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東京教区の合同堅信式で無事3人の中高生が堅信の秘跡に与りました。

 

今日のために春休みに集中講座を行いました。みんな、内容を覚えていますか?

 

先日の徹夜祭で受洗され、今回堅信に与る方々2名と一緒に堅信に与るためにカテドラルまで来ました。
宮原助祭、代父母の方々とともに合同堅信式が始まるのを待ちます。みんな…ちょっと緊張しているかな…?むしろ、緊張というか…睡魔との闘い?でしょうか。。。

 

ご家族は、今回は離れた席で見届けます。

 

 

お説教後、いよいよ堅信式が始まりました。

洗礼の約束の更新…みんな心から答えていますか?
毎週の主日のミサでの信仰宣言同様、幼児洗礼の2人にとっては、自らの口で信仰をしっかりと宣言する場です。

イエス様が洗礼を受けた後、40日間悪魔と戦い勝利したように…(悪霊の拒否)、キリスト者としてしっかりと生きていくことを宣言しましょう。
そして、三位一体の神への信仰を新たにし、より強い関りを願いましょう。

 

そして、按手を受け、聖霊を受けたのち、塗油を受けるために菊池大司教様のもとに聖体拝領の時のように並びました。さすがに緊張してきましたね!

 

菊池大司教様から按手を受け、聖香油を塗油されました!

 

 

堅信に与り、これでようやく「入信の秘跡」を終えました!
勉強も大変だったと思いますが、これでようやく1人前の信者ですね!
もちろん、これからも勉強は続きますが…みんなには、神様から「決して消えない神様の愛のしるし」を頂いたのですから、信徒として「教会を善い場所」にする努力もリーダー達や教会の方々と一緒に頑張りましょう!

福音宣教の使命は、この日たった今から与えられています。
キリスト者として、神様から与えられた賜物を活かし、教会の皆さんにした誓いを忘れずに、生活しましょう。
勉強会の中でも話した通り、街中で大きな声で「神様を信じましょう!教会に来ましょう!」というだけが福音宣教ではありません。一人ひとりを通して、神様を感じられること、そして、みんなを笑顔にすることが出来れば、立派な福音宣教です。みんな一生懸命頑張りましょう!

そして、堅信を受けていない中高生のみんなも是非勉強会に参加して、堅信を与りましょう。

 

最後に…中高生の3人、そして、ご家族の方々、ご堅信、本当におめでとうございます!

 

おまけ。
帰りの電車………疲れちゃったね…。立ちながら寝てる………その特技、ある意味、賜物かも…。
1日、お疲れさまでした…!




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堅信の前の最後の準備を終え、松戸教会の信者の方々に、東京教区合同堅信式の前に、ミサのなかで、堅信に与る中高生から一言ずつ挨拶をおこないました。

 

 

挨拶の前には、中高生担当のリーダーから「名前と聖霊の7つの賜物のなかで一番強く頂きたいものを言って、これからの抱負を言いましょう」と無茶ぶりがあり、みんな苦笑い…必死で春季集中講座で学んだことを思い出します。

 

1人目は、「なかなか正しい事が分かっても、それをを行う事が出来ないので頂きたい」ということで、「勇気」と答えました。
堅信を受けた後は、きっと力強く聖霊に導かれるままに、み旨にそった行動をしてくれると思います!

 

2人目は、勉強が出来るように「知識」と答えました。
勉強だけではなく、知識は、物事や自然や美術品の造られたものの美しさを通し、神様とのつながりを感じれるようになりますね。
堅信を受けた後は、事の本質を見抜き、本当に大事なもの、そして、ものの美しさを感じれる心をもって、豊かな生活が送れるようになると思います!

 

3人目も学校や教会でも、分かっていても、みんなにそれを伝えることがなかなか出来ないから「勇気」が欲しいと答えました。
さっきのおみくじでひいたのも勇気でしたね。
勇気は、自分に与えられた賜物を活かし、みんなに仕えることが出来るようになれる賜物でもあります。
きっと、堅信を受けたのちは、いちばん低い者になって、教会学校の後輩たちや周りの人々に仕える人になってくれると思います

 

 

今日、教会に集まってくださったご長寿の方々も、本当に嬉しそうにこの挨拶を聴いてくださっていました。
これからも、中高生のためにお祈りをお願い致します。

 

本当に多くの方々のお祈りや支えがあって支えられて、ここまで来たことを忘れないでくださいね。
今度はみんなが、それを後輩たちに伝える番になります。

これからの堅信式まで、もう1度心を整えて、聖霊を受ける準備をしましょう!




