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今月14日に熊本県で震度7の激しい揺れを観測した地震が起きて以降、熊本県と大分県では活発な地震活動が続いています。

 

今週も、先週に引き続き、少しでも被災された方々の力になればと思い、教会学校の子ども達が、リーダー達と一緒に信徒の皆さんに募金の呼びかけを行いました。

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今週は、本当に大きな声で呼びかけてくれました。
大きな声で呼びかけてくれたかいもあり、たくさんの募金が集まりました。

 

ご協力くださった皆様、ありがとうございました!




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今日は、第6回目の堅信のための勉強会です。
堅信の勉強会のカリキュラムは、以下のページに掲載されています。

 

今日は、受堅希望者のみの勉強会です。(月1回、第1日曜日は受堅者も含めた中高生の勉強会と合同になります。)出席者は4名。1名はインフルエンザで、1名は部活のため、お休みでした。

さて…今日の内容は、「堅信を受けて以後のこと」について、一緒に考えてみました。
1人の信徒として、どうあるべきなのか、何をするべきかを考え、今後の教会での生活、生き方を考えてみましょう。

主の祈りを唱えてスタートです。

 


 

 

今週のテーマ

● 私たちのこれから ●

今日は、堅信を受けて以後の私たちのこれからについて一緒に考えてみましょう。
みんな、この頃毎週教会に来て堅信に与るために勉強していますね。堅信の勉強会が終わったら、パッタリと教会に来なくなる…なんてことはないですよね。
堅信に与って、キリスト者としてゴールになるのではなく、むしろキリスト者として、ようやくスタート地点に立ったと思ってください。聖霊を注がれ、みんなには、信者として「福音(良い知らせ)宣教(述べ伝える)」、大きな役割を受けます。ようやくスタートラインに立てたのにここで来なくなってしまったらもったいないですよね。
前も言いましたが、教会が、もし楽しくないと思うなら、楽しい場所にしてください。
みんなには、聖霊が与えられ、その力が与えられます。学校は本来勉強するための場所で、楽しい場所ではないはずですが、楽しいと感じるのは、みんなが自分自身で楽しくしているからです。みんなには、その力があります。みんなの力で楽しい場所にすれば、人はもっと集まります。そしたら、もっと楽しい場所になると思います。
聖書の言葉をみんなに紹介します。堅信を受けた後の気持ちの持ち方が分かると思います。

 

あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。

使徒言行録 1章8節

 

人は、たとえ全世界を手に入れても、自分の身を滅ぼしたり、失ったりしては、何の得があろうか。 わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子も、自分と父と聖なる天使たちとの栄光に輝いて来るときに、その者を恥じる。 

ルカによる福音書 9章26節

 

使徒言行録の方は、聖霊を受けた後、みんなに福音宣教の使命が下されるというお話です。
聖霊がみんなのなかにある『(洗礼の時に造られた)神殿』に流れ込み、力を得ます。この事については、5月8日にしっかり勉強しますね。
さらに、ルカ福音書では、たとえ、この世の栄華を極めたとしても、天の国には、それを持ち込めない。いろんな欲望を叶えたとしても、神様のところに行く時には、それは持ってはいけない。
永遠の命を得て、天の国に入る事、神様、イエス様の側にいられることに比べたら、何の意味もない。何を得たとしても、神様から与えられたアイディンティティを失ってしまえば意味がない。みんなが、自分らしく、そして、何よりキリスト者として、イエス様のように考えて、イエス様のように行う事を求められているのです。
その為に、堅信を授かる際には、聖霊の力を得ますから、大丈夫です。

