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十字架称賛の祝日である本日、カトリック松戸教会の信仰年記念行事として3回目の巡礼が行われました。

台風の影響による天気への影響が心配されましたが、晴天に恵まれ、9月とは思えないような暑さとなりました。フィリップ神父様・愛徳カルメル会のシスターも同行してくださり、総勢45名の参加者が大型バスに乗り込み、最初の目的地に向かって出発しました。

 

フィリップ神父様の祝福のお祈りのあと、この巡礼を企画してくださったヨゼフ会の方が今回の巡礼で訪ねる教会等について説明してくださいました。

 

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愛徳カルメル会のシスターのリードのもとで、ミサで歌う予定の聖歌をみんなで練習しました。その際、シスターがおっしゃった「楽譜のない方がかえって言葉を味わいながら歌えるので、より一層心に響いてくるんですよ」という言葉が印象に残りました。

歌の練習が終わると、マリア会の方々が先唱してくださり、ロザリオの祈りを唱えて、時間を過ごしました。

3連休の初日であることもあり、多少渋滞がありましたが、歌の練習・ロザリオの祈りなどで時間を過ごしている間にあっという間に目的地に着くことができました。

 

 

カトリック本所教会

 

本所教会は1879年(明治12年)に創立されました。東京(当時は府内)で4番目に創立されました。1880年には聖堂が完成し、日本26聖人に捧げられました。

 

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聖堂内には、1627年の日本26聖人の列福式の際に使用されたされる絵が正面に2枚掲げられています。

向かって右が「聖ペトロ・バプチスタ神父」・左が聖フィリポ・デ・ヘスス修道士です。

これらの絵は、イタリア・アジジの天使たちの聖マリア教会を管理しているフランシスコ会で発見され、白柳枢機卿が購入され、本所教会の第5代主任司祭であられた下山神父様が枢機卿より一時借用し、今に至ってます。(お2人とも帰天されている)

 

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日本26聖人の1人、聖トマス小崎の像が後ろ上に…。

 

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加藤英雄神父様に出迎えていただきました。

 

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信徒の方が、本所教会は、かつて3度聖堂を失い、そのたびに再建してきたことなど…本所教会の歴史、そして、日本26聖人についてお話くださいました。

  • 1905(明治38)年9月6日に日露戦争講和条約に反対する人たちにより焼き討ちで聖堂を失う。
  • 1923(大正12)年9月1日、関東大震災によって、本所は再び天主堂を失う。所属信徒の家屋223戸を焼失し、信徒の死者は約200名にのぼる。
  • 1945(昭和20)年3月10日、東京大空襲による戦災で、全焼。

 

 

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お話の後、本所教会の方が冷たい飲み物と甘い物を用意してくださっていました。

毎年、2月には、日本26聖人殉教者の為のミサが司教様を司式で行われ、長崎に行けない方々が集まり、盛大に祝われるそうです。

 

 

その後、信徒の方々に見送っていただき、次の目的地へ…。

 

 

 

 

元和キリシタン遺跡「札の辻」

 

住友不動産三田ツインビルの敷地内に「元和キリシタン遺跡」の碑は、置かれています。碑は広場の奥、広くゆるやかな階段を上りつめた先にあります。

 

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1623年12月14日、イエスズ会のデ・アンジェリス神父、フランシスコ会のガルベス神父、ジョアン原主水をはじめとする50人が火刑によって殉教した地です。昔は正面が海に面していたそうですが、今は高層ビルがそびえ、当時の面影はまったくありません。

当時、芝口札の辻は東海道から江戸への正面入り口で高札場であったため、多くの人が江戸に入るために通過しました。小高い丘となっていたこの地で処刑されたのは、見せしめのためでした。

同年、12月24日、殉教者の爪と子供たちの24人が、同じように支柱を引き回しされた上、ほぼ同じ場所で処刑されました。キリシタンの中の6人が火刑、17人が斬首、2人が磔刑でした。

 

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神父様と共にお祈りをしました。

 

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カトリック高輪教会

 

高輪教会は、1948年スカボロ外国宣教会の宣教によって教会の礎が始まり、1959年品川駅近くの現在の教会位置に、聖堂が建築され、11月22日、土井大司教(当時)の司式のもとに献堂式が行われたました。

徳川家光によるキリシタン迫害の象徴ともいえる「江戸の大殉教」の殉教地・札の辻に近い教会であることから「殉教者の元后聖マリア」に捧げられています。

 