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中高生の勉強会は、本来は、第1週に行いますが、今日、午後2時半から東京教区合同堅信式が行われます。
そのため、堅信に与る予定の3名も含めた6人が集まりました。

これから堅信に与る3名も、すでに堅信に与っている2名ももう1度堅信という秘跡について考えてみましょう。
また、今日は、聖霊降臨の主日です。聖霊が私たちにとってどれほど重要な方か、そして、この聖霊降臨が私たちに何をもたらしたのか、思い起こしてみましょう。

では、主の祈りを唱えてスタートです!

 


 

 

今週のテーマ

● 堅信のための最後の準備 ●

 

今日はいよいよ午後2時半からカテドラルで行われる堅信式で、3人のメンバーが堅信の秘跡に与ります。
堅信を受けたメンバーは、これからリーダーたちからある意味「特別扱い」を受けます。堅信を受けた者として、堅信を受けていないメンバーとは違う扱いを受けることになります。
堅信を受けたメンバーには、ある程度自由が与えられます。しかし、同時に責任もおってもらいます。
昨年、堅信を受けたメンバーは、この1年、リーダーから厳しい言葉を受けましたね。
それだけ果たすべき責任があるという事です。「福音宣教」する使命をおっている者として、後輩たちをフォローし、自分が持っているものを伝えていくことも大事な役目です。
これから、堅信を受けるメンバーも、春季集中講座の中で話したように特別な恵みを頂けるのですから、それを活かし、福音宣教に努めましょう。

さて、今日はまず堅信を受けるメンバーに赦しの秘跡を受けてもらいます。
堅信を受ける前に、告解し神様のもとに戻ること。そして、聖霊を受ける前に、それにふさわしい状態になっておくことが大事です。
大事なお客さんが来る前には部屋を綺麗にしますよね。
神様のもとに立ち返り、イエス様が洗礼を受けた時のように神様から「私の愛する子、私の心に適う者」と言われても恥ずかしくないような自分になっておきましょう。

それでは、ルカによる福音書15章 11節を開いてみてください。

ありがとうございます。有名な放蕩息子のたとえ話ですね。
弟は、父さんとの関係を断ち切り、自分自身の気持ちのままに行動しました。しかし、本当に悔い改め、「お父さん、わたしは天に対しても、またお父さんに対しても罪を犯しました」と、思います。そして、お父さんの所に戻ります。
これが「回心」です。
回心した弟を、お父さんは、どうしましたか?
怒って家に入れなかった?家にいれて叱った?
お父さんは、家から遠く離れたところまで走って迎いに来てくれて、自分が着ている服を着せ履物をはかせ指をはめました。断絶された関係をお父さんの方から修復し、弟の立場を回復させました。
ゆるしの秘跡は、告解といって、「神さまに謝る」場所ではありません。
回心した私たちをもう1度神の子として迎い入れてくれる喜びのお祝いです。だからこそ、良心の究明は非常に大事です。それが私たちを回心へと導きます。回心した私たちを、どれほど喜んで神様が迎い入れてくれるか、放蕩息子の父親から見ることができますよね。

今日、堅信を受ける3人は、ゆるしの秘跡を受け、神の子として、聖霊を迎い入れる準備を行いましょう。
では、早速、ゆるしの秘跡に与りに行きましょう。

終わったら、償いの祈りをして、またここに集まってください。

 

 

さて、ゆるしの秘跡を受けて、どうでしたか?
堅信を受ける3人の最後の準備が整いました。

簡単に堅信式の流れ、そして、塗油を受ける時の所作の説明をします。

– 堅信式の説明 –

大司教様から按手される時、私たちは聖霊を受けます。
そして、塗油され、「油受けた者」になります。
その時、イエス様が洗礼を受けた時のように、「これは私の愛する子、わたしの心に適う者」と神様から言われていることを感じてください。
私たちは、福音宣教の使命を堅信を受けた時から果たさなければなりません。
聖霊が私たちを導いてくれます。今日聖霊から賜物を頂き、キリスト者として、油受けた者として、神様から与えられた使命、神様のみ旨が果たせるように、頑張りましょう。
堅信を既に受けた2人も、その事をしっかり今日思い起こしましょう。

