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今日は、主の降誕の大祭日です。
私たちの救い主・イエス・キリストの御降誕を祝います。

 

カトリック松戸教会では、午後6時からの「子供の奉仕するミサ」、そして、8時半からの「インターナショナルミサ」と2回の夜半のミサが行われました。
午後6時から行われたミサのリポートは、教会学校がリポートしてくださいました。(また、今年は、子どもの奉仕するミサの前に聖劇が行われました)

 

 

 

 

 

ミサが始まる前、午後8時15分から、キャンドルサービスが行われ、MCCIC聖歌隊と聖歌奉仕グループが共にクリスマスキャロルを歌います。

 

 

 

 

そして、いよいよミサが開祭されます。
入堂後、馬小屋を祝別し、祭壇に献香します。

 

松戸教会のクリスマスミサでは、日本語で歌われる「憐れみの讃歌」は、「kyrie(キリエ) 」、「栄光の賛歌」は、「Gloria(グロリア)」と、ラテン語で聖歌が歌われます。「Gloria(グロリア)」が歌われている際には、カンペネラが鳴り響き、主のご降誕を祝います。
復活徹夜祭や復活祭、そして、この主の降誕(クリスマス)などの特別な祭日の時のみ、栄光の讃歌の際にカンパネラを鳴らし、祝います。)

 

 

集会祈願が祈られた後、ことばの典礼が、始まります。
第1朗読は、日本語で行われ、第2朗読は、英語で行われました。

 

福音朗読が行われる前にフィリップ神父様が、幼子イエスをお迎えに行かれました。

 

その後、福音朗読が行われました。

 

第1朗読 イザヤ書 9章1~3、5~6節
第2朗読 テトスへの手紙 2章11~14節
福音朗読 ルカによる福音書 2章1~14節

 

 

そして、お説教も日本語と英語で行われました。

 

説教要旨

私たちの目の前でイエス様の誕生を見ることにより、今日が神様のみ心を思い起こす良い機会を与えられます。
飼葉桶に寝かされている幼子のイエス様をじっと見ていると、夜空にたくさんの星が輝く夜、ベツレヘムで、神様が最初の弱い赤ちゃんの姿として、産まれたことを実感します。
その夜、突然空が光り、羊飼い達は非常に驚きました。すると天使達が近づいてきて、幼子の誕生を喜び、賛美して歌いました。
私たちの想像を超える神秘的な出来事です。

クリスマスの物語を知ることは、非常に良いことです。(今日は、子どもの奉仕するミサの前に教会学校の子どもたちが聖劇を行ってくれました。本当にありがとう)
クリスマスの物語は、天からまっすぐ地上に降りてきた赤ちゃんの誕生について語ります。神のいつくしみがクリスマスの日にやってきて、神様と人間、そして、創造された生き物たちの間にある聖なる壁を取り壊して私たちの命に永遠の価値を与えてくださいました。神様が下さった贈り物は、他の人たちの所に出かけて行って、神の国の喜びを発見する事です。

イエス様が誕生した夜の出来事は、ヨセフ様とマリア様にとって、とても辛い経験となりました。
2人は住民登録をするために、ベツレヘムにやってきましたが、泊まる場所がありませんでした。今の私たちならば、インターネットを通して、また、電話で直接、宿泊場所を予約できますが、当時の2人には、もちろん、そうする事が出来ませんでした。200キロ以上の道を旅して来て、入口でドアをピシャリと閉められてしまった可哀想な2人…彼らは泊るところもない貧しい夫婦でした。2人は馬小屋に泊る事しか出来ませんでした。そこは、ベツレヘムの町はずれの寒々としたところでした。そこに動物たちが、イエス様のために飼葉桶を置く場所を作りました。
今夜、ヘツレヘムの門の外で救い主としてお生まれになったイエス様は、エルサレムの門の外にあるゴルゴタの丘で磔刑にあい、殺されました。
このメッセージは、門の外にいる者のためにあるという事がわかります。
なぜなら、神の愛は、その始まりから、貧しい人、弱い人、社会から蔑まれた人達が、最初に手にいれられるものでした。
なぜ馬小屋のだったのでしょう?
それは、社会で貧しく苦しんでいる人々のなかに、神様のいつくしみ、そして、恵みやを見いだすことが出来るからです。