そこで、一人前の信徒とは、どういう事をする人なのか?少し上げてみました。イエス様のように行うとはどういうことか一緒に考えてみましょう。

  1. 祈り

    • 個人で…

      イエス様は、よく弟子たちから離れて1人で祈られていますよね。
      私たちに主の祈りについてお話された時にも「祈るときにも、あなたがたは偽善者のようであってはならない。偽善者たちは、人に見てもらおうと、会堂や大通りの角に立って祈りたがる。はっきり言っておく。彼らは既に報いを受けている。 だから、あなたが祈るときは、奥まった自分の部屋に入って戸を閉め、隠れたところにおられるあなたの父に祈りなさい。そうすれば、隠れたことを見ておられるあなたの父が報いてくださる(マタイによる福音書6章5-6節)」と仰っています。
      神様に自らをさらけ出し、想いを伝えましょう。みんなの前だとなかなか自分をさらけ出すのは難しいですからね。
      みんなは、教会の一番シンプルなお祈りを知っていますか?ミサのなかでも歌います。
      「主よ、憐れみたまえ」とか「主よ、憐れんでください」というお祈りです。栄光の讃歌の前に歌いますよね。
      このお祈りは、福音のなかでイエス様に沢山の方々がそうおっしゃるところからとられています。例えば、エリコの町で盲人バルティマイは、「ダビデの子イエスよ、わたしを憐れんでください」とイエス様を呼び止めます。
      主と呼び、また、憐れみという神様にしか使われない単語を使う事で、イエス様を「キリスト」「神の子」であると認めています。全能の父、そして、イエス様に助けを求める、その気持ちは、放蕩息子のようなものなのだと思います。
      みんなも何か苦しい事、悲しい事があった時、1人で誰もいないところで、放蕩息子のように神様のもとに立ち帰り「主よ、憐れみたまえ」とお祈りしてみてください。
      これなら、すぐ覚えられるでしょ?

    • 共同体で

      1つの共同体、キリストの体として、共に祈ることも大事です。
      キリストの弟子である私たちが同じ場に集まり、1つの事をお祈りすることは、本当に恵み深いことです。
      例えば、被災者のための祈りなど様々な祈りを共に捧げていますが、みんなで心を一つに祈ることで、共同体として1つになっていくことが出来るのだと思います。

  2. 知識を得ること

    • 個人で…

      心の中でキリストを主とあがめなさい。あなたがたの抱いている希望について説明を要求する人には、いつでも弁明できるように備えていなさい。

      ペトロの手紙一 3章15節

      勉強する事も大事です。
      松戸教会でもいくつか勉強会が行われていますし、教区や修道会でも勉強会は行われています。
      聖ペトロが仰っているように、イエス様の事を周りの人に聞かれた時、いつでも答えられるように準備しておくことはとても大事です。
      前も話しましたが、私たちは2000年続いている伝統をこれから伝えていく使命もあります。それを伝える時に、将来みんながリーダーになった時のためにも、沢山の事を知っておいてください。
      そして、それは、きっと自分が人生のなかで選択を迫られた時、助けてくれることになると思います。

    • 共同体で…

      松戸教会での勉強会に参加すると、「分かち合い」という時間があります。
      様々な意見・価値観に触れることはとても大事です。カトリック教会は、「普遍的な」という意味がありますが、普遍的な、しっかりとした教義があるからこそ、様々な意見・価値観が共存します。
      1つの御言葉でも、それぞれの経験や価値観などで、受け取り方が全然違ったりします。そのような違う受け取り方に触れることでより信仰が深められるのではないでしょうか。

  3. キリスト者として行動する…

    • 個人で…

      そこで、王は答える。『はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。』 

      マタイによる福音書 25章40節

      他にも、今日の福音書の箇所、「あなたがたに新しい掟を与える。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合いなさい(ヨハネによる福音書13章34-35節)」や「わたしは言っておく。敵を愛し、自分を迫害する者のために祈りなさい(マタイによる福音書5章44節)」など様々な事をイエス様は仰っています。
      私たちがキリスト者としてどうするべきか、人としてどうあるべきか…みんなにはわかると思います。それを素直にすれば良いだけです。
      もしその時勇気が足りなければ、神様にお祈りして下さい。きっと背中を押してくれます。聖霊が力をくださいます。