1989年に再建された新しい聖堂は、コンクリートを打ちっぱなしにしたモダンなデザインで、高輪プリンスの目の前にあることもあり、結婚式に利用する方が非常に多いそうです。

 

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つくと、早速信徒の方が、教会の歴史や江戸の大殉教について説明してくださいました。

高輪教会では、「王であるキリスト」の祭日に、独自に教会の方々で朗読などを決め、「江戸の殉教者の記念ミサ」が行われているそうです。

 

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2つのグループに分かれ、それぞれ教会を順に紹介してくださいました。

 

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地下には、クリプト(納骨堂)も設けられていて、このクリプトの入口には、江副隆愛氏によって描かれた江戸大殉教の刑場の光景「江戸大殉教図」(この絵のレプリカや写真はご覧になった方は多いと思います)が掲げられています。

 

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地下には、資料館もあり、踏み絵やキリシタンを取り締まるために見つけたものに賞金を出すなどと書かれている札が展示されていました。

 

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聖堂の入り口前には、「江戸の大殉教記念碑」があります。(道路側から見ると英語で書かれています。)

この碑は、1623年(元和9年)12月4日に行われた第一次江戸の大殉教からちょうど333年たった1956年に、処刑された場所の跡地にあった智福寺の境内に建てられていましたが、智福寺の移転に伴い、ここに移設されました。

 

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1997年、中から自然光による美しいプリズムが望める十字架のモニュメントが造られました。気温・湿度などによって見える十字架が変わるそうです。(逆に入ってしまうと……正面に自分の顔が映ってます…)

 

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この後、高輪教会で昼食を頂きました。

 

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昼食後、信徒の方に見送って頂き、次の目的地へ…

 

 

 

カトリック築地教会

 

築地教会は、東京で最初に建てられた教会です。

1871(明治4)年、仮の教会が建てられ、1874(明治7)年11月22日、聖ヨゼフを保護者として新聖堂は祝別されました。

1877(明治10)年、築地教会に司教座がおかれ、オズーフ司教が着座し、1920(大正9)年に、東京大司教館が築地から関口教会構内に移転するまで、宣教の拠点としての役割を果たしました。

 

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1878年(明治11年)現在地に、煉瓦作りの聖堂が建てられましたが、1923(大正12)年9月1日の関東大震災で、旧聖堂は崩壊し、ローマ教皇使節の仮使節館として使用していた旧大司教館をはじめ、教会付属の建物はすべて焼け落ち、築地教会はガレキの山となってしまいました。

 

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大震災の3年後、1926(大正15)年11月、新聖堂の起工、翌年1927(昭和2)年4月10日に竣工、レイ大司教により献堂されました。新聖堂はレイ大司教の希望によりギリシア建築パルテノン型の木造モルタルとなりました。

第二次世界大戦中の空襲では、近くに聖路加病院があったため空襲をまぬがれ、築地教会も戦災にあうことなく現在に至っています。

築地教会の聖堂は1999(平成11)年4月、東京都景観条例により歴史的建造物に選定され、さらに2001(平成13)年3月中央区からも文化財に選定されました。

 

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信徒の方が、築地教会の歴史について、お話くださいました。

創建時から残っているアンジェラスの大きな鐘が、聖堂内に祭壇に向かって左後ろ奥に置かれています。もう一つの対の鐘は現在カテドラル関口教会にあるそうです。

また、祭壇の十字架は関口教会のものを譲りうけたそうです。

 

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カトリック浅草教会

 

カトリック浅草教会は、1877(明治10)年12月に、東京都内の2番目の教会として、現在の位置に立てられました。

敷地内はとてもきれいで、ガーデニングが行き届いています。

ホールでは、最初の教会からの遺産である聖ペトロと聖パウロの像が置いてあり、これらの像の上には2代目の教会から受け継いだステンドグラスがはめ込まれています。

(浅草教会は聖パウロに捧げられています)

 

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教会入口左手には奇麗なルルドがありました。

 

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浅草教会に着くと、まず教会の裏手にある「浅草・鳥越殉教記念碑」に案内して頂きました。

フランシスコ会のヘロニモ・デ・ヘスース神父は、マニラとの貿易を考えていた徳川家康から、貿易政策に協力することを条件に、江戸での宣教をゆるされ、1599年、八丁堀に「ロザリオの元后聖マリア聖堂」を建て、江戸布教のきっかけをつくりました。
ヘロニモ神父のあと、同じフランシスコ会のルイス・ソテロ神父たちは、約13年間この聖堂を中心に東北、幾内方面にもおよぶ宣教活動を続けました。