飼葉桶の前に跪いて祈りましょう。
神様のように物事を見る力と勇気をもって、神様の意思を実行する力を願いましょう。
私たちの生活の中に、幼子となって生まれたイエス様を迎え、共に生活し、共に働くならば、クリスマスは私たちにとって意味深いものになるでしょう。

クリスマスは、家族にとっても、友人たちの間にとっても、意味深いものです。
互いに贈り物をしたり、友達や親類、共同体、家族のなかで暖かさを感じる時でもあります。
離れたところにいて、食事やパーティに参加出来ず、共にクリスマスを祝うことが出来ない家族がいれば、私たちの思いはまた複雑です。クリスマスは幸せを感じる時なのです。なぜなら、神様の存在が、誤解したり、喧嘩して傷ついたりつらくなった時に癒してくれるからです。赦す事で私たちのクリスマスを最大限楽しむことが出来るでしょう。
クリスマスは、親切にする事、与える事、愛には愛で応えることも問われます。受けるより、与えるほうがもっと尊い時に気付く、まさに、その時なのです。
広い心で大切に思ってほしいと思っている貧しい人々のために、私たちが何が出来るのかを、敏感に反応する機会になります。

戦争が続くシリヤやイラクで、日々命の危険に脅かされている兄弟姉妹のために、平和と和解が1日も早く訪れるように祈りましょう。
私たちの祈りが、彼らの悲しみに光を与えてくれます。あなたのクリスマスが、幸せが訪れるものとなりますように。

みなさん、メリークリスマス!おめでとうございます!

 

 

 

共同祈願は、まず、日本語の共同祈願が唱えられ、その後、様々な言葉で唱えられました。

タガログ語による共同祈願

英語による共同祈願

セブアノ語による共同祈願

 

 

 

そして、感謝の典礼に入ります。

奉納の際には、様々な物が奉納されます。国際ミサならではですね。

 

そして、内陣を神父様が献香されます。さらに、侍者が会衆に献香しました。

 

奉納の歌、拝領の歌は、MCCIC聖歌隊によって歌われます。

 

 

感謝の讃歌はサンクトゥス(San-ctus)、平和の讃歌は、アニュス・ディ(Agnus Dei)が歌われま

 

本当に多くの方が、今日のミサには参列されました。未信者の方々も多く来られ、お御堂の外にも人が溢れていました。

 

 

 

聖体拝領後、クリスマスミサに与ってくれた子どもたちのために教会からプレゼントをしました。
神父様が祝福し、来てくれていた子ども達みんなに渡しました。

 

恥ずかしがって前に出てこれない子どもにも…神父様が祭壇を降りられ、お菓子を手渡しに…

また、是非、教会に来てくださいね。

 

 

 

ミサ閉祭後、幼子イエス像を持ち再び入堂され、真舟に安置しました。

 

その後、フィリップ神父様が抱かれた幼子イエス様にミサに参加した人たちが集まり、その体に触れたり、キスしたり、ご降誕の喜びを分かち合います。

ミサ後、地下ホールにて、ティーパーティーが行われました。みなさん、10時を回っているのに…地下ホールに集まり、喜びを分かち合っていました。
全ての人にとって、クリスマスはやはり大きな恵みなのだと感じさせらせました。

 

主の御降誕おめでとうございます!
Merry Christmas!




