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今日も元気に子供たちが集まりました!
「教会学校・はじめの祈り」でスタートです。

今日は2グループに分かれて侍者会を行いました!
侍者スキルアップコースと、侍者リーダー・赤ライン合同コースです。
コースのメンバーをリーダーが発表しました!

侍者スキルアップコースはまずチングルムの結び方の練習をしました。
これから白服になる子達にもきちんと教えられるように練習しましょう。

次に幼稚園に移動してカンパネラの練習をしました。

タイミングや何回ならすのかなどを確認しながらやりました。
一人でもきちんと鳴らせられるように頑張りましょう。

こちらの侍者リーダー(と侍者リーダーを目指す人たち)と、赤ライン侍者服の人たちの合同コースでは、
侍者リーダーが実際に赤ラインの子たちに指示を出しながら、
ミサの最初から最後までを通して練習しました。

一緒に座るとき、侍者リーダーが合図を送って揃って座ります。

朗読者の誘導に行く人も、事前に決めておく必要がありますね。
それをするのも侍者リーダーです。

福音朗読の時は、お説教に入る前、
「お座りください」と神父さま(もしくは助祭)がおっしゃったタイミングで一歩下がって礼をしますが、
赤ラインの子に「一歩下がって礼」と指示を出すのも侍者リーダーです。

奉納者を迎えに行くメンバーも決めます。
赤ラインのメンバーがあまり慣れていない子しかいなかったら、
侍者リーダーや白服のメンバーを一緒に行かせるなど、気を利かせなければいけませんね。

祭壇に向かうタイミングも気をつけましょう。
神父様が祭壇の前の方に出てきてからです。

神父様からご聖体や水とぶどう酒を受け取る人も、動きを覚えてくださいね。
聖体奉仕者や助祭がいらっしゃった場合も考えてください。

侍者リーダーはここからもとても重要で、
神父様をお待たせしないように、テキパキ指示を出したりしなくてはいけないです。

聖体拝領の時も、前の方の席やオルガン側の席に、
足の悪い方や車椅子の方がいないか気をつけて見ていてください。
その方達が侍者より先に聖体拝領を受けるからです。

そして退堂…列を気をつけましょう。

侍者リーダーコースの子たちは、
まだリーダーからの指示がないとうまく赤ラインの子に教えてあげられませんでした。
子供達だけで侍者ができるようになることが目標です!!
どのタイミングで指示を出さないと間に合わないのか、など、
今日リーダーに教わったことをよく覚えて!

赤ラインの子たちも、よくミサの流れを覚えましょうね。

最後は幼稚園のホールに集合して、少し歌の練習をしました。

そして最後に主の祈りと栄唱を唱えて終わりました。

今日の侍者会でやったこと、忘れないようにしてね!
どんどん侍者やってみましょうね。

また来週元気に集まりましょう!!




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毎月、第1週、小集会室で中高生の勉強会が行われています。
今月は、参加したのは5人。

今年度、最後の勉強会です。
今年度は、ずっとキリスト者として生きるということをテーマに話してきましたね。今月は、そのまとめです。

みんなにとって教会に来るという意味、「信仰」を持つという意味について考えてみましょう。

 


 

今月のテーマ

● からし種一粒ほどの信仰があれば ●

 

さて…みんなは、からし種ってどのくらいの大きさか知っていますか?
聖書学者のなかで色々議論はあるようですが、1mmにも満たないサイズだそうです。砂とかそういうレベルですね。置いておくことすら出来ないですよね。そんなサイズだったら。置いたら、もうわからなくなりますよね。

イエス様は、ある時、信仰の薄い弟子たちに向かって、こう言いました。

 

イエスは言われた。「信仰が薄いからだ。はっきり言っておく。もし、からし種一粒ほどの信仰があれば、この山に向かって、『ここから、あそこに移れ』と命じても、そのとおりになる。あなたがたにできないことは何もない。」 

マタイによる福音書 17章 20節

 

こーーーーんな小さな信仰があれば、「出来ない事は何もない」と、仰ったんですね。
逆に言えば、出来ないことだらけの私たちは、「からし種1粒ほどの信仰もない」ことになりますよね。
でも、信仰心があれば、急に頭がよくなって、フェルマー・ワイルズの定理が理解できるようになったり、100M を9秒で走れるようになったりするかな?
出来ないよね。。。
つまり、イエス様は、そういうことを言っているんじゃないってことだよね。

