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今日は、堅信のための第3回目の勉強会です。
堅信の勉強会のカリキュラムは、以下のページに掲載されています。

 

今日は、中高生の勉強会です。(月1回、第1日曜日は受堅者も含めた中高生の勉強会と合同になります。)
出席者は6名!なんか徐々に増えてきました。

さて…今日の内容は、「神様」についてです。
そもそも、私たちが信じている神様はどのような方なのか?もう1度、一緒に考えてみましょう。
今回も、主の祈りを唱えてスタートです。

 


 

 

今週のテーマ

● わたしたちの信じる神様 ●

主のご復活おめでとうございます。
今日は、とても難しい内容です。そして、とても大事な内容です。しっかり説明出来るか、わかりませんが、何か1つでも持ち帰ってもらえればと思います。

みんなは、ミサの時に信仰宣言を唱えます。堅信を受けるまでに「主の祈り」と「使徒信条」は、空で1人でも唱えられるようになりましょうね。今年、受洗されて、堅信を希望されている方々は、シスターからしっかり教わってきているので、「主の祈り」と「使徒信条」はしっかり覚えていると思いますし、東京教区の合同堅信式には、毎年200人を超える方々が集まります。松戸教会のみんなだけが「唱えられていない」のは、とても寂しいですから、あと1ヶ月ありますから、しっかり覚えましょう。

どちらも実は覚えるのは、簡単です。
特に使徒信条はとても簡単ですよ。使徒信条は、3つのパートに分かれています。
最初に「神様を信じます」、次に「イエス様の一生を言い」、最後に「聖霊、そして、教会が大事にしている事を信じる、大事にすること」を宣言するのです。
だから、みんなが、しっかりそれらを理解していれば、簡単に覚えられちゃうんですよね。
ちなみに、今の教会学校の子ども達のほとんどは、主の祈りは唱えられますよ。後輩たちに負けないようにしっかり覚えましょうね。
さて、今日は、まさに使徒信条の最初の「天地の創造主、全能の父である神を信じます」という箇所について一緒に考えていこうと思います。

そもそも、私たちは、なぜ「神様」を信じるのでしょうか?それは、私たちのもっとも深いところにある欲求だからです。
もともと、わたしたちは、神に似たものとして造られ、「楽園」に住んでいました。
聖書には、こう書かれています。

神は言われた。「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。そして海の魚、空の鳥、家畜、地の獣、地を這うものすべてを支配させよう。」
神は御自分にかたどって人を創造された。神にかたどって創造された。男と女に創造された。

創世記1章26・ 27節

しかし、「原罪」を負ったため、楽園を出て、永遠の命を失ってしまいました。その話は、第1回目の勉強会で少し触れましたね。
それ以来、私たちは、ずっと神様に対する憧れを抱いています。例えば、私は、時々絵を描いているのですが、雨上がりに雲間から差し込む陽光を見たり、綺麗な夕日を見たり、美しい動物を見た時、自分もこのようなモノを描きたいと思います。同時に、神様の偉大さを感じてしまいます。「こういうものを描けたら」と思うわけです。
みんなの中にもそういう思いを持ったことはありませんか?「もっと優しくなれたら…どんなことも赦せる人になれたら」とか「サッカーとか野球が自分の思い描くようにうまくなりたい」とか…もっと言えば「空を飛びたい」とか「ワープしたい」とか…多分、世界中の人たちがそのように感じていて、それを叶えるために、様々な研究や努力を重ねているのだと思います。
私たち人間は、常に「神」を心の一番深いところで求め、そういうものになりたいと思っているのです。
聖アウグスチヌスは、「あなたはわたしたちを、ご自分に向けてお造りになりました。ですから、私たちの心はあなたのうちに憩うまで安らぎを得ることが出来ません」と、言っています。
存在があることを知っているのに、「信じられない」という事はないですよね。
数年前のフィリップ神父様が復活祭のお説教で「厚く雲で閉ざされた空の向こうに太陽があることを私たちは知っています」と仰っていました。みんなもそういう日でも太陽があることは知っていますよね。確かに厚く雲で閉ざされた空に太陽を見ることは出来ません。しかし、太陽はそこに必ず存在します。
憧れを抱く対象の「存在」があり、「存在」があることを知っている私たちは、その時点で、信仰が始まっているのです。それは、とても自然なことです。それを否定することは出来ません。