今日は、聖霊降臨の祭日です。
聖霊を受けた聖ペトロが、聖霊から勇気を受け取ると、五旬祭のためにエルサレムに世界中から集まっている人々の前に出て、話し始めます。
そして、それを聞いた人々は洗礼を受けます。その数は3000人もいたそうです。

 

最後に、今日は、ちょっとおみくじのようなものを用意しました。
ここに7つのカードがあります。書かれているのは、聖霊の7つの賜物です。
まず、聖霊への祈り(聖霊の続唱)を唱えてから、ジャンケンで勝った人から1枚ずつ取っていきましょう。
そこに書かれたものは、一人ひとりにとって、必要なものかもしれないし、一番強く頂けるものかもしれません。

では、1人ずつ、自分のひいた賜物を言って、その説明をしてください。
今日の聖霊降臨で聖霊から私たちは賜物を頂きます。
種を蒔く人のたとえ話(マルコによる福音書第4章1ー9節)でも分かる通り、自分自身のなかにある「いばら」を取り払い、神様を心の中心に置き、信仰を強く持って、賜物を出来る限り、強く受け取ってください。私たちは、聖霊の助けが必要です。「聖霊来てください」と強く祈り、福音宣教に努めてください。

みんなには、光り輝く未来があります。
みんなが光り輝けば輝くほど、福音を多くの人に届けられると思います。

だからこそ、逆に自分を捨て、聖霊の助けを借りて、目の前にある事に一生懸命打ち込んでください。

今日は、長寿感謝の集いという事で、多くのご長寿の方が教会でミサに与ります。
長寿の方々が松戸教会を、カトリック教会をここまで大きくし、支えてきました。
今度はみんなの番です。
教会学校の後輩や、将来の信者のために、福音を伝えましょう!

 

それでは、今日はここで終わりにします。
最期にマリア様の取次を願い、アヴェマリアの祈りを唱えて終わりにしましょう。

 

 


 

次回の勉強会は、6月の第1週に子どもの奉仕するミサが行われますので、7月1日、9時15分から行われます。

筆記用具をもって、集合して下さい。

是非集まってください!

 




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毎月、第1週、小集会室で中高生の勉強会が行われています。
今月は、参加したのは4人。

今月は、今年度最初ということで、神様、神の国について考えます。
私たちの信仰は、どこに向いているのか、そして、キリスト者はどのような世界を目指すのか、一緒に考えてみましょう。

 

 


 

今月のテーマ

● 神は愛 ●

 

さて、先日、教会学校の錬成会の下見に行ってきました。
これから、リーダー達で、企画を立てて準備していきます!
リーダーだけでは、目の届かない部分もあります。楽しんだり、自分自身の成長も大事ですが、後輩たちのフォロー等も含め、みんなの役目になります。
みんな、部活などもあると思いますが、是非参加してください。

 

では、始めましょう!
今日は、今年度の勉強会の最初ということで、神様の話をしたいと思います。
実は、今月の内容は、新しく入った中学1年生のために考えたのですが…今日は全員お休みですね。
でも、みんなにとっても当然これは大事な話です。知っている話もあるかもしれませんが、もう1度、いや、何度でも、私たちの信仰する神様について、思いを巡らせてみましょう。

まず、出エジプト記3章1~22節を朗読してみましょう。
有名なモーセの召命のシーンですね。
神様は、イスラエルの民を救うために、モーセを召命されました。

ここで重要な箇所が3つありますね。

  1. 神様は、柴(最もみすぼらしくて使いどころのない木)で象徴されるように、「最も低いところ」に降りてこられた
  2. 神様は、アブラハム・イサク・ヤコブとの無償の愛による契約を忘れることなく、イスラエルの民の苦しみを顧みられ、イスラエルの民を救うと宣言される。
  3. 神様は、私たちを信頼し、「わたしはある」という名を明かされた。

 

では、続いて、ヨハネの第一の手紙4章7-19節を読んでみましょう。
ありがとうございます。

この箇所も、とても有名な箇所ですね。
昨年の教会学校で行った錬成会で、山荘の聖堂に「神は愛」という言葉が書かれていたのをおぼえていますか?
ここからの引用だったんですね。

聖ヨハネは、その手紙の中で何度も「神は愛」と仰っています。
この愛というのは、アガペの事ですね。あきる野教会で行った教会学校の錬成会でTシャツづくりをしましたが、その時、胸にステンシルしたのが、「AGAPE」という文字でした。おぼえていますか?