 

では、「出来ない事は何もない」とは、どういう意味でしょうか?
「信仰があれば」と仰っていますから、「信仰」の意味が分かれば、その答えもわかりますね。
「信仰」とは、なんでしょうか?
神様を信じること?そうですね。

では、信じることとは、どういうことでしょうか?
難しく考えることはないです。「信じる」とは、関わりを持つということですよね。神様を知る。神様を信じる。神様と仲良くなる。みんながお父さんやお母さんを信じるのと同じように神様を信じ、お父さんやお母さんのような「関わり」をもつことです。
神様と関わりを持つということは、今までの勉強でも学んだとおり、神様のみ旨のなかにいきるということですね。
私たちは、イエス様を知っています。イエス様がどうなされたのかを見れば、それがどういうことだか分かると思います。そして、私たちはマリア様も知っています。マリア様を知っていれば、「神様と関わりを持つ」「神様を信じる」ということが分かると思います。

私たちは、本当に小さな存在です。
すぐ神様から離れてしまい、罪をおかします。本当に本当に小さな存在です。
それに気づいた時、神様がいないと生きられない!と思うと思います。バルティマイや重い皮膚病の人たちは、イエス様しかいない!イエス様がいないと生きられない!と思い、「主よ、哀れんでください」と懇願しました。だから、イエス様は、その人達に「あなたの信仰があなたを救った」と、仰ったんです。神様に不可能なことはないと、心の底から信頼し、神様を求めた時、神様は、きっとみんなと強い関わりを持ち、救ってくださいます。

 

 

求めなさい。そうすれば、与えられる。探しなさい。そうすれば、見つかる。門をたたきなさい。そうすれば、開かれる。だれでも、求める者は受け、探す者は見つけ、門をたたく者には開かれる。 

マタイによる福音書7章7-8節

 

神様は、関わりを持ったみんな達を見捨てることはありません。だから、祈り続け、求め続けてください。
そして、その神様は、「天地の創造主」であり、「全知全能」の方ですね。だから、神様との関わりが「からし種」ほどあれば「出来ないことは何1つない」んです。

ダビデの話を覚えていますか?
イスラエルの12部族を統一し、イスラエルを初めて統一国家にした王様です。
彼の人生は本当に華々しいものでした。途中までは。。。
しかし、彼は途中で大きな罪を犯しました。
部下の奥さんを奪い、子どもを作ってしまい、それがバレないようにするために、その部下を戦争の一番激しい所に送り、殺してしまったんです。
十戒のなかの何個もの罪を犯してしまったんです。

しかし、彼はいまだにユダヤ人から尊敬を集めています。伝説の王となっています。
なぜでしょうか?

その後、王様であり、知恵もあり、戦争も強く、見た目も美しいダビデだったにもかかわらず、「神様がいないと生きていけない!」というところまで彼は回心したからです。
彼は自分がどんなに罪深く、どんなに汚く、どんなに貧しい人間かということを悟り、神様ともう1度関係を持ちたい、神様のみ旨の中でもう1度生きたいと心の奥底から願ったんですね。
その思い、祈りは、詩篇に込められています。彼の人生は、その前後で全く違うものとなります。
人間の目で見ればダビデの栄光は、その前にあったかもしれません。でも、今も彼が尊敬を集める王であるのは、回心したことによるものです。

私たちは、ダビデのような罪を犯さないかもしれません。
でも、私たちも、躓きます。罪を犯します。そして、本当にその罪が私たちを本当に小さな存在と気づかせてくれると思います。その時、神様との関係なくしては生きていけない!と思えると思います。
マリア様は、初めからそれをご存じで、初めから神様がいないと生きていられない!と思っていたんです。それが表れているのが、「私は主の婢です」という受胎告知への返事です。

私たちがこれからの人生を生きる時、絶対、神様!となる時が来ます!
その時、神様を深く信頼し、神様によって生きるようになるか、それとも、自分の中だけで生きるか…。

みんなはどっちを選びますか?
「からし種ほどの信仰があれば、できないことは何一つない」

もう1度、キリスト者として、自分にとって、神様が…イエス様が…自分にとってどういう存在なのか、考えてみましょう。

それでは、最後に主の祈りを唱えて終わりにします。

 


 

今年度の勉強会は今月で終わりです。

次回は、3月25日から29日までの春季特別講座ですね!
とても難しい内容になると思いますが、みんな頑張りましょう!




