が今日行われる復活の聖なる徹夜祭です。

今日の典礼は、「光の祭儀」「ことばの典礼」「洗礼式」「感謝の典礼」の4つの部分で構成されています。この典礼では、復活ろうそくなどキリストの復活と新しい命を象徴するシンボルが多く用いられます。

 

 

 

 

復活の聖なる徹夜祭では、洗礼式が行われます。
これは、初代教会からの伝統です。洗礼は、受難と死を通して復活したキリストの復活に与り、一人ひとりが古い自分に死んで新しい自分に生まれ変わる「過越」です。したがって、復活の聖なる徹夜祭がそれにもっともふさわしいとされてきました。

松戸教会でも、本日、14人の方が受洗されます。典礼が始まる前には、シスターと予行練習を行い、洗礼式に備えます。

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聖堂入口では、ヨゼフ会の方々が典礼のなかで使う蝋燭を配っています。

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そして、午後7時……。
いよいよ復活の聖なる徹夜祭が始まります。

 

復活徹夜祭は、「光の祭儀」によって盛大に、ルルドから始まります。

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フィリップ神父様が、「」について説明され、火を祝福されました。

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そして、復活のろうそくを祝福されます。

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そして、祝福された新しい火復活ろうそくに灯しました。

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そして、復活のろうそくを先頭に行列し、会衆は、聖堂へと移動します。
聖堂入口でフィリップ神父様が、復活ろうそくを高くかかげて、「キリストの光」と歌い、会衆は「神に感謝」と答えます。

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お御堂中央付近で2度目の「キリストの光」が歌われると、復活のろうそくが、侍者たちによって会衆のろうそくに灯されます。

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祭壇の前で3度目の「キリストの光」が歌われます。

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フィリップ神父によって復活のろうそくがろうそく台に立てられ、献香されます。

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先唱を務める信徒が「神の御使いよ、天に集い、声高らかに喜び歌え」と復活讃歌を高らかに歌い始めます。

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復活讃歌が終わると、会衆は蝋燭の火を消し、1年の教会の暦の中で最も豊かな「ことばの典礼」が始まります。
復活徹夜祭の朗読は、「神が人間の歴史を通してどのように働きかけてくださったかを深く味わうことが出来るようになっています。

 

第1朗読では、神が6日間で、天と地とそこにある全てのものを造られたことを語ります。人間の創造は、神の創造のわざを締めくくる最後のものです。この朗読箇所で描かれているのは、「人間とはそもそもどのようなものとして造られたか」ということであり、ここに神に「良し」とされた人間本来の姿を見ることが出来ます。

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復活徹夜祭の朗読では、1つ1つ朗読が読まれ、答唱詩編が歌われた後に、司祭が祈願を唱えます。

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第2朗読の「エジプトからの過越の出来事」は「主の過越」のかたどりとして最も重要です。
紀元前13世紀、エジプトで奴隷状態にあったイスラエルの民を神様は救い出されました。このエジプト脱出の出来事は、イスラエルの民にとって根本的な救いの体験でしたが、キリスト者はこの出来事を、キリストが死から復活のいのちに移ったことと結び付けて考えます。また、紅海を渡ったこの救いの出来事は、キリスト者の洗礼を前もって表すものと考えられています。

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第3朗読では、神に背いて荒れ果てたイスラエルの地と捕囚の地にあったイスラエルの民に向かって、回復の預言をエゼキエル(捕囚時代の預言者)は語ります。それは、人間の功績によるものではなく、まったく神ご自身による新しい創造の業とも言えるものです。特に、洗礼式を意識して朗読されます。

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旧約聖書の最後の朗読に続く答唱と祈願が終わると、祭壇のろうそくに火が灯され、カンパネラが響き渡る中、栄光の讃歌が歌われます。

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第4朗読では、使徒パウロが、人が神の恵みにより、信仰によって神との正しい関係に入ると述べたあと、キリスト者が洗礼によって招かれた新しい生き方について語っています。

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そして、アレルヤ唱を歌い、福音を迎えます。

(四旬節の間は歌われませんでしたので、44日間ぶりに歌われる)復活徹夜祭で歌われる「アレルヤ唱」は、すべてのアレルヤ唱で最も荘厳です。詩編118は、本来は死の苦しみから救われた人の感謝の詩であったと考えられていますが、新約聖書の中でキリストの復活を語るために用いられています。

