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不安定な天気の中、雨も心配されましたが何とか持ちこたえ(時々小雨も降っていましたが…)、前回の7月7日に行われた「七夕の夕べ・若者の集い」に続き、16:00から第2回「若者の集い」が始まりました。

 

まずは、フィリップ神父様から集まった参加者たちに「君たちが教会の未来」とご挨拶をいただき、乾杯のご発声がありました。

 

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久々に出会う人や初めて会う人など様々な関係の中で親睦を深めました。

 

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今回の集いで一人で調理担当になり、一番活躍しました。MVPですね。

 

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今回の集いの中で会の名称を決めようという事になり、この教会の守護聖人である大天使聖ミカエルから名前を頂き、『ミカエル会』とすることになりました。

 

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最後に花火をしました。

 

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片付け後、地下ホールに全員あつまり、記念撮影をしました。

 

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次回は来年1月に開かれることになりました。

詳細は、改めて告知致します。




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国際ミサ後、地下ホールにて祝賀パーティが行われました。

 

 

MCCICのメンバーたちは、ミサでもパーティーでも大活躍でした。

パーティに出す料理など様々な用意をしてくれました。

 

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幸田司教様による乾杯のご発声で祝賀パーティスタートです。

フィリップ神父様もフィリピンの民族衣装「バロンタガログ」を着てらっしゃいました。

 

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信徒たちは、幸田司教様とフィリップ神父様のご挨拶に聞き入っています。

 

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パーティがスタートすると、テーブルいっぱいに並んだ食事を頂きながら、様々な人と会話を楽しんだり、写真を撮り合ったりしました。幸田司教様やフィリップ神父様、民族衣装を着られた外国人の方と写真を撮られている方もいらっしゃいました。

 

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飲み物も抹茶からビールまで…選り取り見取りでした。

 

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ピアニストをされている信徒の方が、演奏してくださいました。

 

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聞き入ってしまいます。

本当に贅沢な時間でした。

 

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幸田司教様も素晴らしい演奏を祝福されました。

 

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そして、聖歌指導をしている信徒の方によるテナーソロで「Ave Maria」。

 

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次にMCCICの方々によるフィリピンのダンスの披露です。

 

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そして、バンブーダンス…

まずは、フィリピンの方がやって見せて…

 

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次々と前へ引き出され、チャレンジします。

 

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子どもたちも楽しそうに見ています。

 

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(注)プライバシーを考慮して、信徒の顔には修正を入れています。

英語ミサ・タガログ語ミサに与る外国人信徒の方とは、あまり会うチャンスがないので、国際ミサ・祝賀パーティを通して、親睦が深められた良い機会となりました。

 

 

 




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2013年9月21日(土)、市川市文化会館大ホールで第45回千葉県教会音楽祭が開催されました。

 

千葉県内にある教会が、プロテスタントも、カトリックも聖公会も、全ての教派が集う音楽祭です。
県内には、広範囲にわたってたくさんの教会があるので、多くの団体が出演可能な会場の確保が難しく、会場へのアクセスもたいへんなので、10数年前から北ブロックと南ブロックに分けて開催されるようになりました。
4年に一度、北と南が合同で開催することになっていて、今年はその合同開催の年に当たります。

 

参加26教会のうち、カトリック教会は、西千葉教会と松戸教会の2つの教会だけでした。
音楽祭は正午から始まり、第一部は礼拝、第二部は音楽の捧げもの、第三部は懇親会、という構成になっています。
今年の幹事教会は、市川三本松教会でした。

 

第一部での礼拝の様子です。

 

 

そして、第2部。

松戸教会の出番です。

教会音楽祭で松戸教会は、御降誕祭をテーマにした3つの曲を選曲をしました。

まず1曲目に、グレゴリオ聖歌「ひとりの幼子が生まれ(作詞:イザヤ9-5・作曲:グレゴリオ聖歌)」を歌いました。

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2曲目に「いまや喘ぎは止み(作曲: Comte Walsh)」を歌いました。

 

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そして、3曲目に典礼聖歌「やみに住む人は光を見た(作詞:典礼聖歌・作曲:高田三郎)を歌いました。

 

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最後に音楽祭参加者全員でハレルヤコーラスを歌いました。

 

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 (注)プライバシーを考慮して信徒の顔に修正を加えています

 

 




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カトリック松戸教会のヨゼフ会は、1年に1度錬成会を行い、親睦を、そして、信仰を深めています。

今年は、9月7日(土)・8日(日)と栃木県にて行われました。

 

