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本日、松戸教会第7代主任司祭の宮下良平神父様の司祭叙階25周年感謝ミサが、小金井教会で行われました。
宮下神父様は、25年前の3月7日に、この小金井教会の聖堂で司祭叙階後初めてのミサをささげたそうです。そのことを記念して、この日に、この聖堂で銀祝のミサをあげたかったとおっしゃっていました。 松戸教会からも多くの信徒が参加したことをたいへん喜んでおられました。

 

 

答唱詩編を歌われる宮下神父様…

 

福音朗読

 

そして、お説教。

 

感謝の祭儀の始まり…

 

聖体拝領。

 

 

ミサ後には、茶話会が行われました。

 

宮下神父様は、中央協議会事務局長を退任したあとは、半年ほどサバティカルでメキシコのグアダルペ宣教会の経営する大学に、スペイン語の研修に行かれるとのこと。
グアダルペ宣教会には、松戸教会と関係の深い、エミリオ神父様、エンリケ神父様、イグナシオ神父様、当時はまだ神学生だったホセ神父様(目下、ローマで勉学中)など、たくさんの神父様がおられます。宮下神父様は、エミリオ神父様、イグナシオ神父様とは東京神学院で同期でした。

 

宮下神父様、司祭叙階25周年本当におめでとうございます!
これからも、どうぞよろしくお願い致します。

松戸教会にも5月13日・主の昇天の祭日のミサにお越しいただける予定です。(ミサ後に、銀祝のお祝いも行われます)
皆さん、是非、お越しください。




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松戸教会では、毎月第1週の主日のミサのなかで、その月に誕生日を迎えられる方々の祝福を行っています。

 

今月は、本日・四旬節第3主日のミサのなかでフィリップ神父様にお祈りを唱えて頂き、灌水して、祝福して頂きました。

 

ミサに与った方々からも祝福の拍手が送られました。
3月生まれの皆さま、お誕生日おめでとうございます!




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本日、10時から、そして、13時半からの2回、共同回心式が行われ、多くの信徒が参加しました。

 

まず、、松田清四朗神父様(亀有教会)から、講話を頂きました。
松田神父様は、始めに主の祈りへと導かられ、祈りと共に共同回心式が始まりました。

 

<講話要旨(午前の部)>

詩編78:2に「わたしは口を開いて、たとえを語り、いにしえからの、なぞを語ろう」と、ありますが、共同訳聖書では、「わたしは口を開いて、箴言を語り、いにしえからの言い伝えを語ろう」とあります。「なぞ」と「いいつたえ」は大分違いますね。ある聖書訳では、「ことわざ」となっています。

これから話すこと、「私たち」にとっては、「謎」です。
「私たち」というのは、「人間の思い」です。しかし、私たちがどんなに頑張っても「神様の思い」とは違います。人間的価値観、つまり、世俗的価値観と神の価値観との違いについてお話します。

私たちは、神様の思いとは違うから罪を犯してしまいます。
私たちの思いは止まりません。自分自身の思いに、四六時中、振り正われてしまう事もあります。常に自分自身の思いから解放されないのですね。
そういうものを手放す、そして、そこに留まる。こういうために黙想するのですね。
それは、「人の思い」から「神の思い」にジャンプする、あるいは、洗礼を受けた事によって回心した私たちが見えるようになるためです。自分自身が見えている自分、または、周りから見えている自分が「本当の自分」かと言えば、そうではありません。私たち自身の肉体は、私たち自身ではありません。私達自身のなかにある豊かなものも貧しいものも(物質的な物から精神的な物まで)、私達自身ではありません。私自身と思うから、人に誇ったり、人を妬んだりします。

「父と子と聖霊のみ名によって」と、私たちは十字のしるしをきりますが、英語だと、「In the name of the Father, the Son, and the Holy Spirit」と言います。中に入るという意味ですね。これから、父と子と聖霊のなかにどっぷりと浸かって、自分の思いを手放して、神の無限の慈しみに心身を委ねることがゆるしの秘跡ですね。