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今日も元気にみんな集まりました!
今日はリーダーによる授業です。
いつも通り「教会学校・はじめの祈り」でスタート!
(覚えていない人はしおりをちゃんと持ってきてください!)

まずは歌の練習をしました!

そして授業を始めます。

この1年を通して、教会学校では「イエス様と出会う」というテーマをもって授業をしています。
今日のミサの福音朗読は、イエス様と出会ったある人たちの話です。

福音書にはいろいろな人たちが登場しますね。
イエス様を信じる人たち、イエス様に助けを求める人たち、イエス様と共に働く人たち…
それだけではありませんでした。
イエス様と言い争う人たち、イエス様を殺す計画を立てる人たち、そして、イエス様を受け入れない人たち。
今日の福音朗読から、私たちがイエス様を受け入れるためにはどうしたら良いか、考えていきましょう。

ルカによる福音の4章14〜30節をリーダーが読みました。

少し読んだ内容をおさらいするために、質問プリントを用意しました。
福音が書いてあるプリントと、質問が書いてあるプリントを配布しました。

まず、1から3までの答えを書いてみましょう。

1. ナザレに来る前の町では、イエス様はみんなからどう思われていたでしょうか?

イエス様はシナゴーグというユダヤ教の会堂で教えていました。
キリスト教でいう教会のようなところでしょう。
神の子なんだけど、人間の子、特にユダヤ人として地上に来られ、
マリア様とヨセフ様に育てられて、
大人になるまでユダヤ人の中で生活していました。

イエス様はユダヤ教のラビと呼ばれる教師として、福音宣教を始めました。
イエス様は福音、つまり「よろこびの知らせ」について教えられたので、教えを聞いた人たちは喜びました。

また、病気の人、悪霊に取りつかれた人たちを癒しました。
ユダヤ人の中で嫌われている罪びととされている人や徴税人たちを招いて食事をしました。

福音によって喜びを知った人も、病気や悪霊から癒された人も、
ユダヤ人の中で嫌われていた罪びとや徴税人も
イエス様のことを「先生!」と慕ったでしょう。
さっき読んだところにも「皆から尊敬を受けられた」と書いてありましたね。

2. ナザレとはどんなところですか?
さあ、みんなこの質問にはすらすら回答できるはずなんだけど・・・。
わからない子はクリスマスの聖劇を思い出してください。

まず、ナザレには誰が住んでいたでしょうか?
イエス様のお母さんになったマリア様がナザレに住んでいましたね。
ヨセフ様もいました。
イエス様がお生まれになったのはベツレヘムだけど、
それはその時ユダヤ地方を支配していたローマ帝国の皇帝の
「どこにどのぐらいの人が住んでるからわからんから、自分の町に行って登録してね」
って言う命令に従ってベツレヘムに行ってただけだから、住んではいませんでした。

このナザレの町でイエス様は、マリア様とヨセフ様のいう事をしっかり聞いて育ちました。
またイエス様が大きくなってからも、福音宣教を始めるまで、この町で「大工」として働いていました。
さっき読んだところには「イエスはお育ちになったナザレに来て・・・」と書いてありますね。
育ったり、仕事をしていたという事は、マリア様やヨセフ様以外にもいろんな人がイエス様を知っていたでしょう。
福音書にはほとんど書かれていないイエス様の私生活について知っている人が多くいたと思います。

子供のころ一緒に遊んだ人、イエス様が教えを受けた人、イエス様の面倒を見ていた人…
福音書には書いていないけれど、実際にはそのような人たちがいたのだと思います。

3. ナザレの人たちはなぜイエス様を受け入れなかったのでしょうか?
ナザレはイエス様がお育ちになった町ということがわかりましたね。
では、なぜその町でイエス様は受け入れられなかったのでしょうか?
会堂でイエス様が話されたことは、本当に「福音」、つまりそこにいる人たちには「良い知らせ」でした。
まずは今の旧約聖書のイザヤ書に書かれていることを朗読しました。
「主の霊がわたしの上におられる。・・・」というところですね。
そしてイエス様はその言葉が「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と仰っています。
神様が貧しい人に良い知らせを届けたいために、救い主を人々の為に送った。
そして、その良い知らせによって、本当の神様の愛を人々に告げるために救い主を送ったということでしょう。