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福音朗読では、イエス様がご復活された朝の箇所が朗読されます。
イエスに従ってきた女性たちが、墓に向かうと、入り口の大きな石が脇へわきへ転がしてあり、主イエスの遺体が見つからず、2人の人(天使)が彼女たちに「なぜ生きておられる方を死者の中に探すのか。あの方は復活なさったのだ。あの方は、ここにはおられない。復活なさったのだ。まだガリラヤにおられたころ、お話しになったことを思い出しなさい。人の子は必ず、罪人の手に渡され、十字架につけられ、三日目に復活することになっている、と言われたではないか。」 と告げられます。
マグダラのマリア、ヤコブの母マリア、ヨハナ、一緒にいた他の婦人たちは、これらの事を使徒たちに話しますが、使徒たちはその言葉を信じません。しかし、ペトロは、立ち上がって墓に走ります。

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第1朗読 創世記 1章1節・26節~31a節
第2朗読 出エジプト記 14章15節~第15章1a節
第3朗読 エゼキエルの預言 36章16~17a・18~28節
第4朗読 使徒パウロのローマの信徒への手紙 6章3~11節
福音朗読 ルカによる福音書 24章1~12節

 

 

 

そして、フィリップ神父様のお説教が行われました。

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説教要旨

復活祭は、教会の暦の中でも最も大事な祝日です。
この喜びの御ミサに共に与ってたくさんの恵みを頂いています。
イエス様の死者のうちから復活されました。
死は終わりではありません。次の世への出口です。イエス様の復活は私たちがこの世で生きる心にゆとりをもたらせてくれます。
イエス様の死と復活を私たちが生きていく命の中心に置きましょう。

今夜、私たちは、光の祭儀でこの御ミサを始めました。
光は、イエス様が死に打ち勝ち、私たち全ての人に光を照らすというシンボルです。キリストの光によって 闇は永遠に消え、世に光が照らされます。
人々は、何千年ものあいだ、この日をずっと待っていました。
今夜の第1朗読では、創世記の天地創造の箇所が読まれ、第2朗読ではイスラエルの民がエジプトから脱出する場面が読まれました。
これは、人間に対する神様の御計画で、この計画のなかの頂点がご復活でした。
今晩こそ、神様が造られたもっと素晴らしい教会のお祝いです。復活のお祝いを賛美のうちに最も祝福されたお祝いの日です。
イエス様のご復活は、私たちも死に打ち勝つ命がある事、また、私たちの目には見えない物、すなわち、永遠の命があることを思い起こさせてくれます。
私たちの体は死んで灰になりますが、魂は神様とともに永遠に生きるのです。

人間が生きる目的は何でしょうか?人生の目的、人生のゴールはどこでしょうか?
最終ゴールは1つしかありません。
それは神の国です。復活して神様とともに永遠の命に生きるために準備しなくては、私たちは脱線した電車のようになってしまうでしょう。脱線した電車はどうなるでしょう。どこにも行きません。
皆さんは、家、家族、車、お金を神の国まで持っていくことは出来ません。
それでは、多くの人たちはこの世の物に執着するのでしょうか?この世の全ての物を福音を伝えるために捧げてはいかがでしょうか?
なぜ多くの方々は、毎日祈る時間がない程忙しいのですか?みなさんが、次の世で会いたいのは神様のはずです。
神様を信じているけど、毎日祈る時間がないという人々を私は理解出来ません。祈らないのに、神様を信じているというのは、矛盾しています。
私たちが様々な問題を抱えている理由の一つは、十分に祈らないからです。
祈って、祈って、祈ってください。
そして、もう1度人間の命は、何のためにあるのか、考えてみましょう。
私たちは、洗礼を受けていますから、栄光ある未来を期待します。
洗礼は、大変大事な事です。洗礼を受けることによって、神の子として、養われます。
みなさんが、受洗された日に何が起こったか、考えてください。みなさんは、生まれ変わり、神の子となったのです。
ローマの信徒への手紙に、私たちは「洗礼によってキリストとともに葬られますが、新しい命に生きるために復活します」と記されています。
これは、洗礼を受けることによって、それまでの罪が取り除かれ、キリストとともに新しい命を生きることを意味しています。
聖書には、イエス様の墓は、近づけないように石でブロックされていたと記されています。私たちは、イエスさまに近づくためにその石を取り払う必要があります。
もし、あなたが、幸せではないなら、それはあなたの人生をブロックしている石を取り去らなければならないという印です。
聖パウロが、ダマスコへの途中でイエス様に出会い、生き方が変わりました。私たちもイエス様に出会うために石を取り払いましょう。
神様は、私たちをご自分の子として養ってくださります。