では、「天地の創造主、全能の父である神を信じます」について、しっかり説明しましょう。
聖書にはこう書かれています。

聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。 

申命記6:4

地の果てのすべての人々よ。わたしを仰いで、救いを得よ。わたしは神、ほかにはいない。

イザヤ書 45章 22節

みんなは「矛盾」という中国の逸話をもう学校で習いましたか?「なんでも突き通す矛」と「なんでも防ぐ盾」……辻褄が合いませんよね。
もし2人の神様がいるならば、どちらかがどちらかを制限する事になり、どちらかは無限ではなくなりますよね。つまり、「完全な者」ではなくなります。「全能」ではなくなるわけです。
神様は、唯一の存在で、そして、全能の神なのです。
「神にできないことは何一つない(ルカによる福音書 1章 37節)」のですよね。
そして、神様は唯一であるので「名前」は必要ありません。唯一の存在に名前はいらないでしょう。「神様」とか「主」と言えば、良いだけです。
イスラエル(ユダヤ教)の人々は、畏敬(心から服し敬うこと)の念を込め、未だに名前を呼びません。ユダヤ人向けに書かれたと言われているマタイ福音書の中では「天」と呼んだり、白い雲や光、火などで表しています。
しかし、神様は名前を「私たちへの愛ゆえ」に明かしになりました。
出エジプト記3章14節を開いてみてください。

神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。『わたしはある』という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」

出エジプト記3章14節

ありがとうございます。
神様は、エジプトでの奴隷状態から開放しエルサレムに旅立つイスラエルの民に「わたしはある」、YHWH(ヤーウェ)と、モーセを通して、教えて下さいました。長くイスラエルの地を離れていた民は「神の存在」を信じられないと思い、その名を教えてくださったのでしょう。「わたしはある」、存在している…。とても、心強いですよね。
豆知識ですが、イスラエルの名前というのは、とても大事です。名前自体に「その人の使命」が表されているからです。
例えば、福音書に出てくる「ヤイロと娘(マルコ5:21-24,35-43)」の話に出てくる「ヤイロ」の名前の意味は、「神は起こす」という意味です。イエス様は、ヤイロの娘を復活させましたよね。イエス様が奇跡を起こし、神様を表す(前回参照)ことを使命にしていたのですね。
みんなの霊名ももちろん意味があります。自分の霊名を頂いた聖人が、どういう方だったか覚えていますか?聖人に倣い、神様から与えられた使命を果たしてくださいね。

さて、神様の話しに戻ります。
神様は、どういう方のなのでしょうか?みんなは、神様をどういう方だと感じていますか?
イエス様は、神様についてよくお話してくださっていますね。
ルカ福音書15章にある3つのお話、覚えていますか?
「99頭のヒツジと1頭のヒツジ、1枚の銀貨、放蕩息子のたとえ話」ですね。どんな話だったか覚えていますか?
神様は、どんな時も私達を愛し、いつもご自分のそばに居てくださります。もし、私達が神様から離れてしまったとしても、いつも私たちのことを探してくれます。待っていてくれています。
使徒ヨハネは、手紙のなかでこう記しています。

愛することのない者は神を知りません。神は愛だからです。

ヨハネの手紙一 4章8節

わたしたちは、わたしたちに対する神の愛を知り、また信じています。神は愛です。愛にとどまる人は、神の内にとどまり、神もその人の内にとどまってくださいます。 

ヨハネの手紙一 4章16節

でも、旧約聖書を読むと、ちょっとこのイエス様や使徒ヨハネがいう神様とは違う神様が書かれています。
旧約の時代は、預言者を通して直接私たちと関係を持っています。ノアの時には大洪水を起こしますし、塔を建てた時には塔を壊し私達が別々の言葉を話すようにしてしまいました。さっきみんなに読んでもらったモーセの時代には、アロンというモーセのお兄さんが金の仔牛の像を作って、それを神としたので神様は非常に怒り、『彼ら(人々)を滅ぼし尽く』そうとしました(モーセに宥められましたが…)
怖いですよね…でも、よく読むと、「私達が神様から離れてしまった」ことに怒っているのですよね。そして、ノアの時もそうですが、必ず赦し、ご自分のもとに戻そうとしてくださっているのですよね。
では、もう1回聖書を引いてみましょう。イザヤ書49章15節を読んでみてください。

女が自分の乳飲み子を忘れるであろうか。母親が自分の産んだ子を憐れまないであろうか。たとえ、女たちが忘れようともわたしがあなたを忘れることは決してない。

はい。ありがとうございました。
お父さんやお母さんが、どんなにみんなが悪いことをしても許してくれて、また、いつものように「子供」として大事にしてくれますよね。みんなも父となり、母となった時に気づくと思いますけど、本当に可愛いんですよね。赦しちゃうんです。どんなことをされても。犬や猫を飼ってると少しわかるかな。
そして、みんなも、そんなお父さんやお母さんが好きですよね。
「親子」の関係は決して切れることがないように、神様も私たちとの関係を断ち切ることは決してありません。
神様も「忘れることは決してない」とおっしゃってますよね。お父さんやお母さん以上に「神様は私達を愛してくれている」と、この箇所に書かれているのですよね。すごい「愛」ですよね。
これこそ「神の愛」なんですね。
今日は、「神のいつくしみの主日」です。
「いつくしみ」という言葉は、英語というと「mercy」となります。この言葉、神様とイエス様にしか使われない言葉です。
今日は、ご自分のひとり子を犠牲にして、しかも、磔刑という最も残酷な死を味わせるようなことをしてでも、私達を赦し、私たちが御自分のところに戻ることを望む神様の「いつくしみ」を感謝する日です。

