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本日、東葛飾宣教協力体(豊四季亀有・松戸)の平和を願うミサが、松戸教会にて、豊四季教会の立花神父様、亀有教会の松田神父様、そして、松戸教会のフィリップ神父様の共同司式で行われ、松戸教会からも多くの信徒が参加しました。

このミサは、終戦の日を迎えるこの時期に、平和を願い、共に祈りを捧げ、3つの教会の信徒の『交わり』を通して、お互いの理解と協力を深めるために捧げられます。

 

 

 

 

 

午前10時半、ミサが開祭されました。

 

集会祈願

愛と平和の源である神よ、あなたは争いを憎み、福音によってたてなおされます。
人類、世界を傷つけるあらゆる暴力を取り除き、対話と理解による和解をこの世界にお与えください。すべての人があなたの子どもとして、喜びと平和のうちに生きることが出来ますように。
聖霊の交わりのなかで、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、私たちの主イエス・キリストによって。

 

 

第1朗読、答唱詩編ともに、松戸教会の信徒が務めました。

 

そして、福音朗読。
福音朗読は、豊四季教会の立花神父様によって行われました。

 

 

第1朗読 エフィソの信徒への手紙 2章14~22節
福音朗読 ルカによる福音書 1章39~56節

 

 

立花神父様のお説教。

 

 

 

共同祈願は、3教会のメンバーがそれぞれ1つずつ唱えました。

戦後の復興に尽力してくださった方々に感謝いたします。その時間の中で作られ、守られた平和です。
その尊さをこれから生きていく若者達に伝えることができますように。

 

太平洋戦争が終わり73年間の夏をむかえます。
長く平和が続いたことは、戦火にあわれた多くの方の祈りと努力の賜物です。これからは、未来を築く方がさらに平和を守っていかなければなりません。
平和が与えられたものではないことを今日、もう1度、思い返し、子の平和がこれからも続きますようお祈りいたします。

 

キリストに学び、キリストの道を歩む私たちがそれぞれに置かれている場所で平和のパン種として働くことが出来ますように。

 

そして、4番目の意向として、平和のための祈り2018を唱えました。

平和のための祈り 2018

主イエス・キリスト、
あなたは父である神のもとに帰る時に弟子たちに言われました。
「わたしはあなたがたに平和をのこし、わたしの平和をあなた方に与える」
どうかわたしたちに聖霊を豊に注ぎ、平和のために働く使徒として働くための力をお与えください。
わたしたちの間から、人への敵意、憎しみ、恨み、無理解を取り去り、人を赦し受けいれ理解し、大切にする心をお与えください。
現代社会に存在する対立と紛争、差別と人権侵害、環境破壊、殺戮を終わらせるために
また、病気、障がい、貧困、孤独などで苦しんでいる人々を理解し助けるために、わたしたちに知恵と理解、判断と勇気の恵みをお与えください。
わたしたちがいろいろな問題と課題に力を合わせて立ち向かうことができるよう、どうかわたしたちを聖霊で照らし導き励ましてくださいますように。
この願いを聖母の取次によって献げます。
アーメン

 

 

感謝の典礼が行われます。奉献文が唱えられます。

 

 

そして、ご聖体を拝領します。土曜日の午前中にもかかわらず、多くの方が参加し、共に平和を願いました。

 

 

 

ミサ後、懇親会が行われました。
今回の懇親会の準備や片づけは、松戸教会で行われたため、マリア会が担当して下さいました。

 

最初に、フィリップ神父様からご挨拶がありました。

 

そして、司牧評議会委員長の乾杯の挨拶があり、乾杯!!

 

3教会信徒の懇親が深められました。

「正義と平和」について考える良い機会になったと思います。
この期に、もう1度、世界中で笑顔が生まれるように、「平和」が広がるように…キリスト者として行動できるように願い、祈りましょう。




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本日 「聖母の被昇天」の祭日、松戸教会では、午前10時半からミサが行われました。
ミサのなかでは、今年1年帰天された松戸教会信徒の方々、そして、帰天された第4代主任司祭川原 謙三神父様、第6代主任司祭小川拓郎神父様への祈りが行われました。

 

「聖母の被昇天」とは…

マリアが霊魂も肉体もともに天に上げられたという教義で、1950年11月1日に、教皇ピオ十二世(在位1939~1958)が全世界に向かって、処女聖マリアの被昇天の教義を荘厳に公布しました。

聖母の被昇天 (【カトリック中央協議会】より)

 

 

 

 

ミサの始まる30分前からはロザリオの祈りを行いました。

 