この最も素晴らしい表現を頂けることに神様に感謝しましょう。
イザヤ書に次のように記されています。
「渇きを覚えている者は皆、水のところに来るがよい(55章1節)」
「わたしに聞き従えば良いものを食べることができる。あなたたちの魂はその豊かさを楽しむであろう。(55章2節)」
「耳を傾けて聞き、わたしのもとに来るがよい。聞き従って、魂に命を得よ。(55章3節)」

この恵み豊かな夜、キリストの勝利が、いつまでも私たちの心に留まりますように。
父と子と聖霊のみ名によって。

 

 

 

 

 

そして、いよいよ「洗礼の儀」が行われます。
この1年間、シスターから様々なことを学び、洗礼を受ける決心をされ、今日を迎えます。
フィリップ神父様に促され、14人の洗礼志願者が代父母の方々と一緒に祭壇の前に並びます。

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そして、諸聖人の取次ぎを願い、連願が会衆によって歌われます。
まず、聖歌奉仕グループのメンバーが先唱し、会衆が続きます。

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主よ哀れみたまえ、主よ哀れみたまえ。
神の母聖マリア、我らのために祈りたまえ。
聖ミカエル、我らのために祈りたまえ。
聖なる神の使い、我らのために祈りたまえ。
洗礼者聖ヨハネ、我らのために祈りたまえ・・・

荘厳に諸聖人への連願が続きます。

 

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連願が終わると、次にフィリップ神父様が、聖霊の働きを祈りながら、復活のろうそくを浸し、「水の祝福」します。
この祝福され聖化された水は、これから次の復活祭まで聖水として、様々な場面で使われます。

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そして、洗礼志願者たちにフィリップ神父様が、「悪霊の拒否」を問い、悪を捨てる覚悟を表します。次に、洗礼志願者たちは、同じくフィリップ神父様の3つの問いに答え、「三位一体の神への信仰」を宣言します。

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そして、1人ひとりフィリップ神父様により祝福された聖水を3度注がれ、「父と子と聖霊の御名」により『洗礼』が授けられます。

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そして、聖香油が受洗者の額に塗られ、聖霊を受けます。

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続いて、キリストに結ばれた新しい人になったことを表す「しるし」として、代父母は受洗者に白衣を着せ、フィリップ神父様が「あなたがたは、新しい人となり、キリストを着るものとなりました」と宣言します。

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代父母は、復活のろうそくからを点けた蝋燭を渡され、受洗者へ手渡します。そして、フィリップ神父様は「光の子として歩みなさい(エフェソの信徒への手紙5章8節)」と、仰れます。
は、キリストを表し、キリストに照らされたキリスト者の生き方をも表します

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蝋燭が受け渡されると、受洗者に「洗礼名」が与えれます。
聖人から頂いた洗礼名は、受洗者の方々の新たな誕生と使命を表すものです。

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洗礼式の最後に、洗礼の約束の更新が行われます。
受洗者から復活のろうそくのが会衆のろうそくにも灯されます。

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フィリップ神父様の呼びかけに答え、信徒全員で、自分が洗礼を受けた日のことを思い起こしつつ、信仰宣言を唱えます。

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そして、祝福された水を会衆に、フィリップ神父様が散水します。これにより、洗礼の約束が、更新されます。

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共同祈願が唱えられると、感謝の典礼となります。

奉納は、受洗者の方々によって行われました。

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奉納の清めの際には、祭壇、そして、復活のろうそくに献香し、侍者が司祭と会衆に献香しました。

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そして、聖変化……

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平和の挨拶の際には、フィリップ神父様が内陣から降りてこられて、受洗者の方々と平和の挨拶を交わされました。

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そして、聖体拝領は、今日、受洗された14人の方々が最初に受けます。
受洗された14人の方々は、両形色の聖体拝領となりました。初めてのご聖体は、どのようなものだったでしょうか…

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聖体拝領後、入門講座を指導して下さったシスターから受洗者の方々の紹介があり、1人ひとり、会衆に向かい、自己紹介と挨拶がされ、新たな兄弟姉妹に会衆から歓迎の拍手が贈られました。

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教会から記念品が贈られました。

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そして、受洗者・転籍された方々の笑顔と新たな兄弟姉妹を迎えた信徒一同の喜びのうちに復活徹夜祭のミサを終えました。
 

 

ミサ後、受洗者の方々、フィリップ神父様、入門講座を指導して下さったシスターと記念撮影。

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そして、代父母の方々とも一緒に。

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受洗者の皆様、ご受洗おめでとうございます。
そして、主の御復活おめでとうございます!