    • 共同体で…

      教会の活動に参加する事も大事です。
      様々な信徒の方々に触れ、様々な経験をすること、それも信仰を育てる事になると思います。
      教会は、聖人の集まりではありません。私も不完全な人間でよく怒られています。みんなもミサをサボったり、教会学校をサボったり、色々あるよね。
      そういう不完全な人たちが集まって、みんなで信仰を深め、みんなで成長していくのです。
      さっきも話したけど、もし教会がつまらない所なら、みんなの力で楽しい場所にしてください。みんなが笑顔で集まる教会が出来れば、神様も喜ばれます。
      それがみんなの役割です。教会の皆さんも、そういうみんなの事を応援してくれると思います。

  4. 秘跡に与る事

    • ミサに参加する事、これは「聖体」という秘跡に与りますよね。他にも、ゆるしの秘跡や病者の塗油、叙階、結婚…そして、みんながこれから与る堅信…。ミサの中で行われる洗礼式…秘跡に与ることで、私たちは神様・イエスさまに出会うことが出来ます。嬉しい事ですよね。その喜びが信仰を深めます。嬉しい事は人に伝えたくなります。なるでしょ?
    • そして、すごく大事な事…先週も話しましたが…
      イエス様の受難・死・復活を信じられますか?それをしっかり受けいれていますか?
      もし、それに少しでも疑いがあるなら、堅信を与るのは今年は止めた方が良いかもしれません。それくらい大事な事です。
      今まで一緒に行動していた仲間や弟子たちには裏切れられ、「知らない」と言われ、ムチで何十回も打たれ、棘のついた冠をかぶせられ、自分を死刑にするための十字架を担いで丘を登り、磔刑という当時でも最も残酷な刑に…腕や足に直接くぎを打たれ磔にあい、無実の罪で殺されてしまった。
      そこには、お母さんがいて、そのお母さんは自分が死ねば、当時の社会は夫か子供がいない女性は社会生活を送れないようになっていましたから、ヨゼフ様のいないマリア様、お母さんはイエス様が死ねば、社会から弾かれる、それもイエス様は分かっている…夢も希望もない……絶望…まさに言葉通り、「望みが一切ない」状態ですよね。本当に絶望です。
      みんなにも将来そういう時があるかもしれません。絶望、もう死にたい!という時。そこには一切の希望がない…そういう時が来るかもしれません。
      友達もいない、お父さんやお母さんにも助けてもらえない、自分じゃどうにもできない、という時…。
      イエス様もそこで確実に100%死にました。絶望です。完全な絶望です。
      実は生きていた、危篤?的な感じ、とかではありません。100%、完全に死にました。でも、3日後、ご復活されます。絶望の奥には希望があります。
      よく「神様がいれば大丈夫」とか仰る方もいます。その意味は、絶望しないという意味ではありません。絶望的な状況に追い込まれないという意味ではありません。
      絶望的な状況に追い込まれても、それでもなお、その奥に希望があると仰っているのです。
    • 物凄い矛盾していますよね。「絶望」なのに「その奥に希望がある」と言っているのですから。でも、神様には出来ない事は何1つないのです。物凄い厳しい話です。絶望なのに希望がある。そう信じなさい。と言っているのですから。
      でも、それはイエス様を知れば、イエス様の受難・死・復活を信じるならば、受け入れるならば、わかるはずです。
    • 秘跡に与ることは、神様、イエス様に出会う事、そして、受難・死・復活という主の過越の出来事を経験する事です。経験すれば、それを受け入れる事が出来るはずです。
      是非、しっかり与ってください。

 

今日は、みんなに「堅信までに是非覚えてほしい事」をまとめたテストを行います。
テストと言っても、プリントにはヒントが書いてありますね。なんと!聖書をひけば、答えが書いてあるという…とても優しいテストです。
さぁ…短い時間しかありませんが、やってみましょう!

……………答え合わせをします。ぜ・全部あっている人はいませんでしたね。
では、最後に(もうミサが始まってしまうので)十字架のしるしをして、終わりにしましょう。

 


 

 

さて、次回の勉強会は、5月1日・9時15分から「堅信のための勉強会」も兼ね、中高生の集まり(勉強会)として、行います。
筆記用具とノートをもって、集まってください。

堅信を希望する中高生の皆さんは、しっかり今回の内容を確認して、勉強会に来てくださいね。
堅信の勉強会のカリキュラムは、以下のページに掲載されています。

 

 

 

いよいよあと1ヶ月、部活や学校の用事も大変だと思いますが、しっかり勉強して、堅信の準備を整えましょう。




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今日はカトリックのこども雑誌「こじか」を使って、今日の福音の勉強をしました!

