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毎月第3日曜日に行われていた「福島県産の新鮮野菜や特産品の即売会」は、「8月から第2日曜日に行われることになりました。

時間の方は、8時から12時までと今まで通りです。

7月は今まで通り、第3週日曜日「21日」となります。

多くの方のご利用をお待ちしています。

 

 

 

 

 




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今日、7月7日。七夕の日に17:00より、松戸教会の若者の集いが行われました。

始まると同時に激しい夕立に見舞われ、雨に濡れながらいらした方も何人か…いらっしゃいましたが…。

事前に用意してくださったお料理を頂きながら、神父様も含め、参加者全員の自己紹介がありました。

 

 

…ピアニストをされている参加者の方が、急きょ…演奏してくださいました。贅沢すぎる時間でした。

 

 

夕立も止み、音楽などもかけながら、楽しく時間を過ごしました。
途中から参加された方もいらっしゃり、9時過ぎまで「宴」は続きました。

 

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最後に記念撮影をしました。

 

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全員で片づけをした後、松戸駅まで神父様も見送ってくださり、駅までの道を参加者一緒に歩き、帰途につきました。短い時間でしたが、交流を深められたのではないでしょうか。

 

(*)プライバシーを考慮し、参加者の方の顔に加工を加えてます。



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7月21日(日)より、入門講座は夏休みに入り、1学期を終えます。

その為、7月14日(日)夏休み前の最後となります。

 

なお、2学期、夏休み明け最初の講座は、9月1日(日)となります。(8月は、お休みになります

 

その他、勉強会・聖書講座に関しても同様に7月21日より8月末まで夏休みの為、お休みになります。(9月より再開致します)

詳細は、当サイトでお知らせ致します。

 




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5日 初金ミサ [9:45~,18:50~]
7日 年間第14主日

 

七夕の夕べ [17:00~]

 

司牧評議会[12:30~]

軽食「シャローム」[11:30~]

13日 東葛飾宣教協力体 [13:30~]
14日 年間第15主日

英語ミサ [13:00~]

 

 

マリア会地区連絡会「9:00~」

ヨゼフ会例会[9:00~]

めぐみの会[9:00~]

手話「オリーブの会」[12:00~15:00]

20日 白井地区家庭ミサ [14:00~]
21日 年間第16主日 

福島県産野菜販売

 

 

軽食「シャローム」 [11:30~]

手話「オリーブの会」[9:00~10:00]

25日  聖体礼拝の会[10:30~]
28日 年間第17主日

タガログ語ミサ [15:00~]

 

 

 

  • 入門講座は、7月21日から夏休みに入ります。7月14日が夏休み前、最後になります。
    なお、夏休み明け最初の入門講座9月1日になります。(当サイトでお知らせ致します)

 

  • 金曜日の勉強会は、7月26日から夏休みに入ります。7月19日が夏休み前、最後になります。
    なお、夏休み明け最初の金曜日の勉強会は、9月6日になります。(当サイトでお知らせ致します)

 

 




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今日は、10時半からのミサを大山神父様(カトリック神学院)に司式して頂きました。

 

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第1朗読 ゼカリヤ書 12章10~11節、13章1節
第2朗読 ガラテヤの教会への手紙 3章26~29節
福音朗読 ルカによる福音書 9章18~24節

 

 

 

ミサ後、地下ホールで大山神父様による3回目の「信仰年」勉強会が開かれました。今回は「教会のこれからの課題」をテーマに約1時間にわたって講話を頂きました。

 

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大山神父様は、今回も時にはユーモアを交えてわかりやすくお話しくださいました。
(以下、講話内容)

 

今、日本の教会は大きな危機を迎えている。

日本の小教区はこの5年で18減り、修道会、教会関連施設、司祭、修道士・修道女など目減りしている。司祭、修道士・修道女、信徒の年齢構成を考えると、これからの10年でもっと減るのではないだろうか…

 

では、その大きな危機を前に我々のできることは何だろうか。

 