しかし、1613年、ソテロ神父の留守の間に、江戸のキリシタン数名が捕らえられ、ロザリオの元后聖マリア聖堂も壊され、聖堂再建は許可されませんでした。

そこで、ソテロ神父は、江戸から離れた新開地浅草に、小さな聖堂とハンセン病の病院を建てましたが、1ヵ月ほどで、多くの キリシタンが捕らえられ、鳥越の牢に入れられたあと、鳥越刑場で27名が殉教し、多くの信徒が追放されました。(鳥越刑場はここではなく、鳥越川の方にあると西川神父様が教えてくださいました)

 

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聖堂内に入ると、ミサを行いました。

 

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第1朗読 民数記21章 4b-9
福音朗読 ヨハネによる福音書 3章13~17節

 

 

ミサが終わると、信徒の方が、今から約400年前、当教会のキリシタンたちがハンセン病患者の世話をしたこと、江戸時代の殉教を経て明治時代に禁教令が解かれた後も迫害を受けたこと、関東大震災でガレキと化したが、その後また再建されたことなど、浅草教会の歴史を説明してくださいました。

また、松戸教会の信徒の方が、1877年(明治10年)12月25日、浅草教会の開堂式の時に行われた洗礼式で受洗した22名の中に松戸在住の方がおり(東葛飾で最初のカトリック信徒)、その後、松戸教会の礎を築かれるなどしたなど(詳細は「松戸教会50周年記念誌」)、浅草教会は松戸教会と非常に縁が深い教会ということを、補足として、お話しされました。

 

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そして、浅草教会の主任司祭・西川神父様、信徒の方もご一緒して、記念撮影…。

 

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この後、ホールでお茶を頂き、それぞれ、西川神父様がハンドメイドされた「ロザリオ ブレスレット」を購入されたり(なんと…300円で販売されてました)、ホール内に飾れている浅草教会のかつての写真などを見学させていただきました。

 

そして、西川神父様・信徒の方に見送って頂き、帰途へ…。

帰りも6号線が多少渋滞していたため、少し予定よりは少し遅れましたが、無事松戸に到着しました。

 

 

殉教された方々の信仰心、そして、幾度となく崩れ去った聖堂を立て直した各教会の信徒の方々の力強さなどを感じ、自らの信仰を顧みる恵みの多い巡礼となりました。




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2013年8月24日から25日かけて教会学校の錬成会が松戸教会で行われました。

 

初日
開会式の後、神学院へ見学に出かけました。

 

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到着後、中嶋神父様から説明を受けて神学院内を見学。熱心にお話を聞いています…?

とはいえ。
みんな元気があり余っています。久しぶりにあった教会のお友達と広いお庭で鬼ごっこ。

 

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とても生き生きしています。

夏休みにもかかわらず、子供たちを受け入れてくださった末吉神父様、ありがとうございました。

 

神学院から戻ってきた子供たちの夕飯は。

 

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恒例のバーベキューです。
毎年、ヨゼフ会のみなさんが暑い暑い中、一所懸命に焼いてくださいます。
心から感謝!

 

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バーベキューのあとはみんなとナイトウォークへ。

そして。

 

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花火大会!

 

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二日目
子供が奉仕するミサです。
ミサが終わって、退堂する子達とリーダー。

 

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侍者という大役が終わってほっとしていますね。

 

 

グループ活動でみんなで作ったロザリオを奉納しました。そのロザリオを手に集合写真。

 

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ミサのあとには錬成会の思い出を書きました。

 

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上手に書けたかな?
夏休みでなかなか会えなかったお友達と二日間、楽しく過ごしました。二学期もまた元気に教会学校に来てね。

教会学校は、小学一年生から随時参加可能です。お気軽にお問い合わせ下さい。
また、大学生のみなさんのお手伝いも募集中です。お気軽にお問い合わせ下さい。




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8月15日、聖母の被昇天の祭日のミサは松戸教会は10:30からと17:00の2回行われました。

● 聖母の被昇天 Assumption of Mary

 

17:00からのミサ後、松戸教会地下ホールで焼肉パーティが行われました。

 

 

ヨゼフ会の方々がお肉などを焼き、食事の準備をしてくださいます。

 

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そして、フィリップ神父様の乾杯の音頭で納涼パーティがスタートしました。

 

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暑い中、多くの方が集まってくださいました。

涼しい風も吹き始め、だいぶ過ごしやすくなってきた中、お酒を飲んだり、食事をしながら、ゆっくりと話す時間がとれたのではないでしょうか。

 