 

カトリック栃木教会

 

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栃木教会の横を流れる川の周辺は倉の街遊歩道になっています。

 

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聖堂にて黙想しました。

 

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カトリック佐野教会

 

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佐野教会敷地内にある愛徳カルメル会佐野修道院の菜園

 

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教皇様のお呼びかけに応え、佐野教会の聖堂で平和の祈りを唱えました。

 

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佐野教会の歴史を信徒委員長さんから伺いました。

 

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愛徳カルメル修道会のシスター方とご一緒に記念に写真を撮らせていただきました。

 

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愛徳カルメル修道会のウェブサイトにも載せていただきました…

 

 

 

 

カトリック松が峰教会

 

カトリック松が峰教会は、大谷石で造られた教会として国の重要文化財に指定されています。
スイス人の建築家マックス・ヒンデル氏の設計による建築物で、氏の日本における代表作の一つであり、最後の教会建築作品でもあります。
聖堂の内外壁に用いられている大谷石は、旧帝国ホテルに用いられた場所と同じ大谷の採石場から切り出されたものに、石工職人によりさまざまな意匠が施されています。

 

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教会の創設者「歩く宣教師」カジャック神父様の墓地

 

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プロテスタントの教会の施設「日光オリーブの里」に宿泊させていただきました。

 

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夕食後は…懇親会…。

 

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8日の朝、同行して頂いたフィリップ神父様にミサを挙げていただきました。

 

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8日の午前中は、まず、大谷石資料館(大谷石の地下採掘場跡)へ行きました。

大谷石は、カトリック松が峰教会や帝国ホテルなどにも使われた石です。

宇都宮周辺では古くから、石蔵をはじめとした建築物の外壁、プラットホーム、石垣や階段、門柱に大谷石が盛んに利用されています。

 

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そして、大谷石採石場跡の凝灰岩層壁面に総手彫りで彫られた像高26.93メートル、胴回り20メートルの平和観音へ…。

 

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この後、帰途につきました。

 

 

今年は、フィリップ神父様にも同行して頂き、16人の参加となりました。信徒同士の親交も深められ、恵みの多い2日間となりました。

 




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十字架称賛の祝日である本日、カトリック松戸教会の信仰年記念行事として3回目の巡礼が行われました。

台風の影響による天気への影響が心配されましたが、晴天に恵まれ、9月とは思えないような暑さとなりました。フィリップ神父様・愛徳カルメル会のシスターも同行してくださり、総勢45名の参加者が大型バスに乗り込み、最初の目的地に向かって出発しました。

 

フィリップ神父様の祝福のお祈りのあと、この巡礼を企画してくださったヨゼフ会の方が今回の巡礼で訪ねる教会等について説明してくださいました。

 

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愛徳カルメル会のシスターのリードのもとで、ミサで歌う予定の聖歌をみんなで練習しました。その際、シスターがおっしゃった「楽譜のない方がかえって言葉を味わいながら歌えるので、より一層心に響いてくるんですよ」という言葉が印象に残りました。

歌の練習が終わると、マリア会の方々が先唱してくださり、ロザリオの祈りを唱えて、時間を過ごしました。

3連休の初日であることもあり、多少渋滞がありましたが、歌の練習・ロザリオの祈りなどで時間を過ごしている間にあっという間に目的地に着くことができました。

 

 

カトリック本所教会

 

本所教会は1879年(明治12年)に創立されました。東京(当時は府内)で4番目に創立されました。1880年には聖堂が完成し、日本26聖人に捧げられました。

 

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聖堂内には、1627年の日本26聖人の列福式の際に使用されたされる絵が正面に2枚掲げられています。

向かって右が「聖ペトロ・バプチスタ神父」・左が聖フィリポ・デ・ヘスス修道士です。

これらの絵は、イタリア・アジジの天使たちの聖マリア教会を管理しているフランシスコ会で発見され、白柳枢機卿が購入され、本所教会の第5代主任司祭であられた下山神父様が枢機卿より一時借用し、今に至ってます。(お2人とも帰天されている)

 

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日本26聖人の1人、聖トマス小崎の像が後ろ上に…。

 

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加藤英雄神父様に出迎えていただきました。

 

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信徒の方が、本所教会は、かつて3度聖堂を失い、そのたびに再建してきたことなど…本所教会の歴史、そして、日本26聖人についてお話くださいました。