 

 

午前10時半、ミサが開祭されます。
入堂とともに祭壇、無原罪のマリア像に献香されました。

 

そして、ミサが開祭されます。

 

ことばの典礼。
み言葉を味わい、神の愛、神の御業を思い起こします。

第1朗読。

 

第2朗読。

 

福音朗読

 

第1朗読 ヨハネの黙示録 11章19a、12章1~6、10ab節
第2朗読 コリントの信徒への手紙一 15章20~27a節
福音朗読 ルカによる福音書 1章39~56節

 

 

 

そして、お説教。

フィリップ神父様はお説教のなかで、「聖母マリアは、最も偉大な人であり、女性の模範です。マリア様は、肉体のまま、天に召されました。女性は、愛を育み、愛を運びます。男性は女性を守り、女性とともに神様のいつくしみを届けます。聖母マリアの信仰の姿勢は全ての人の模範です。私達もマリア様のように素直にすべてを委ねて行くことが出来る恵みを願い、祈りましょう。また、このミサのなかで、この1年で亡くなられた兄弟姉妹に神様が永遠の命を与えてくださるように願い祈りましょう」と、仰られました。

 

 

共同祈願の際には、平和への願いを込めた意向が唱えられ、心を合わせて、祈りました。

 

 

 

奉納行列後、清めの際には、無原罪の聖母像、祭壇への献香が行われました。

 

 

 

そして、聖変化

 

 
奉献文の際には、フィリップ神父様が、1人ひとり、今年1年帰天された松戸教会の信徒の名前が読み上げられ、亡くなった方々への祈りを捧げました。また、帰天された第4代主任司祭川原 謙三神父様、第6代主任司祭小川拓郎神父様への祈りも行われました。

 

 

 
多くの方々がミサに与り、ご聖体を拝領しました。
夏休み中で帰省されていた方などもいらっしゃり、たくさんの方々がミサに与りました。

 

 

退堂前、サルべ・レジーナを歌い、祈りをマリア様に捧げました。

 

8月15日は、聖フランシスコ・ザビエルが日本に初めて上陸した日であり、日本の終戦の日でもあります。
マリア様の被昇天にそのような出来事が起こる意味を思いを巡らせることが出来たらと思います。




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June 24th, 2018 in honor of Father’s Day which was actually celebrated on June 17th, a blessing to all fathers present was given by Fr. Philip Ilio Bonifacio, SSC. “ Happy Father’s day” to all fathers in the world.

 

 

And also during the second Sunday English mass, a blessing to all fathers present was also given by Fr. Cyril Veliath on June 10th.




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本日、洗礼者ヨハネの祭日のミサは、2017年4月から2018年1月まで松戸教会で司牧実習され、3月21日(日)に司祭叙階された福岡教区の李韓雄神父様を大名町教会からお迎えして、初ミサが捧げられました。

 

 

 

冒頭、李神父様から司牧実習、そして、松戸教会の信徒の祈りに対してのお礼の言葉を頂きました。

 

 

司祭としての初めてのお説教。
分かりやすく、洗礼者ヨハネの存在の意味、役割についてお話してくださいました。「主は恵み深い」というヨハネの名の持つ意味を通し、私たちキリスト者がどのように信仰の道を歩むべきか、考えさせられました。

 

 

私達、松戸教会の信徒の前で初めての聖変化。

 

 

そして、聖体拝領。

 

 

 

聖体拝領後、司牧評議会委員長より、松戸教会を代表してお祝いが贈られました。

 

改めて李新司祭よりご挨拶を頂きました。

 

 

叙階後、早速、初ミサのお約束を果たして頂き、本当にありがとうございました。
土曜日・日曜日に行われた全ての主日のミサを司式して頂き(月曜日の朝ミサも司式して頂きました!)、多くの方々が初ミサの恵みを味わえたことに、信徒一同、心から感謝しています。

10時半からのミサ後、祝賀会が行われました。




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本日、年間第11主日のミサのなかでは、「父の日」ということで、全ての「お父さん」と「男性」たちに祝福が贈られました。
聖体拝領後、フィリップ神父様が「お父さん」「男性」たちに呼びかけられると……みなさん、照れくさそうに祭壇の前に出ていらっしゃり、祝福に与りました。

8時からのミサ

 

10時半からのミサ

 

共同体として、すべての「男性」や「お父さん」に、感謝し、祈りを捧げました。

普段、言葉や態度でなかなか感謝を表わせない「子供たち」も、帰宅後、感謝の言葉をかけられたのではないでしょうか。