それに対して、ナザレの人たちはその「恵み深い言葉」に驚くのだけれど、同時にこうも言いました。
「この人はヨセフの子ではないか。」

同じ出来事が違う福音書でも書かれています。
マルコによる福音を見るともっと具体的なことが書いてあります。

「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。
この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。
この人は、大工ではないか。
マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。
姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」

簡単に言ってしまえば、イエス様を救い主とは思えなかったのです。
それは、イエス様をただ「ヨセフの子」としてしか見ていないからです。
イエス様が話したことよりも、自分たちが知っているイエス様の方が、ナザレの人たちにとっては本当のことだったのです。

イエス様はそのナザレの人たちの心の中を知っていました。
「はっきり言っておく。預言者は、自分の故郷では歓迎されないものだ。・・・」と仰いました。

せっかく神様の言葉を預言者が伝えてに来ても、自分の故郷では「あの人が誰かの子だよね」と、
言葉よりも、誰の子で、どこで育ってどんな人だったか、という事が人々には大切ということ。
それはつまり、神様の言葉よりも、自分たちの知っている事の方が大切だということです。
ナザレの人たちはそう思っていることを、イエス様は知っていたのでした。

福音の内容はこんな感じです。
さて、最後の質問が残っています。
この話を聞いたみんなに考えてもらいたいことです。

4. イエス様を受け入れるために、わたしたちはどうしたらいいのでしょうか?
これはみなさん自身が考えて書いてみてください。
ミサの中では神様の言葉として聖書が読まれます。
大切なのは誰が読んでいるか、ではないですね。
話している内容は難しいかもしれないけれど、静かに耳を傾けることは大切です。

ミサ以外では、どうでしょうか。
みんなは前の授業でリーダーがお話しした「四人目の博士」の話を覚えていますか?
アルタバンという人の話です。
アルタバンは主の公現の時に三人の博士と一緒にイエス様に会いに行きたかったけれど、
途中で様々な傷ついた人や貧しくて困っている人達を助けているうちに、
とうとうイエス様に会うことはできませんでした。
しかし、アルタバンの死の直前、夢にイエス様が現れました。
「お前が出会った傷つい人、貧しい人は、すべて私だったのだ。だからお前は私に何度も会っているんだ。」
と言いましたね。

マタイによる福音ではこんな言葉もあります。
「はっきり言っておく。わたしの兄弟であるこの最も小さい者の一人にしたのは、わたしにしてくれたことなのである。」
小さいものとは、まさに苦しんでいる人たちのことです。
みんなの友達の中で泣いている友達がいて、その子のために、何かをしてあげる、
それも泣いている友達の中にいるイエス様を受け入れることですね。

みんなの中にもイエス様がいます。
ミサの中で御聖体を頂いて、皆さんは少しずつイエス様に近づくのです。
教会で出会う人、お父さんお母さん、友達、リーダー達、
みんなの中にいるイエス様に気づいて受け入れるようにしましょう。

さあ、今日の話はここでおしまいです。
最後に、私たちがいつも近くにいるイエス様に気が付き、受け入れることができますように、
マリア様にお祈りをして終わりましょう。

また来週も元気に集まってくださいね!!




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本日、第2ミサ後、信徒総会が行われました。
信徒総会は、司牧評議会経済問題評議会、財務委員会、施設管理委員会から信徒への報告がされ、共同体としての合意を確認する場です。

 

信徒総会は、所属信徒全員の参加が望まれます。
今年も多くの方々が参加し、祈りとともに信徒総会が開会しました。

 

 

まず、フィリップ神父様よりご挨拶がありました。
ご挨拶、4月21日の復活祭後、市川教会に異動されることが正式に発表され、助任司祭としての2年間、主任司祭として7年間の司牧委員や各委員会メンバー、そして、信徒の方の奉仕に対する感謝の言葉がありました。そして、この7年間で行われた司牧に関する説明がありました。

 

 

そして、フィリップ神父様より今年度の司牧評議会委員の紹介が行われました。

2019年から、新たに選ばれた司牧評議会委員長がまず紹介されました。

 

2018年度の活動報告と2019年度の活動予定が、司牧評議会委員長より行われました。

 

そして、財務委員長より2018年の予算報告と2018年の予算説明が行われ、最後に、質疑応答があり、信徒から9年間のフィリップ神父への司牧に関する感謝の言葉がありました。 松戸教会がより良い教会となっていくためにには、信徒の方々1人ひとりの力が必要です。是非、教会の活動に参加してくださるよう、ご協力よろしくお願い致します。




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今日も、元気にこどもたちが集まりました!
今日は、宮原助祭が松戸教会に来られる最後の日です。
みんなのために最後の授業をしてくれます!