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本日、「主の受難」の祭儀が行われました。
「主の受難」の祭儀では、パンとぶどう酒は聖別されません。古来の伝統に従い、この日はミサがささげられない日と定められているからです。祭儀は「言葉の典礼」「十字架の崇敬」「交わりの儀」の3つの部分で構成されています。

聖金曜日に行われるこの祭儀のなかで、救いの歴史におけるキリストの受難と死の意義を思い起こし、復活への希望のうちに十字架の勝利を賛美します。

 

 

祭壇は、昨晩の「主の晩餐の夕べのミサ」の時に裸にしたまま、十字架も蝋燭も置かず、祭壇にも布をかけません。

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祭儀は、入際の歌は歌わず沈黙のうちに始まります。
フィリップ神父様が入堂し、祭壇の前で跪かれ、しばらく沈黙のうちに祈られます。

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第1朗読と第2朗読の箇所も「主のご受難・死」についての箇所が朗読されます。

 

第1朗読は、「第2イザヤ」と呼ばれる新バビロニアの王ネブカドネザル2世により、ユダ王国のユダヤ人たちがバビロンを初めとしたバビロニア地方へ捕虜として連行され移住させられていた捕囚期(紀元前6世紀)の預言のなかで主の僕について歌われる第4の箇所が朗読されます。
苦しみを通して多くの人の救いをもたらす僕の姿は、イエス様の姿を思い起こさせます。

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第2朗読では、キリストがただ1度ご自身を捧げたことによって、救いが成就したと語るヘブライ書が、主・イエスのご受難について語る箇所が朗読されます。

真の「祭司」であるイエス様は、神との完全なつながり、人々との完全なつながりによって、神と人とを結び合わせることが出来ます。私たちが、信仰を保ち、恵み深い神様に近づくことを求められています。

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詠唱は、受難の主日にも歌われた受難と復活を讃えるものが歌われます。

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そして、受難朗読。

最後の晩餐の席でイエス様が弟子たちに遺言のような説教をし、弟子たちと後に続く人々のために祈られた直後の場面から朗読されます。
(ご受難・死の箇所を、受難の主日の朗読とは違い、すべてを朗読します)

ゲツセマネの園での出来事、イエス様が予告していた聖ペトロの3度の否認、ポンティオ・ピラトとの問答、ゴルゴタの丘での出来事…そして、死、そして、その後のことを、神父様(イエス様)と朗読者2人(第1朗読者;語り手、第2朗読者:その他の登場人物)と会衆全員(群衆)で行います。

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イエス様が亡くなられた箇所では、頭を下げ、沈黙のうちに祈ります。

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第1朗読 イザヤ書 52章13節~53章12節
第2朗読 ヘブライ人への手紙 4章14~16節、5章7~9節
受難の朗読 ヨハネによる主イエス・キリストの受難 18章1節~19章42節

 

 

 