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今日、7月7日。七夕の日に17:00より、松戸教会の若者の集いが行われました。

始まると同時に激しい夕立に見舞われ、雨に濡れながらいらした方も何人か…いらっしゃいましたが…。

事前に用意してくださったお料理を頂きながら、神父様も含め、参加者全員の自己紹介がありました。

 

 

…ピアニストをされている参加者の方が、急きょ…演奏してくださいました。贅沢すぎる時間でした。

 

 

夕立も止み、音楽などもかけながら、楽しく時間を過ごしました。
途中から参加された方もいらっしゃり、9時過ぎまで「宴」は続きました。

 

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最後に記念撮影をしました。

 

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全員で片づけをした後、松戸駅まで神父様も見送ってくださり、駅までの道を参加者一緒に歩き、帰途につきました。短い時間でしたが、交流を深められたのではないでしょうか。

 

(*)プライバシーを考慮し、参加者の方の顔に加工を加えてます。



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台風の影響による天候が心配されましたが、無事に晴れ、横浜巡礼巡礼の1日が始まりました。
参加者51名が大型バスに乗り込み、フィリップ神父様とお祈りをして出発。横浜へと向かいました。

 

まず、今回の巡礼を企画したヨゼフ会の会長より、日本の教会史と今回の横浜巡礼の意味について説明がありました。途中、事故渋滞に遭い、予定到着時間を少し遅れましたが、乗車中、ロザリオの祈りを1環唱え、シスターを中心に歌を歌い、時間を過ごし、時間を感じることなく、過ごすことが出来ました。

 

 

山手教会につくと早速フィリップ神父様司式でミサが行われました。

 

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ミサ後、山手教会の信徒の方から横浜教会・外国人墓地についての説明をしていただきました。

 

 

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第1朗読 使徒パウロのコリントの教会への手紙Ⅱ 12章 1-10節
福音朗読 マタイによる福音書 6章24-34節

 


 

説明の後、少しの時間、お御堂内を見学させて頂きました。

 

入口奥にある聖母マリア像。

 

1868年にフランスから贈られ、かつては最初の(日本初の教会堂)横浜天主堂の入口上部に掲げられていた。

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ルルドのマリア像。

 

右手は、長崎で宣教師をかくまい、殉教されたポルトガル出身のドミンゴスの日本人妻イザベラとその4歳の息子イグナシオ。

 

左手はロザリオを持つ聖ベルナデッタ

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幼子イエスを抱く聖ヨゼフ。 

右手は、聖アロイジオ。

 

左手は、聖パウロ三木。

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聖母子像。 

中央には、ネポムクの聖ヨハネ。

 

下の風景は、ムルダウ川にかかるカレル橋。(その遺体がカレル橋から投げ捨てられた)教会の設計を担当されたスワガーさん(山手教会の信徒・1940年離日)がチェコの出身の方で、たってのご希望で入れられたそうです。

 日本再宣教の中心的な役割をされたプルジエンス・ジラール神父のモニュメント。

 

1867年に横浜天主堂が火災のため焼失した際、ジラール神父も焼死され、ご遺骸は山手教会の壁に塗り込められているそうです。

 


 

教会堂前で修道写真を山手教会の信徒の方に撮っていただきました。

 

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その後、歩いて横浜外国人墓地へ。

 

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引き続き、山手教会の信徒の方の説明を聞きながら、様々な方々のお墓をお参りしました。

 

 

 

 

横浜教区の司教・司祭の方々のお墓の前で、先ほどの教会で聞いた神父様たちに思いを寄せました。

 

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第五代東京大司教であり、横浜司教区の初代司教のJean Alexis Chambon(ジャン アレクシス シャンボン)司教様のお墓の前でお祈りを捧げました。

 

 

 

 

 

外国人墓地で山手教会の信徒の方と別れ、港のみえる丘公園で昼食を頂き、自由時間をしばらく頂きました。

そして、帰途へ。

途中、旧横浜天主堂跡の碑(再宣教後、日本初の教会堂)に寄り、バスから降りて、見ることが出来ました。当然、50人ほどの人が一斉に写真を撮ったりしているので、そこにいた方達(「中華街駅前にあるので、地下から上がってきた人など)が驚いていたようです。

 

 

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その後、バスは予定通り、無事に松戸へ到着。
聖霊の息吹に包まれて、恵み豊かな巡礼の1日となりました。

 

(*注意)信徒の顔はプライバシーを考慮して修正をしています。