 

最初は教会学校初めの祈りをして、宮原助祭最後の授業の始まりです!

 

 

 

最後の授業の内容は、パパ様、教皇フランシスコのお話です。

 

みんな、パパ様は、普段どんなことをされていると思いますか?

みんな「??」でしたね。
そうですよね。。。時々、テレビのニュース番組で見るくらいで、パパ様が何をされているかなんて、分からないですよね。。。
「悪の組織と戦っている」というリーダーの呟きを苦笑いしていたので、それは違うことは、わかったみたいですけど。。。

 

パパ様は、東京教区の菊地大司教様のように、ローマの司教様としてローマ司教区のリーダーとしてミサをあげたり、毎週水曜日にバチカンに巡礼に来た人々と一緒にお祈りして、大事なお話をしてくださっています。
でも、一番、パパ様としての大事なお仕事は、世界のキリスト者のリーダーとして、イエス様が仰ったように、1番低いものとなり、私たちに仕えるということです。

 

パパ様は、世界中の人のために、世界が平和であること、そして、みんなが神様のもとで豊かに生活できるようにお祈りしてくださっています。
お祈りしているだけではありません。実際に行動もしています。
世界が平和になるために、いろいろな人に会い、お話しています。
貧しい人、抑圧されている人に会い、いつも神様がそばにいることを伝え、その人たちのために奉仕されています。たとえば、戦争で自分の国に住めなくなって、ヨーロッパに平和な生活を求めて逃げてきた人に会い、その人たちのために政治家に会ってお話したりしています。
カトリック教会と仲の悪いイスラム教の人たちにも会い、「仲良くして、戦争をなくしましょう」と、お話したりもしています。

パパ様は、本当に私たちの良いお手本になってくれていますね。

 

 

 

さて、パパ様は、今年、来日されることになっています。
パパ様は、日本が大好きで、ずっと日本に来たいと思っていてくださったそうです。やっと夢がかなうと喜んで日本に来てくださると思います。
みんなも、もしかしたら、お会いできるかもしれませんね!

パパ様は、日本に何をしにくるのかなぁ?
大分まえ、みんなのお父さんやお母さんが子どものころ、前の前のパパ様、聖ヨハネ・パウロ二世が来日された時は、広島と助祭のふるさとの長崎に来られて、ミサをあげられました。
広島と長崎は、世界で初めて、そして、唯一、原子爆弾が落とされた町です。
聖ヨハネ・パウロ2世は、広島で「戦争は人間のしわざです」と、仰られました。

 

私たちに聖ヨハネパウロ2世は、平和の大事さをもう1度考えるようにお話されました。
私たちが手と手を取り合って、平和な世界を作ろうと呼びかけられました。これは、原子爆弾を経験した私たちだからこそできることかもしれませんね。

 

今度、来日されるパパ様は、何をお話されるかな?
みんなも来日された時は、会ってみたい?ぜひ、パパ様に会いに行ってみようね。もしかしたら、松戸にも来るかも!

 

 

ここで、時間です…。

みんな宮原助祭最後の授業、どうでしたか?
とても大事なことを最後にお話ししてくださいましたね。

 

そして、最後のお祈りは、宮原助祭が「神様、教会学校のみんなと出会わせてくださって、ありがとうございます。」と、みんなのためにお祈りしてくださり、みんなで一緒に主の祈りを唱えました。

 

 

最後の記念にみんなで集合写真を撮りました!

宮原助祭、最後の最後まで本当にお世話になりました…! みんな、最後の授業、しっかり覚えておこうね!

神父様になって、松戸教会に初ミサに来てくださるのを、 教会学校の皆も楽しみにしてお待ちしています!