  • 1905(明治38)年9月6日に日露戦争講和条約に反対する人たちにより焼き討ちで聖堂を失う。
  • 1923(大正12)年9月1日、関東大震災によって、本所は再び天主堂を失う。所属信徒の家屋223戸を焼失し、信徒の死者は約200名にのぼる。
  • 1945(昭和20)年3月10日、東京大空襲による戦災で、全焼。

 

 

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お話の後、本所教会の方が冷たい飲み物と甘い物を用意してくださっていました。

毎年、2月には、日本26聖人殉教者の為のミサが司教様を司式で行われ、長崎に行けない方々が集まり、盛大に祝われるそうです。

 

 

その後、信徒の方々に見送っていただき、次の目的地へ…。

 

 

 

 

元和キリシタン遺跡「札の辻」

 

住友不動産三田ツインビルの敷地内に「元和キリシタン遺跡」の碑は、置かれています。碑は広場の奥、広くゆるやかな階段を上りつめた先にあります。

 

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1623年12月14日、イエスズ会のデ・アンジェリス神父、フランシスコ会のガルベス神父、ジョアン原主水をはじめとする50人が火刑によって殉教した地です。昔は正面が海に面していたそうですが、今は高層ビルがそびえ、当時の面影はまったくありません。

当時、芝口札の辻は東海道から江戸への正面入り口で高札場であったため、多くの人が江戸に入るために通過しました。小高い丘となっていたこの地で処刑されたのは、見せしめのためでした。

同年、12月24日、殉教者の爪と子供たちの24人が、同じように支柱を引き回しされた上、ほぼ同じ場所で処刑されました。キリシタンの中の6人が火刑、17人が斬首、2人が磔刑でした。

 

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神父様と共にお祈りをしました。

 

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カトリック高輪教会

 

高輪教会は、1948年スカボロ外国宣教会の宣教によって教会の礎が始まり、1959年品川駅近くの現在の教会位置に、聖堂が建築され、11月22日、土井大司教(当時)の司式のもとに献堂式が行われたました。

徳川家光によるキリシタン迫害の象徴ともいえる「江戸の大殉教」の殉教地・札の辻に近い教会であることから「殉教者の元后聖マリア」に捧げられています。

 

1989年に再建された新しい聖堂は、コンクリートを打ちっぱなしにしたモダンなデザインで、高輪プリンスの目の前にあることもあり、結婚式に利用する方が非常に多いそうです。

 

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つくと、早速信徒の方が、教会の歴史や江戸の大殉教について説明してくださいました。

高輪教会では、「王であるキリスト」の祭日に、独自に教会の方々で朗読などを決め、「江戸の殉教者の記念ミサ」が行われているそうです。

 

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2つのグループに分かれ、それぞれ教会を順に紹介してくださいました。

 

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地下には、クリプト(納骨堂)も設けられていて、このクリプトの入口には、江副隆愛氏によって描かれた江戸大殉教の刑場の光景「江戸大殉教図」(この絵のレプリカや写真はご覧になった方は多いと思います)が掲げられています。

 

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地下には、資料館もあり、踏み絵やキリシタンを取り締まるために見つけたものに賞金を出すなどと書かれている札が展示されていました。

 

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聖堂の入り口前には、「江戸の大殉教記念碑」があります。(道路側から見ると英語で書かれています。)

この碑は、1623年(元和9年)12月4日に行われた第一次江戸の大殉教からちょうど333年たった1956年に、処刑された場所の跡地にあった智福寺の境内に建てられていましたが、智福寺の移転に伴い、ここに移設されました。

 

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1997年、中から自然光による美しいプリズムが望める十字架のモニュメントが造られました。気温・湿度などによって見える十字架が変わるそうです。(逆に入ってしまうと……正面に自分の顔が映ってます…)

 

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この後、高輪教会で昼食を頂きました。

 

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昼食後、信徒の方に見送って頂き、次の目的地へ…

 

 

 

カトリック築地教会

 

築地教会は、東京で最初に建てられた教会です。

1871(明治4)年、仮の教会が建てられ、1874(明治7)年11月22日、聖ヨゼフを保護者として新聖堂は祝別されました。

1877(明治10)年、築地教会に司教座がおかれ、オズーフ司教が着座し、1920(大正9)年に、東京大司教館が築地から関口教会構内に移転するまで、宣教の拠点としての役割を果たしました。

 

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1878年(明治11年)現在地に、煉瓦作りの聖堂が建てられましたが、1923(大正12)年9月1日の関東大震災で、旧聖堂は崩壊し、ローマ教皇使節の仮使節館として使用していた旧大司教館をはじめ、教会付属の建物はすべて焼け落ち、築地教会はガレキの山となってしまいました。