高校になって哲学をとった子は、そろそろ習うかな?
愛には4つの種類があります。
男女の恋愛のエロス、家族愛などのストルゲー、友愛や師弟愛などのフィリア、そして、神の無限なる無償の愛を表すアガペです。

神様は、いつくしみ深く、無償の愛によるアブラハムとの契約をわすれることはありません。
イエス・キリストにより、その契約は、ユダヤ人だけではなく、私たち全ての人類との契約だということが示されました。

神様がどれ程私たちを愛してくださっているかは、先日までの四旬節の間に、十字架の道行などの受難の物語を通して、私たちは多くの事を感じることが出来ました。
それを一言で表すならば、この福音の御言葉が一番分かりやすいでしょう。

 

神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。

ヨハネによる福音書3章16節

 

聖ヨハネも言っている通り、「神の愛がわたしたちの内に示され」ました。
イエス様は、ベツレヘムの城壁の外で、馬や羊たちのなか、飼い葉桶に生まれ、ご降誕されました。そして、最も貧しいものである羊飼いに祝われます。
また、エルサレムの外のゴルゴダの丘で、磔刑のよって、最も過酷で残酷な死を十字架上で迎えられました。
「わたし」ではなく、「わたしたちの内」にご降誕され、「わたしたちの内」で死を迎えられました。
神様は、罪びとである私たちのうちに、最も低い者たち、最も小さい者達のうちに、私たちの関わりの中にその「愛」を示されたのです
そして、イエス様の昇天後は、今度は聖霊が私たちのうちに住まわれます。
だから、私たちが、イエス様に従い、神様の愛のうちにいる時、私たちは、神様と共にいます。
神様から目を背け、神様に背中を向けている時、そして、関わりの中にいない時、神様は、99匹からはぐれてしまった1匹の羊のように、見つけ出してくださいます。そして、戻ってくれば、神様は放蕩息子の譬え話のように、遠くにいるうちから走って駆け寄ってきてくれて、本当に喜んでくれます。

今度の東京教区合同堅信式の際に、堅信を受けるメンバーは、5月20日に「ゆるしの秘跡」に与ってもらいますが、ゆるしの秘跡も「懺悔」というよりは、もう1度神様に心と体を向けて戻ってきたみんなを祝宴で祝ってくれる「喜びの秘跡」だと思ってください。
神様の愛のうちに、私たちの関わりの中に戻る大きな喜びがそこにはあります。この復活節に受けるゆるしの秘跡は、格別です。なぜなら、イエス様は、死に打ち勝ち、ご復活されたのですから。

 

神様は、その愛ゆえに、私たちを「神の国」へと招きます。
神の国とは、神様による支配が行われている国です。ポンティオ・ピラトとの問答で、イエス様はその国の王と仰っていますね。
私たちが人を支配する時、どうしますか?
「ルール?」
そうですね。ルールをまもってもらうためには、裏付けされたものが必要になります。ルールを破った人にペナルティを受けさせる「力」が必要です。
つまり、我々人間の支配は、力によるものです。
しかし、神様の支配は、そうではありません。
イザヤ書の11章1~10節を読んでみましょう。

ありがとうございます。
待降節に朗読される箇所ですね。この勉強会でも、何度も朗読しています。
だから、1~5節の説明は省きますね。要は、イエス様こそ救い主であり、神の子であることが示されています。今日注目するのは、6~10節です。
神様による、イエス様による支配とは、獅子が獅子のまま、子羊が子羊のまま、赤子が赤子のまま、毒蛇が毒蛇のまま、そこに存在しています。
アイディンティティを保ったまま存在し、すべてが調和しています。
この箇所は「平和の王」と呼ばれる箇所です。
私たちは、ミサのなかで平和の挨拶を行いますが、教会でいう平和とはまさにこういうことです。
私たちが「神から与えられた、ありのままの自分(最も小さな者)のまま、すべてが調和し、全ての人が幸せに暮らす」そういう世界です。
これらは、「力による支配」ではありえません。
無限の力を持った神が私たちを力によって押さえつけることは容易いでしょう。しかし、神様は、その愛によって、私たちを支配します