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今日は、クリスマス!主の降誕の祭日です!
聖劇が終演した後、午後6時から「子どもの奉仕するミサ」が行われました。みんな、聖劇の衣装を着たまま、ミサの奉仕を行います。

 

普段は、大人の方々がされている奉仕を教会学校の子どもたちやリーダーがするのです。(松戸教会では、1学期は子どもたちの初聖体が行われるキリストの聖体のミサ。2学期はクリスマス。3学期は教会学校の卒業式・修了式後の3月に「子供の奉仕するミサ」を行います)

 

 

 

午後6時…いよいよミサが始まります。
キャンドルサービスが行われている中、先唱が開祭の前に、始めてきた未信者の方にもわかりやすく、ミサの解説を行います。

 

入堂後、馬小屋。祭壇に献香し、祝別しました。

 

カンパネラが響く中、待降節に入り歌われなかった「栄光の讃歌」が歌われます。
(復活徹夜祭や復活祭、そして、この主の降誕(クリスマス)などの特別な祭日の時のみ、栄光の讃歌の際にカンパネラを鳴らし、祝います。)

 

 

 

そして、ことばの典礼となります。
ことばの典礼では、聖書が朗読されます。
クリスマスは、「語り手」の子の2人が始めてこられた未信者の方でも分かるように朗読箇所を説明します。

 

第1朗読は、旧約聖書の箇所が朗読されます。
語り手が会衆に説明します。

「昔々、イスラエルという小さな国に戦争がありました。畑があらされ、建物はつぶされ、たくさんの男の人が殺されました。 女の人と子どもたちは捕らえられ、遠い国バビロンへ連れて行かれました。
みんな、毎日泣きながら、イスラエルの自分の家に帰りたいと、神様に祈りました。 神様は、みんなの祈りに応えて、イザヤという男の人に語りかけ、イザヤは神さまのことばを皆に伝えました。イザヤを通して神様が皆に語りかけたことばを聴きましょう。」

 

そして、聖劇でヨゼフさまを演じた6年生が、朗読を行いました。

 

第2朗読は、使徒書と呼ばれる使徒によって書かれた手紙などが朗読されます。

語り手が会衆に説明します。

「さて、イエス様が天に上げられて、約束された聖霊が下り教会ができた頃、パウロという使徒がいました。そのパウロはイエス様がお生まれになったことが、人々にとって、とても大きな意味があることを弟子のテトスに手紙を書きました。これから、その手紙が読まれます。」

 

そして、聖劇で、マリア様を演じた6年生が朗読しました。

 

 

福音朗読が行われる前にフィリップ神父様が、イエス様をお迎えに行かれました。
普段のミサでは行われませんが、侍者を務める子どもたちがしっかり対応できましたね。

 

そして、福音朗読が行われます。

 

 

第1朗読 イザヤ書 9章1~3、5~6節
第2朗読 テトスへの手紙 2章11~14節
福音朗読 ルカによる福音書 2章1~14節

 

 

お説教の中で、聖劇についてお話くださり、褒めて頂きましたね。

 

 

 

共同祈願は、中高生を含む5人が唱えました。

共同祈願は、ミサに与った方々が一体となり1つの共同体・キリストの体として、共に父である神様祈ります。
昨年から典礼の変更により、共同祈願の所作が変わり、朗読台で唱えることになりましたが、所作も含め、しっかりと唱えることが出来ました。

 

 

 

共同祈願が唱えられた後、感謝の典礼に入ります。

実は、侍者をする子どもたちが一番苦手としている「奉納行列」から「清め」までなのですが、(少し厳しめに)練習したかいもあり、しっかりと行う事が出来ました。

 

そして、今回初めてミサの奉仕を行う1年生2人……。
しっかりと役割を果たすことが出来ましたね。

 

献金籠は、中高生の2人が運んでくれました。

 

 

 

そして、聖変化……。
ホスチアが、キリストの体へと変わります。この「キリストの体」を洗礼を受けた信者は頂き、キリストと一致したものとなります。また、共同体が、1つのパンを分け合って頂くことにより、共同体のつながりを強めていきます。

 

 

 

聖体拝領後、教会からクリスマスミサに与った子ども達に教会からプレゼントが贈られます!