 

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大震災の3年後、1926(大正15)年11月、新聖堂の起工、翌年1927(昭和2)年4月10日に竣工、レイ大司教により献堂されました。新聖堂はレイ大司教の希望によりギリシア建築パルテノン型の木造モルタルとなりました。

第二次世界大戦中の空襲では、近くに聖路加病院があったため空襲をまぬがれ、築地教会も戦災にあうことなく現在に至っています。

築地教会の聖堂は1999(平成11)年4月、東京都景観条例により歴史的建造物に選定され、さらに2001(平成13)年3月中央区からも文化財に選定されました。

 

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信徒の方が、築地教会の歴史について、お話くださいました。

創建時から残っているアンジェラスの大きな鐘が、聖堂内に祭壇に向かって左後ろ奥に置かれています。もう一つの対の鐘は現在カテドラル関口教会にあるそうです。

また、祭壇の十字架は関口教会のものを譲りうけたそうです。

 

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カトリック浅草教会

 

カトリック浅草教会は、1877(明治10)年12月に、東京都内の2番目の教会として、現在の位置に立てられました。

敷地内はとてもきれいで、ガーデニングが行き届いています。

ホールでは、最初の教会からの遺産である聖ペトロと聖パウロの像が置いてあり、これらの像の上には2代目の教会から受け継いだステンドグラスがはめ込まれています。

(浅草教会は聖パウロに捧げられています)

 

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教会入口左手には奇麗なルルドがありました。

 

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浅草教会に着くと、まず教会の裏手にある「浅草・鳥越殉教記念碑」に案内して頂きました。

フランシスコ会のヘロニモ・デ・ヘスース神父は、マニラとの貿易を考えていた徳川家康から、貿易政策に協力することを条件に、江戸での宣教をゆるされ、1599年、八丁堀に「ロザリオの元后聖マリア聖堂」を建て、江戸布教のきっかけをつくりました。
ヘロニモ神父のあと、同じフランシスコ会のルイス・ソテロ神父たちは、約13年間この聖堂を中心に東北、幾内方面にもおよぶ宣教活動を続けました。

しかし、1613年、ソテロ神父の留守の間に、江戸のキリシタン数名が捕らえられ、ロザリオの元后聖マリア聖堂も壊され、聖堂再建は許可されませんでした。

そこで、ソテロ神父は、江戸から離れた新開地浅草に、小さな聖堂とハンセン病の病院を建てましたが、1ヵ月ほどで、多くの キリシタンが捕らえられ、鳥越の牢に入れられたあと、鳥越刑場で27名が殉教し、多くの信徒が追放されました。(鳥越刑場はここではなく、鳥越川の方にあると西川神父様が教えてくださいました)

 

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聖堂内に入ると、ミサを行いました。

 

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第1朗読 民数記21章 4b-9
福音朗読 ヨハネによる福音書 3章13~17節

 

 

ミサが終わると、信徒の方が、今から約400年前、当教会のキリシタンたちがハンセン病患者の世話をしたこと、江戸時代の殉教を経て明治時代に禁教令が解かれた後も迫害を受けたこと、関東大震災でガレキと化したが、その後また再建されたことなど、浅草教会の歴史を説明してくださいました。

また、松戸教会の信徒の方が、1877年(明治10年)12月25日、浅草教会の開堂式の時に行われた洗礼式で受洗した22名の中に松戸在住の方がおり(東葛飾で最初のカトリック信徒)、その後、松戸教会の礎を築かれるなどしたなど(詳細は「松戸教会50周年記念誌」)、浅草教会は松戸教会と非常に縁が深い教会ということを、補足として、お話しされました。

 

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そして、浅草教会の主任司祭・西川神父様、信徒の方もご一緒して、記念撮影…。

 

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この後、ホールでお茶を頂き、それぞれ、西川神父様がハンドメイドされた「ロザリオ ブレスレット」を購入されたり(なんと…300円で販売されてました)、ホール内に飾れている浅草教会のかつての写真などを見学させていただきました。

 

そして、西川神父様・信徒の方に見送って頂き、帰途へ…。

帰りも6号線が多少渋滞していたため、少し予定よりは少し遅れましたが、無事松戸に到着しました。

 

 

殉教された方々の信仰心、そして、幾度となく崩れ去った聖堂を立て直した各教会の信徒の方々の力強さなどを感じ、自らの信仰を顧みる恵みの多い巡礼となりました。