 

最初は「教会学校・はじめの祈り」でスタート!

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十字を切り「父と子と聖霊の御名によって アーメン」と唱えてから、お祈りしましょう。お祈りの最後も同じように十字を切りましょう。
そして今日は歌の練習もしました!
「神様がわかるでしょ」の1番と2番の練習をしました。最初は歌詞を読み上げて確認しました。
そしてリーダーのギターの伴奏に合わせて歌いました。

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ギターに合わせて歌うのはどうでしたか?みんな、声が出ていてとてもよかったですね!

 

 

そして次に、リーダーから「こじか」が配られます。

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早速みんな漫画のページを読んでいますね…

みんな、ミサの中で読まれる福音、あまりよくわからないで聞いているかもしれませんね。
福音にはどんなことが書いてあるのか、意味がよくわかれば、ミサの中でも集中して聴けるのではないでしょうか?
というわけで、今日は「きょうの福音」のお勉強をします。「きょうの福音」のページを開きましょう!

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今日の福音は、ヨハネによる福音13章31〜35節…「最後の晩餐」の場面です。みんな有名な絵画があるからなんとなくイメージはわかるでしょうか。

 

低学年の子にはちょっと内容が難しいかも…ということで、低学年の皆には「ふくいんひろば」のページを開いてもらいました。最後の晩餐のイエス様と弟子たちの姿を絵に描いてもらいました。

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他の皆には「きょうの福音」を「まる読み」で音読してもらいました。

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この場面は、ユダがイエス様を裏切って晩餐の広間から出て行った後のお話です。
みんなで一緒に、どういうことが書かれているのか、考えてみました。

イエス様のおっしゃっている「栄光」ってなんでしょうか?
スポーツで優勝したときに「栄光を手にした」と言うときがあります。
栄光とは、「努力した結果、願いが叶った・成し遂げられた」ということを意味します。

「じゃあユダが裏切ったのが栄光?」とひとりの子から質問がありました。そうです、とても近いです!
イエス様は、神様と人間を仲直りさせるためにこられました。どうやったら神様と人間が仲直りできるかというと…イエス様が十字架で死ぬことによってです。
イエス様の「栄光」とは「十字架上での死」なんですね…。

そして、イエス様はみんなに「新しい掟」を与えます。「互いに愛し合いなさい」という掟です。
愛し合うってどういうことでしょうか?これも考えてみました。
「喧嘩しない」「協力し合う」「自分のものを持っていない人にあげる」「ボランティアをする」「許したり励ましたりする」…いろんな意見が出ましたね。
皆も今日から少しでもいいので、これらのことを実践していきましょうね!

そして「こじか」の裏表紙のクイズにも挑戦しました。
「あなたがたに新しい掟を与える。互いに(   )なさい。」(   )に入る言葉は何でしょうか?
皆は今勉強したからすぐわかりましたよね!!

 

最後に今日勉強した「栄光」という言葉が出てくるお祈り、「栄唱」を唱えて終わりました。「アレルヤ!」も忘れずに言いましょう!

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来週も元気に集まってくださいね!




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今月14日に熊本県で震度7の激しい揺れを観測した地震が起きて以降、熊本県と大分県では活発な地震活動が続いています。

 

少しでも被災された方々の力になればと思い、教会学校の子ども達が、リーダー達と一緒に信徒の皆さんに募金の呼びかけを行いました。

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んー…もうちょっと大きな声で呼びかけられたら良かったですね。
来週も行いますので、来週はもっと大きな声で呼びかけましょう!

 

ご協力くださった皆様、ありがとうございました!