それを知るためにまず教会の大きな歴史の流れを紐解く。

まず、旧約の救いがあった。

エジプトの奴隷となった民をモーセを使ってイスラエルへと導き、十戒という契約を結んた。
旧約聖書を読んでも分かる通り、「存在と関りの神」だった。

そして、神様が遜り、新しい契約を結ぶべく、イエス様を人間の世界へと送り、人間と同じような成長をさせた。
イエス様は我々人間と同じように死に、新たな契約が結ばれた。
更に、イエス様は復活し、新たな救いの業を見せ、聖霊降臨で時間と場所を越える存在となった。

しかし、キリスト者はしばらくの間、迫害を受けることになる。

その後、キリスト教は国教となり迫害はなくなるが、今度は教会の世俗化が始まる。政教が一致し、十字軍や権力闘争、魔女狩りなど、様々な問題が起こってしまう。

1929年、ムッソリーニとラテラノ条約を結び、政教分離を果たす。

その後、開かれた教会を目指すが、様々な問題が起こり、もう1度閉鎖的な教会になっていく。

1962年、ヨハネ23世のもとで第2バチカン公会議が開催され、様々な改革を行い、もう1度、開かれた教会を目指す。

現在は、それから50年の時を迎えている。

 

では、現在の教会が直面している問題は何だろうか?

日本社会が抱えている問題と同様、「高齢化・少子化」、それによる弊害を抑えるために起こる「外国人の流入の増加」、そして、「科学の発展による信仰心の希薄化」である。

 

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さて、歴史と現状を把握したうえで、取り組むべきことは何だろうか。

 

教皇様は、新たな試みを数多くされている。

名誉教皇ベネディクト16世は、基本・原則の部分を守りながら、新しいことを次々とされた。また、フランシスコ教皇様も貧しい人々たちの下に自ら足を運ばれ、様々な関りを持とうとしている。それらのなかで、新しい福音への導いているのだ。

 

では、我々信徒が出来ることは何だろうか?

まずは、危機意識を正しく持つことが大事である。

「今何とかなっているのだから、現状維持を大事とする」ようなことや、「聖霊の導きで…とか、主なる神様がなんとかしてくださる」というような危機感の希薄さや楽観主義が問題を大きくしてしまうことがよくある。しかし、現状維持では、結果何も生まれない

そのうえで、自分の心を聖霊に開き、「今自分のできること」を(能ある鷹は爪を隠すという言葉があるが、爪をかくさず)日々、地道にする。それらは、内省的に神に向き合い、神を感じてこそ、出来ることだ。ミサの奉納の時、日々の労働で得たものを奉納されると思う。それは、たとえば、「ただのお金」ではない。苦しみや悲しみ、様々な思いが込められている。司祭はそれをあくまで代表して、神に捧げている。その時、永遠の存在である神に有限である我々が関わるのだ。それでこそ、そのミサは初めて価値が生まれる。

そして、科学のすすんだ社会との調和も必要である。

個人がいかに正しい知識を持ち、そのうえで宗教と調和することが大事だ。確かに、結果には必ず原因がある。それらは科学によって証明されてきた。神の存在すら、科学は解き明かそうとしている。しかし、唯一原因を解き明かせないものがある。「自分という存在」の原因である。人間は、自分の存在の原因にはなれないからだ。それらは関りによって生まれ、その関りの根源こそ我々の信じる「関りの神」だ。

そういった多様を、矛盾する存在を認め、許し合うことこそ教会の、信徒の出来ることではないだろうか。

ミサのなかで、「教会に平和と一致を」というが、なぜ「教会」なのだろうと思った人はいないだろうか。教会だけ平和ならばよいのかのと思われる人もいるかもしれない。しかし、「教会」とはまさに多様な社会や価値観を持つ人々、矛盾した世界の中で生きる人々を認め合い、許し合うことを求めているのだ。

現在の教会共同体に必要なのは、そういった「もてなしと癒し」なのではないだろうか。

 

以上。

 

 

今回が残念ながら最後の信仰年の講話ということになりました。

また、大山神父様のお話に与るチャンスに恵まれればと思います。

 

(*注意)信徒の顔はプライバシーを考慮して修正をしています。