まず、フィリップ神父様がプレゼントに灌水し、祝福します。

 

まずは教会学校以外の子供たちに…
(教会学校の席からブーイングが起こりました…。今年も…ここで集中力が切れてしまいましたね…)

 

もちろん、最後に教会学校の子ども達も…!

 

 

 

閉祭後、一度フィリップ神父様は、退堂され、幼子イエス像を持ち入堂し、真舟に安置しました。

 

 

 

今日は、教会学校を卒業した中高生や大学生もたくさん来ていましたね。
みんな本当にお疲れさまでした。

 

始めて行った聖劇、ミサの奉仕と本当に大変な1日でしたね。
でも、久々に教会に来た人達にも再開でき、たくさんの喜びを感じる事が出来ました。

本当に始まる前はリーダー達は心配でたまりませんでした。でも、本当によく頑張りましたね!

今回もたくさんの喜びをありがとうございました!




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聖書100週間とは、「一生に一度は聖書を全部読みましょう」とおっしゃられたマルセル・ルドールズ神父様(パリ外国宣教会)によって、1974年にカトリック上野教会で始められた約3年をかけて聖書(旧約・新約)を全て通読するプログラムです。

 

松戸教会では、2013年10月よりスタートし、聖書通読を終え、本日、その修了ミサが午後1時半から行われました。

 

 

ことばの典礼…

 

第1朗読 創世記 3章9~15、20節
第2朗読 エフェソの信徒への手紙 1章3~6、11~12節
福音朗読 ルカによる福音書 1章26~38節

 

 

共同祈願では、指導係として奉仕してくださった方、また、途中で事情があり断念された方々、聖書100週間に参加されながら、その期間中に帰天された方への祈りが唱えられました。

 

 

そして、聖体拝領後、フィリップ神父様から全員に1人ずつ修了証書が贈られました。

 

 

ミサ閉祭後、全員で記念撮影!

 

 

ミサ後、懇親会が行われました。
最初に、3年にわたり、指導係として奉仕してくださった方に感謝の気持ちを込めお礼と花束を贈りました。本当にありがとうございました。

 

そして、聖書を通読し終えた感想を、参加者で分かち合いました。

 

創世記からヨハネの黙示録まで、聖書すべてを朗読され、きっと大きな恵みを頂けたと思います。
3年間、本当にお疲れさまでした。




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今日は、無原罪の聖マリアの祭日です。

フランス、ルルドで聖ベルナルデッタにご出現になったマリアは、ご自分を「無原罪の御宿り」と言われました。マリアは神様の特別な恵みによって、その存在の最初からあらゆる罪から守られていたのです。
今日は、イエスの母となるように選ばれたおとめマリアが、救いの恵みを予め受け、聖アンナの胎内に宿った時から、全能の神からの唯一無比の恩恵の賜物と特典によって、原罪の汚れから完全に守らていたことを記念した祭日です。

 

 

 

入堂と共に祭壇、そして、無原罪のマリア像に献香します。そして、待降節に入り歌わなかった栄光の讃歌を歌い、集会祈願を唱えます。

 

 

福音朗読の際にも聖書に献香し、朗読が行われました。

 

 

 

第1朗読 創世記 3章9~15、20節
第2朗読 エフェソの信徒への手紙 1章3~6、11~12節
福音朗読 ルカによる福音書 1章26~38節

 

 

 