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堅信

 

今日は、第5回目の堅信のための勉強会です。
堅信の勉強会のカリキュラムは、以下のページに掲載されています。

 

今日は、受堅希望者のみの勉強会です。(月1回、第1日曜日は受堅者も含めた中高生の勉強会と合同になります。)出席者は5名。
さて…今日の内容は、「ミサ」について、考えてみました。
なぜ、ミサに与るのか、なぜ教会に来るのか、もう1度考えてみましょう。

主の祈りを唱えてスタートです。

 


 

 

今週のテーマ

● ミサについて考えてみよう? ●

今日は、ミサについて一緒に考えてみましょう。
みんなにとって、ミサは、どういうもの、どういう位置づけですか?大切なものですか?お父さんやお母さんに無理矢理連れて行かされているモノですか?
お祈りする時間?お祈りならば、家でも出来ない?それなら、わざわざ毎週集まる必要があまりないのではないですか?
教会共同体として、私たちが存在するのは、キリストのからだをうけ、キリストと一致したものとなり、キリストのからだにかえられるからです。
ミサによってミサによって、教会は教会となります。
私たちは、キリストの体となったご聖体を頂き、ともに祈りを捧げます。そして、教会共同体として1つの(キリストの)体となります。だから、教会にとっても、私たちにとっても、大事なものなんです。

もちろん、ミサだけが、私たち信徒にとって大事なモノではありません。
聖書や神学について研究し私たちに教えを伝えてくださり「教会博士」、殉教し私たちに道を示してくださった殉教者など色々な聖人たち、名もなき殉教者達や信者、もちろん、みんなのおじいちゃんやおばあちゃん、お父さんやお母さんたち、そういう方たちが作ってくれた2000年の伝統、また、それらを学ぶこと、つまり、勉強ですね。そういう事もとても大事です
勉強しないと、私たちはどうやって信仰を育てますか?そして、どうやって、次の世代、子どもたちにそれらを伝えていきますか?
堅信を受けた後は、みんなも福音宣教の使命があります。
教会が準備する機会を与えてくれるのは多分これが最後です。後は自分で、勉強会等に出て、勉強しなければなりません。みんな、この機会を大事にしてくださいね。

さて、ミサの話に戻ります。
ミサは、主の晩餐という呼び方もします。「主の晩餐」という言葉、つい最近聞きましたよね。
そうです。聖週間の「主の晩餐の夕べのミサ」ですよね。主の晩餐の夕べのミサは、イエス様がミサについて教えてくださった「最後の晩餐」を直接記念して祝うものです。
聖パウロのコリントの信徒への手紙にもこう書かれています。

 

感謝の祈りをささげてそれを裂き、「これは、あなたがたのためのわたしの体である。わたしの記念としてこのように行いなさい」と言われました。

コリントの信徒への手紙一 11章 24節

 

この言葉、ミサのなかで神父様が仰いますよね。いつ仰られているか、覚えている?
そう、聖変化の時だよね。「奉献文」を唱える時に仰られています。
イエス様は、ご自分の体を私たちのために神様に捧げ、私たちはそれを食す事で、キリストと一致したものとなり、教会となります。教会とは私たち信者の集まりの事を言うと勉強しましたよね。
ご聖体を頂き、共同体として1つの体となり、共に御言葉にふれ、共に捧げ、共に祈るのです。
秘跡のお話、覚えていますか?「秘跡は、神様・キリストとの出会いそのもの」ですよね。
キリストの体、ご聖体を頂くこと、もちろん、みんな分かっていると思いますが、これは「聖体」という秘跡に与っています。
ミサに与ることで、神様、そして、イエス様に出会い、「主の晩餐」、つまり、夜ごはんをみんなでいただくのです。夜ごはんを家族で食べる時、お父さんやお母さんに今日あった事、嬉しかった事、怒った事、悲しかった事、楽しかった事、色々な事を話しますよね。
主の晩餐に招かれた私たち、そう、ミサには「行く」のではなく招待されるのです。神様が、私たちを招いてくださっていて、それに私たちは参加します。神様が呼んでくださったのですから、楽しく食事に与りませんか?神様にお父さんやお母さんに話すように、嬉しかった事、怒った事、悲しかった事、楽しかった事、色々な事を伝えましょう。神様は、みんながご自分の食卓に並んだことをとても喜ばれます。みんなの話を喜んで聞いてくれます。