ブドウ園の労働者の話をしましょう。(マタイ福音書20章1-16節)

このたとえ話は、神の国のたとえ話です。
今日は「報酬と恵み」というテーマでこの話をしたいと思います。

恵みとは、タダでもらえるものです。
例えば、みなさん、歩けますよね。これは、学校で学んだものではないですよね。気が付いていたら、与えられていた素晴らしい恵みです。与えられたものというものは恵みです。
神の恵みは、大事なものです。普段は中々気づかないものですね。

報酬とは、給料ですね。働いた対価とも言えます。
能力や働いた時間によって、違うものですね。
働いた分、自分が頑張った分、自分の能力に比例した分、大体自分で分かりますから、納得して受け取っているでしょう。
しかし、どうしても人間は損得勘定や、好き嫌い、そして、相対的に判断してしまいますね。この思いから私たちが出る事は出来ません。

ブドウ園の話は、それがとても分かりやすく譬えられています
ブラブラ広場でしていた人を主人が声をかけて、1デナリオン(1日分の給与くらい)で自分のブドウ園で雇います。
朝から、昼から、午後から、それぞれ働き出します。そして、仕事の時間が終わると、全員同じ1デナリオン、配られます。しかし、朝から働いていた人々は、午後から働いていた人と同じ給料である事に怒ります。朝から働いていた人々は、一番たくさん働いているのだから、約束は1デナリオンだけど、少しは色がつくのではないかと思ったからです。
これが、「人の思い」ですね。

この話の一番大事な事は、なぜ1日中ブラブラしている人がこんなにたくさんいるのかという事です。
それは「誰も雇ってくれない」からでしょう。彼らも働きたくないわけではありません。
人間が苦しみをおうのは、「誰からも期待されていない」「誰からも求められていない」と、受け取ってしまい、何でもない事が、長い間、苦しみを負ってしまいます。

「誰も雇ってくれない」「私たちが誰も必要とされていない」
しかし、雇い主は、1日に何度も広場に行き、人々を、1時間でいいから働いてくれと、雇います。雇い主は、どんな人でも必要とし、期待しています。

恵みは、私たちの努力やかけた時間によって与えられるものではなくて、初めから与えられています。
悪人にも善人にも、同じものを与えてくれます。

しかし、これらの事は、私たちに人間にはわかりません。正しい人にも正しくない人にも雨を降らせるという美しいみ言葉(マタイ5章45節)がわかりません。
正しくない人には拳骨を、正しい人には称賛を……と、なりますよ。

私たちの罪は、自分は正しいのにその報いを貰っていないと思う事にあります。自分が正しいと思えば思うほど、その思いを手放せなくなっていきます。そして、罪は重くなっていきます。
人間の力ではそれは手放せません。だから、神に赦しを乞います。

そして、赦されたならば、感謝と賛美の気持ちを込めて、祈りましょう。
アヴェマリア10回とか5回とか、回数によって、神が赦しを与えるのではありません。

無条件に、限りなく、誰にでも、神はいつくしみと恵みを与えてくださいます。
私たちは、神を本当に信じていますか?
もし、あなたが「誰も雇ってくれない」「私たちが誰も必要とされていない」と思っているならば、神様は、あなたに期待しています。

皆さんが、回心し、神の思いにジャンプ出来るように、お互いのために祈り合いましょう。
私たちにとって、「謎」が、洗礼を通して、神の恵みであることが分かっています。
この四旬節を通して、ご復活という大いなる神の恵みを感じましょう。そして、今日は、その為に、準備を整えましょう。

 

 

 

 

講話の後、松田神父様、レオ・シューマカ神父様(築地教会)、高木健次神父様(CTIC)、フィリップ神父様が赦しの秘跡を授けてくださいました。
(赦しの秘跡については下記参照)

 

ゆるしの秘跡とは…

ゆるしの秘跡は、司祭のもとで、自分の犯した罪を告白し、罪のゆるしを願うことにより、神からの罪のゆるしが与えられるというしるしです。
この秘跡は、回心、悔い改め、和解、いやしの秘跡とも呼ばれています。