そして、説教。

説教要旨

今日は、無原罪の聖マリアの祭日です。
教皇ピオ9世は、無原罪の宿りを1854年12月8日、これを正式に信仰箇条(キリスト者が信じるべき教え)として宣言しました。
しかし、これ以前も救い主イエス・キリストの来臨におけるマリア様の重要な役割は広く認められ、受け入られていました。
神様は、人類を愛していおられます。アダムとエヴァを通して、罪がこの世に入った時、神様は、人類を救うために御ひとり子をこの世に遣わす決心をなさいました。この御計画は、ナザレというガリラヤの小さな町の1人の乙女の努力を得て、成就しました。
神様は、この乙女が、聖霊の力によって神様の子を宿す準備として、乙女が母親の胎の中で受胎した時から全ての罪をおかさないように、なされました。マリアが、大天使聖ガブリエルのお告げを聞いた時、彼女は、神の御旨に対して、無条件にすべてを受け入れました。
「わたしは主のはしためです。お言葉どおり、この身に成りますように。」

今日、私たちもイエス様によって再びこの世界に救いが訪れる事を願い、私たちの生活の中で神様のみ旨に心を開くことが出来るように祈りましょう。
そして、マリア様がなさったように主が私たちのためになさった偉大な事を祝いましょう。
神様は、マリア様が母の胎内で受胎された時から、無原罪である事、御子の母として仕えることを定められたように、神様は、私たちも、洗礼を受けた時から罪から解放し、ご自身を愛するようになさいました。ですから、新しい歌を主に向かって歌いましょう。

今日のミサのなかで、罪から解放されるように招かれていることの偉大さを思い起こし、私たちの母、聖母マリアの取り次ぎを願い、祈りましょう。
父と子と聖霊のみ名によって。

 

 

奉納の際の献香。

 

 

そして、聖変化…

 

 

平日にも関わらず、今日の祭日を多くの方々がともに祝いました。




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本日、10時から、そして、13時半からの2回、共同回心式が行われ、多くの信徒が参加しました。

 

まず、大山悟神父様(日本カトリック神学院)から、講話を頂きました。
大山神父様は、始めに主の祈りへと導かられ、祈りと共に共同回心式が始まりました。

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講話要旨

待降節に入りました。
明日は、待降節第2主日です。待降節第2主日の典礼の中心点は、「悔い改め」です。
第1主日は、「終わりの日が来ること。それを注意深く待ち続ける事」ということでした。(カトリック教会では)待降節と共に新年を迎えますから、「終わりが来て、新しくなる」ということでした。

待降節と四旬節は、どちらも「悔い改め」をテーマとしていますが、その意味合いが違います。
四旬節は、「イエス・キリストの受難・死」を通して「永遠の命」を与るというものでした。
待降節は、古いもの、古い価値観を捨てる「新しい命」「物事を新しい視点で見る」というのが1つのテーマです。
イエス様を迎えるために、新しい気持ちとなるということは、つまり、「幼子イエスを抱きかかえる」霊性、これが待降節の霊性です。それは、「お父さんやお母さんが、子どもに対する愛情を取り戻す」事です。何故なら、それが全ての愛情の原点だからです。
イエス様は小さいな者、か弱き者として、この世に来られました。
私達が、少しでも手を離せば、死んでしまう存在です。一生懸命関わり、暖かさを伝えければならない。
人間が本来持っている愛の姿に戻りましょう。

では、古い自分、古い価値観とはどういうことでしょうか。
それは、「自分を中心にし、自分が物事の正否を決め、自分の価値観で生きている」ことです。
人間が生きる力の源になるのは、「欲望」でしょう。「欲望」がなければ、生きる活力を失ってしまうでしょう。例えば、食べ物を得る、お金を得る、住むところを得る、着る服を得る…。我々人間は、そうして安定を望みます。そうして、我々は所有することが出来、生きていくことが出来ます。しかし、そのなかで、欲望は競争を生み、優劣が出来、優劣は差別を生み、差別は戦いを生んでしまいます。やがて、お互いを否定しあい、殺し合いが始まります。私達は、通常、そのように生きているわけです。