それでは、聖書を読んでみましょう。少し長いですが、とてもだいじな箇所です。イエス様がご聖体についてお話して下さっている箇所です。
ヨハネ福音書の6章26~40節を読んでみましょう。

ありがとうございました。
色々な事をイエス様はお話下さっていますね。
まず、最後のところではこうおっしゃっています。

 

わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。

ヨハネによる福音書6章39 40節

 

イエス様を信じる者達を神様は「永遠の命」に与らせたいと希望されていることをお話下さっていますね。さっき話した通り、私たちの希望の前に、まず「神様が私たちを求めていらっしゃること」、そして、「1人も失わないで」、みんなを「永遠の命に与らせたいと思ってくださっている」という事、そのために、イエス様を遣わされた事と仰っています。
そして、その前の箇所では…こう仰っていますね.

 

イエスは言われた。「わたしが命のパンである。わたしのもとに来る者は決して飢えることがなく、わたしを信じる者は決して渇くことがない。 しかし、前にも言ったように、あなたがたはわたしを見ているのに、信じない。」

ヨハネによる福音書 6章35-36節

 

ミサは、受難・死・復活を、思い起こすものです。それは、教会のあらゆる力の源泉です。
受難・死・復活こそ、神様の愛、『その独り子をお与えになったほどに』私たちを愛して下さっている神様のしるしだからです。受難・死・復活を信じられないならば、ご聖体の意味も、もちろん、ミサの意味も、もっと言えば、信者である意味がありません。ご聖体を頂いても、それはただの小麦粉です。何の意味もありません。
ミサは、学校の朝礼や集会のようなものではありません。ただの儀式ではありません。神様に出会う場です。神様の愛を感じる事の出来る、体感できる場です。もう1度、イエス様の受難・死・復活について考えてみてください。そうすれば、ミサに来る意味を見いだせるはずです。

ミサは、聖書を朗読し御言葉を味わい、(喜怒哀楽などを伝え)神様に私たち自身を捧げ、そして、心を合わせて祈り、ご聖体を頂きます。
みんな、ミサの流れ、式次第は大体頭に入っている?侍者をやってくれていたりすると、覚えているよね?
み言葉を味わう事もすごく大事です。
神様の言葉、使徒たちの言葉、イエス様の言葉、全て私たちのために仰ってくださっています。
だから、時々、聖体拝領の時だけ来て、返ってしまう人がいますが、それは違います。神様・キリストと出会うために、御言葉を聞き、説教を聞き、もう1度イエス様の受難・死・復活を思い起こしましょう。そうでなければ、何度も言いますが、「ご聖体」は聖変化せず、ただの小麦粉の塊です。それでは、意味がないでしょう?

では、ヨハネ福音書14章6節を開いてください。

 

イエスは言われた。「わたしは道であり、真理であり、命である。わたしを通らなければ、だれも父のもとに行くことができない。あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」

ヨハネによる福音書 14章 6-7節

私たちは、ご聖体を与る事でイエス様に出会い、神様に出会っています。
イエス様にで会う事で、神様に出会う事が出来ています。ミサは、まさに「神様に出会いに来ている」、神様に食事に呼ばれている場なんです。
そして、キリストの体、私たちが一つの体になることが出来る場なんです。
こうやって、血の繋がっていない、育った環境も全く違う私たちが1つの体、家族となり、教会になります。

さて…今日は、簡単なテストをしましょう。
神様に出会う、イエス・キリストに出会うことである秘跡、7つありますよね。プリントにその7つを書いてみましょう……。

書けたかな。(か・簡単だよね)順番もあるからね、順番も大事だよ。ちなみに。堅信式までに言えるようにしようね・・・
では、最後に使徒信条を唱えて、信仰を宣言して、終わりにしましょう。

 


 

 

堅信を希望する中高生の皆さんは、しっかり今回の内容を確認して、次回(4月24日)の勉強会に来てくださいね。

堅信の勉強会のカリキュラムは、以下のページに掲載されています。

 

いよいよあと1ヶ月、部活や学校の用事も大変だと思いますが、しっかり勉強して、堅信の準備を整えましょう。