そして、フィリップ神父様のお説教が行われました。

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説教要旨

今日は、イエス様のご受難を思い出すため、その神秘を祝うために集まりました。
暴力に反対した愛、暴力を忍耐した愛、十字架に達した愛を聖なるものにするために集まりました。
その愛に感謝するため、そして、勇敢な愛のうえで暴力の被害者になる人と団結するために集まりました。
イエス様の十字架は解体されていませんし、その苦しみは終わっていません。十字架は、私たちの人生の中心に立ち、福音の価値によって生きる人々は、世界でどんな扱いをされるのか、ということを私たちに思い出させます。
イエス様は、ご自身から十字架を選んだわけではなく、世界が彼に反抗するため、十字架という手段を選びました。
十字架は、父である神様の発想ではなく、イエス様と争っていた世界が考えた最終的な終結でした。
父である神様は、自分のひとり子の破壊を目論んだサディストではありません。
父である神様は、危ない事でも関わらず、脆弱なひとり子を人間の手にゆだねました。全ての親がその危険を分かつ必要があります。愛は、十字架を必要としていませんが、イエス様の人生においては、愛は十字架に及びました。愛は、それによって現れる苦しみから逃げません。
イエス様は、公にエルサレムに入り、彼に対抗する圧迫的な権力に立ち向かいました。この行動によって、イエス様が苦しみを公に成し、目立つものとしました。
イエス様は、人々の現実的な苦しみを無視することを選びませんでした。人々の苦しみや争いに触れ、神様の愛を見せ、ご自身が人々と同じ痛みやすい体に表れた「神様の愛」であることを示したかったのです。
イエス様は、神様の深い愛、そのものでした。イエス様は、神様の危険な行動でした。
2004年に上映された「パッション」は、イエス様がその時代の支配者から受けた暴力と憎しみを描いています。
しかし、なぜ私たちはイエス様のご受難を心にとどめておくべきなのでしょうか?なぜこのような苦しみの記憶を活かすべきですか?
それは、キリスト者として、イエス様のご受難を記憶することに関わるためです。
最後の晩餐で、イエス様は「これは、あなた方のためのわたしのからである。私の記念としてこのように行いなさい」と仰いました。
ある共同体が苦しみを覚えようとすると、その記憶は「訴え」となります。「苦しみの記憶」が過去の繰り返しではなく、解決の未来を要求します。イエス様のご受難を記憶することは、このようなことが2度と起こらないようにするための訴えです。そうすれば「無罪の人が冤罪」で苦しむことはないはずです。
そして、この記憶は、私たちの間にある十字架を意識させます。十字架は、イエス様のご受難は、人々の苦しみに注目するように私たちに伝えます。
十字架は、その注目を求めています。
今晩は、イエス様の苦しみ、誇り、人々の憎しみ、暴力、そして、暴力の被害者の苦しみと悲しみに注目しましょう。
この聖金曜日に、神様は、御子イエス・キリストの十字架によって私達1人ひとりに限りない愛を示したことに感謝しながら、私たちも死に至るまでイエス・キリストに従う事が出来るように祈りましょう。
父と子と聖霊の御名によって アーメン

 

 

 

説教の後、盛式共同祈願が行われます。
1年の典礼のなかで、もっとも豊かな共同祈願が唱えられました。
イエス様がすべての人のために命を捧げてくださったことを思いながら、すべての人のために「教会」「教皇様」「教会に仕える全ての人」「洗礼志願者」「キリスト者の一致のため」「神を信じない人々」「困難に直面する人々」のためにそれぞれ祈ります。

普段の共同祈願とは違い、司牧評議会委員長が先唱し、神父様が祈りを唱え、会衆はアーメンと続きます。

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「ことばの典礼」が終わると、フィリップ神父様はいったん退堂され、「十字架の礼拝」が始まります。
ます、一度、神父様は退堂されます。

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そして、再度、紫の布に覆われた十字架を捧げて入堂してきます。
途中、三度、「見よ、キリストの十字架、世の救い」とフィリップ神父様が歌われ、会衆は、「ともにあがめたたえよう」と答え、十字架のおおわれた布を徐々にはずしていきます。

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顕示が終わると、十字架が祭壇の前を置き、司祭・奉仕者・会衆の順に行列して十字架の前に進み、深い礼をして崇敬を表します。

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その間、聖歌奉仕グループの方々を中心に「十字架賛歌 クルーチェム・トゥアム」「とがめの交唱(インプロペリウム)」「ハギオス・ホ・テオス」「十字架讃歌 クルクス・フィデーリス」を歌います。

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十字架の礼拝を終えると、「交わりの儀」が始まります。
祭壇が用意され、フィリップ神父様は再度一度退堂します。

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そして、ご聖体が入堂し、祭壇に置かれます。

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主日のミサとは違い、司祭が主の祈りに招くと、主の祈りの副文と応唱を唱えた後、すぐに拝領前の信仰告白を唱え、拝領が始まります。

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そして、聖体拝領後、今一度、聖体安置室に移され、祭壇も裸の状態にされます。

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最後にフィリップ神父様が集まった会衆のために祈願を唱えました。そして、沈黙のうちに退堂し、典礼は終わります。

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そして……信者は、ご復活をお待ちし、静かに祈りの夜を過ごします。

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いよいよ明日は「復活の聖なる徹夜祭」です。
キリスト教の最大の祭りは、クリスマスではなく、復活祭です。
そして、明日の「復活の聖なる徹夜祭(Easter Vigil)」は、一年の典礼のうち、最も盛大で、中心的な祭儀です。教会は十字架上で死に、葬られたキリストが復活するのを祝うのです。