人間は、生まれた瞬間から、そのような世界に投げ込まれてしまいますから、気付かないうちに「幼子イエスを抱きかかえるような愛を持った」私達の本来の姿から歪められてしまいます。
そして、それは、他の人に影響を与え、他の人も、お互いにお互いを本来の姿から歪めさせてしまいます。
本来の姿とは、「神は御自分にかたどって人を創造された。(創世記1章27節)」のですから、神の御姿にあります。神とは、「存在を肯定する存在」です。神さまは、まさに、存在を与える力です。
だから、私達は、本来は「自分・相手を肯定する存在」なのです。神様がそうされるように、お互いを愛する力を私たちは持っているのです。
しかし、しばしば私たちはそれを忘れてしまっています。

待降節は、それを思い出す機会を私たちに与えてくれます。
待降節のなかで、主日ごとに馬小屋が完成していきます。そして、クリスマスには、神の子が赤子として生まれます。その御姿を見る事で、私たちは、今までの姿を捨て、今までの価値観とは全く逆のモノを思い起こすことが出来ます。強い意志をもって、自己中心的な自分を捨て変えることが出来ます。そして、今までとは全く逆の価値観のなかに戻ることが出来ます。根本的に自分を変えることが出来ます。
それを行うのがゆるしの秘跡です。

 

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今から皆さんは、ゆるしの秘跡に与りますが、大切なことがあります。
みなさんは、告解し、罪を告白しますが、告解をしてスッキリするだけで、何も変わらない事があるかもしれません。
忘れないでほしい事は、「神のいつくしみを感じる」ということです。「神の存在を感じる」という事です。

神様へのアプローチの仕方として、「命の三原理」というものを皆様に覚えて頂ければと思います。
それは、「生きている。生かされる。つながる」です。
私たちは、常に生かされています。自分の力だけでは生きていけません。常に、生かされ、まわりの人に活かされ、そして、繋がっています。その力の源に神がいます。
日常生活の中で、常に「生きている。生かされる。つながる」という事を意識して、神様から引き離しているモノを取り除き、本来の姿に戻りましょう。
良心の究明をし、具体的にその要因を見つけ、「神の恵み」を感じて、ゆるしの秘跡を受けてください。
そうすれば、必ず生かしてくださいます。必ず力をくださいます。
「生かされている」という事をもう1度見つめ直し、ゆるしの秘跡に与りましょう。

 

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講話の後、大山神父様、渡邊神父様(豊四季教会)、フィリップ神父様が赦しの秘跡を授けてくださいました。
(赦しの秘跡については下記参照)

 

ゆるしの秘跡とは…

ゆるしの秘跡は、司祭のもとで、自分の犯した罪を告白し、罪のゆるしを願うことにより、神からの罪のゆるしが与えられるというしるしです。
この秘跡は、回心、悔い改め、和解、いやしの秘跡とも呼ばれています。
ゆるしの秘跡に必要な行為は、
- 痛悔(犯した罪を悔やむこと)
- 司祭への罪の告白
- 償いをはたす決意、およびその実行
です。

ゆるしの秘跡には、個別のゆるしの式と共同回心式があります。
前者は、ゆるしの秘跡を求める個人と神との出会いを重視します。それにくらべて、共同回心式は、ゆるしの秘跡の教会的な面をあらわしています。この式は、共同体の祈りの中で行われます。

共同回心式は、個人の罪だけでなく、教会共同体の連帯性について考え、共同体の上に神のゆるしを求めるので す。また、ゆるしを神に求めるだけでなく、兄弟姉妹にもゆるしを求めることを意識させてくれるもので、通常、主の降誕祭や主の復活という大きな祭日に向け ての準備として、待降節や四旬節の間に行われます。

引用元:女子パウロ会 Laudate | キリスト教マメ知識 「ゆるしの秘跡」

 

 

赦しの秘蹟は個別にも受けられますので、待降節の間に授かられてはどうでしょうか…