力による支配とはいう事は、誰かがそれによってアイディンティティを失う恐れがありますし、誰かが自由を失います。
しかし、愛による支配は、そうではありません。

私たちは、神の国を目指します。これは教会、つまり、呼び集められた私たちに与えられた一つの使命です。
それでは、ヨハネによる福音書15章9-17節を朗読してみましょう。ちょうど今日(復活節第6主日)の福音朗読の箇所です。

ありがとうございます。
これは、愛の掟と呼ばれるイエス様が私たちに最も重要な掟として伝えた2つのうちの1つ「隣人を自分のように愛しなさい」について、お話されている箇所ですね。
(もう1つをおぼえていますか?……………「心を尽くし、精神を尽くし、力を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい」ですね)

私たちが神様から愛されたように、隣人を愛すこと。

そうすれば、神の国に近づくことが出来ます。
神の愛は、イエス様の受難・死によって示されましたよね。イエス様がそうされたように、「自分を捨て、友のために尽くす」ことこそ、神の愛の表れです。
自分を捨てるとは、「肉に従わず霊に従うこと」であって、つまり、神様のみ旨に従う事で、自分を大事にしない事ではないですよ。常に自分の中心に神様を置き、つまり、神の内ににあって、神様の愛を感じながら生き、神様のみ旨に従うことです。

ルカによる福音12章13~21節を開いてください。
イエス様はたくさんの譬え話をして、神の国についてお話されています。その中の1つですね。

ありがとうございます。
「愚かな金持ち」の譬え話ですね。

最後になんと仰っていますか?「自分のために富を積んでも、神の前に豊かにならない者はこのとおりだ
肉に従い、富をつみ、自分を誇っても意味がありません。神様が愛を注ぐのは、最も小さなものです。

運動が出来る!勉強ができる!美人だ!イケメンだ!お金持ちだ!
それを誇っても何の意味もありません。
それは、与えてくださった神様にお返しするものです。「皇帝のものは皇帝に。神のものは神に返しなさい」とイエス様も仰っていますね。
私たちは、キリスト者です。自分自身が罪びとであり、神様からの愛を受けた者である事を知っています。それ以上に何が必要でしょうか?

ちょっと余談ですが、「好き」という事も才能です。
私の知り合いに、ピアノがとても得意な女の子がしました。小学校の頃には、ピアノスクールの先生になる資格をとってしまうくらいで、有名なオーケストラのコンサートマスターの弟子入りもしていました。でも、その女の子は、高校生になる時にピアノを止めてしまいました。
「ピアノは上手く弾ける」でも「一生ずっとやっていく」程、好きではなかったんですね。
逆に、サッカーがすごく好きで、小学校の頃から地域や県、関東エリアの選抜選手に選ばれるくらいサッカーが得意な男の子がいました。
しかし、彼も高校になる時に、サッカーを止めてしまいました。
「好きだからこそ、自分に力がないことが分かった」からです。
好きでなければ、続けることは難しいです。好きだからこそ、誠意をもって、その事に向き合うことが出来ます。自分がその事に対して、ちゃんと向き合えば、自分の力というものも客観的に見ることが出来ます。主体が、その事になるからです。好きだからこそ、苦しみも乗り越えられます。続けることも出来ます。それは、大きな力であり、稀有なものです。
だから、自分が「好きなこと」に巡り合えたことも、神様に感謝してください。神様が与えてくださったものですから。
つまり、それも「神さまにお返しするもの」です。

 

さて……、では、今自分が持っているものを自分のものと勘違いし、自分を誇り、神様の愛の外にいる人はどうなるか…
マタイによる福音書25章1-13節を読んでみましょう。

ありがとうございます。
これも神の国についての譬え話のの1つです。「10人の乙女たちのたとえ話」ですね。

愚かな5人の乙女たちは、どうなりましかた?
主人(神様)に「わたしはお前たちを知らない」と言われてしまいました。
何故でしょうか?
神に背いたこの罪深い時代に、わたしとわたしの言葉を恥じる者は、人の子もまた、父の栄光に輝いて聖なる天使たちと共に来るときに、その者を恥じる(マルコによる福音書8章38節)」とイエス様は仰っています。
自分の持っているものを誇り、自分の得たものを自分自身としてしまう。神様から与えられたものを、自分自身のものにしてしまう。
神様の愛のうちにおらず、神様や聖霊の関わりの外にいる状態です。神様に背を向けている状態ですね。