ゆるしの秘跡に必要な行為は、
- 痛悔(犯した罪を悔やむこと)
- 司祭への罪の告白
- 償いをはたす決意、およびその実行
です。

ゆるしの秘跡には、個別のゆるしの式と共同回心式があります。
前者は、ゆるしの秘跡を求める個人と神との出会いを重視します。それにくらべて、共同回心式は、ゆるしの秘跡の教会的な面をあらわしています。この式は、共同体の祈りの中で行われます。

共同回心式は、個人の罪だけでなく、教会共同体の連帯性について考え、共同体の上に神のゆるしを求めるので す。また、ゆるしを神に求めるだけでなく、兄弟姉妹にもゆるしを求めることを意識させてくれるもので、通常、主の降誕祭や主の復活という大きな祭日に向けての準備として、待降節や四旬節の間に行われます。

引用元:女子パウロ会 Laudate | キリスト教マメ知識 「ゆるしの秘跡」

 

赦しの秘蹟は個別にも受けられますので、四旬節の間に授かられてはどうでしょうか…




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キリスト教の最大の祭りは、クリスマスではなく、復活祭です。
そして、この「復活の聖なる徹夜祭(Easter Vigil)」は、一年の典礼のうち、最も盛大で、中心的な祭儀です。この夜、教会は十字架上で死に、葬られたキリストが復活するのを祝うのです。

カトリック松戸教会では、「復活の主日」の大祭日のミサを以下の予定で行います。

 

3/31 (SAT) 7:00PM~ (in Japanese)

復活の聖なる徹夜祭 Easter Vigil

10人の洗礼志願者と幼児の洗礼式が行われます。

 

4/1 (SUN)  8:00AM~ (in Japanese)

日中のミサ

 

4/1(SUN) 10:30AM~ (in Japanese / English)

日中のミサ(インターナショナルミサ – International Mass -)

ミサ後、復活祭パーティが地下ホールにて行われます。

Right after Mass, Easter Party will be held.

 

Significant congestion is expected.Please refrain from coming by car.(If you will come by car,Please use near paid parking.) 

 

 

ご一緒にイエス様のご復活を祝いましょう!

多くの方のご参加をお待ちしています。




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聖週間

 

受難の主日から復活祭までの1週間は、典礼暦の頂点です。

松戸教会では次のミサ・典礼を行います。聖週間の祭儀に多くの方のご参加をお待ちしています。
共に集い、キリストの過越しの神秘に感謝しましょう。

 

カトリック松戸教会では、以下の予定で聖週間のミサを行います。

 

3/25(SUN) 8:00AM~/10:30AM~ (in Japanese)

受難の主日(枝の主日)  Palm Sunday  

10時半からのミサでは、下の駐車場で「枝の式」を行い、聖堂まで枝の行列を行います。

(注)枝の行列が済むまで駐車ができません。

 

3/25(SUN) 3:00PM~  (in Taglog)

受難の主日(枝の主日)  Palm Sunday 

 

 

3/29(THU) 7:00PM~ (in Japanese)

聖木曜日 (主の晩餐の夕べのミサ) Maundy Thursday

ミサのなかでは、洗足式が行われます。

 

3/30(FRI)  7:00PM~ (in Japanese)

聖金曜日 (主の受難) Good Friday

イエス様が亡くなったと言われる午後3時より十字架の道行が行われます。

聖金曜日は、大斎(1日に1回だけの十分な食事とそのほかに朝ともう1回わずかな食事しかしないこと)・小斎(肉類を食べないこと)となります。

 

 

3/31(SAT) 7:00PM~ (in Japanese)

復活の聖なる徹夜祭 Easter Vigil

復活の聖なる徹夜祭に関してはこちらをご覧ください。

 

当日は混雑が予想されます。車での来場は ご遠慮ください。(車でいらっしゃった場合は近隣の有料駐車場をご利用ください)
Significant congestion is expected.Please refrain from coming by car.(If you will come by car,Please use near paid parking.)