そういったものは、全て投げ捨て、神様だけを見る。体を神様に向ける。
常に「目を覚ましていなさい
そうでないと、その時がきた時、神様に「私たちを知らない」と言われてしまいます。
そこには、希望はありません。
キリスト者として生きるということは、常に目を覚まし、神様から目をそらさないことです。
もし、神様から離れてしまうような状態、つまり、自分の持っているものを誇り、自分の得たものを自分自身としていまい、神様の愛のうちにおらず、神様や聖霊の関わりの外にいるとするならば、そんなものは「ゴミ」に等しいです。捨ててしまってください。
イエス様も山上の説教のなかで、「右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に投げ込まれない方がましである。 もし、右の手があなたをつまずかせるなら、切り取って捨ててしまいなさい。体の一部がなくなっても、全身が地獄に落ちない方がましである(マタイによる福音書5章 28-30節)」 と仰ってますね。

今月は、聖母月ですね。
5月27日には、教会学校の子どもたちが、先頭に立ち、行列を行ってミサを開祭します。
マリア様は、いつも神様から目をそらすことはありませんでした。イエス様の受難の際ですら、自分の息子があんなひどい目にあっている時も神様から目をそらさなかったのです。
マリア様はいつも「一番ちいさなもの」でした。神様の婢として生き抜きました。
マリア様は、自らに与えられたものを、誇る事もありませんでした。自分のものとしたこともありませんでした。全てを捧げ、神様のみ旨に従いました。

私たちもマリア様のように、常に神様から目をそらさず、己を捨て、恐れず、神様をただ信じましょう。

最後にもう1度「神は愛」です。
イエス様の受難・死を通して示された神様の愛を、この復活節の間にもう1度思い起こしてみましょう。

では、マリア様の祈りを唱えて終わりにしましょう。。

 

 

 


 

来月の勉強会は、第1週に子どもの奉仕するミサが行われますので、5月20日、9時15分から行われます。

筆記用具をもって、集合して下さい。

次回は、堅信式を前に、堅信を受けるメンバーのための内容にします。
堅信を受けたメンバーもこれから受けるメンバーも堅信というものについて、考えるいい機会です。

是非集まってください!




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3月26日から3月29日までの4日間、5月20日に行われる東京教区合同堅信式で堅信に与るために中高生を対象とした「堅信のための春期集中講座」が開かれ、サポーターとして、ほかの中高生会のメンバーも参加し、中高生3名が参加しました。

 

1日3時間ずつ、堅信に与るため、勉強を重ねました。

桜が満開のなか、たくさんのことを、様々な事を覚え、学べたと思います。
使徒信条、主の祈り、秘跡、聖霊の賜物、十字架上の七つの言葉、十戒…
信者として最低限知っておくべきことを一生懸命覚えましたね。

その意味を考える事で、自分にとって神とは、イエスとは、どういう存在なのか?考えることが出来ましたか?
自分がキリスト者として、どう生きていくべきなのか、指針が見えましたか?

受難・死・復活」という「主の過越」をもう1度心に留めてみてください。それは、「神様の愛」そのものであり、私たちのアイディンティティそのものです。

 

火曜日の夜には、勉強だけじゃつまらないので、フィリップ神父様にもご参加頂き、みんなで終わった後にご飯を食べに行きました。
一生懸命勉強したので、おなか減り過ぎだったみたいですね…。

 

みんな、5月20日、堅信式が終わり、カテドラルを出た瞬間からキリスト者としてのスタートが始まります!
ご自分のひとり子を私たちのために差し出されるほど、わたしたちを愛して下さる父なる神様の「御言葉」を味わい、そのひとり子であるイエス様の「ご聖体」を頂く「ミサ」ということを理解し、みんなも1人のキリスト者として、堅信に与るまでの約2か月間を大事に過ごしてみてください。

 


 

さて、中高生の勉強会は、今年度も毎月第1週に行われています。新年度は、5月6日、午前9時15分からです。
教会学校だけでは、学びきれなかった事、そして、信徒してさらなる成長のため、大事な仲間とのつながりをさらにつよくするためにもたくさんの参加をお待ちしています。