でも、私達は少し「神様」を「神様」として崇めすぎているところもありますよね。すごいから逆に。遠い存在に、勝手にしてしまっているかもしれませんね。
イエス様のいた時代のイスラエルの人たちもそういう感じでした。今よりもすごく崇めすぎていて、遠い存在にしてしまっていたと思います。
そんな時に、イエス様が主の祈りを教えてくださりました。イエス様は、神様を「アッバ」と呼びなさいと教えてくださいます。
「アッバ」は、「おとうさん」とか、もっと言っちゃうと「オヤジ」とか「トウチャン」とかそういうくだけた感じです。決して、「父上」とか「お父様」とかという感じではないんですよね。
イエス様から見れば確かに「おとうさん」という感じなのでしょうが、私たちは?言っていいの?と思うかもしれませんが、聖書にもこう書かれています。

彼は造り主なる父あなたを造り、堅く立てられた方。

申命記32章6節

我々は皆、唯一の父を持っているではないか。我々を創造されたのは唯一の神ではないか。

マラキ書2章10節

イエス様がいらっしゃった時代の聖書にもしっかり「父」と書かれているのですね。
だから、みんなもイエス様が教えてくださったように「おとうさん」と呼びかけて、お祈りしてしてください。神様に出来ないことは何1つないのですから。
最後にイエス様が教えてくださったお祈り「主の祈り」を唱えて終わりにしましょう。

 

 


 

さて…今回の勉強会は、「堅信のための勉強会」も兼ねていました。(中高生の勉強会+堅信の勉強会)
堅信を希望する中高生の皆さんは、しっかり今回の内容を確認して、次回(4月10日)の勉強会に来てくださいね。

堅信の勉強会のカリキュラムは、以下のページに掲載されています。

 

中高生の勉強会は、来月は、5月1日・9時15分から行います。
こちらは、受堅済みのみなさんも来てくださいね。(次回の勉強会も堅信のための勉強会と合わせて行われます)




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今日は、前回に続き、第2回目の堅信のための勉強会です。
堅信の勉強会のカリキュラムは、以下のページに掲載されています。

 

今日は、受堅希望者のみの勉強会です。(月1回、第1日曜日は受堅者も含めた中高生の勉強会と合同になります。)出席者は3名。1人が風邪でお休みでした。

さて…今日の内容は、「堅信」についてです。
これから「なぜ自分たちが勉強するのか」ということを知っておくことはとても大事なことです。

今回も、主の祈りを唱えてスタートです。

 


 

 

今週のテーマ

● 堅信って何? ●

前回は、「神様がつけてくださったしるし」について勉強しました。
神様が、私たち罪人にもう1度神様のもとに戻れるように「しるし」をつけてくれるのだというお話です。
神様がいかに私たちを愛しているのか、そして、その神様の愛をみんなに授けようとしてくれたお父さんやお母さん、お祖父さんやお祖母さんたちの愛を感じてもらえたらと思います。

さて…そのしるしはどうやって私たちにつけられるのでしょうか?
それは、「秘跡」というものをうけることで得られます。
秘跡」は、7つあり、それらは大きく分けて3つに分けられます。(全部与る場合でも6つですが…)
1つの1つのしっかりとした説明は、また今度別の機会にしますが、簡単に説明します。

  1. 入信の秘跡

    洗礼
    キリスト者となります
    初聖体
    キリストと同じものとなります
    堅信
    与えられたしるしを強めてくださいます

  2. 交わりや使命を与えられる秘跡

    結婚
    一生のパートナーを与えてくださいます
    叙階
    一生の役割、そして、司祭としての権能を与えてくださいます

  3. 癒しを与えてくださる秘跡

    ゆるしの秘跡
    神様から離れてしまった罪(前回参照)を赦してくださり、もう1度キリスト者として生きる力を与えてくださいます
    病者の塗油
    昔は、終油の塗油と言われていて、臨終の間際に与えられるものでしたが、現在は、病気や怪我、手術などと向き合う力を与えてくださいます。

秘跡を与ることによって、「私たちが見る事の出来ない神様の愛、存在を感じる事が出来る」ようになります。秘跡は、神様・キリストとの出会いそのものであり、キリストご自身が秘跡そのものなのです。

 

さて、今日は、この7つの秘跡のなかでも堅信についてしっかり覚えて帰りましょう。
堅信は、先程話したとおり、洗礼で得たしるしを強められるために与ります。なぜ、このようなしるしをうけることになったのか。
今日は、聖書をひいてみましょう。普段、聖書を引きますか?それでは、使徒言行録8章14-16節までを開いて読んでみてください。使徒言行録はどこにあるかわかる?

はい。ありがとうございます。
このお話には2つの意味があります。
1つは、「言葉による洗礼」を与っただけでは、少し力が足りない。もう1つは、使徒ペトロ、使徒ヨハネは、聖霊降臨によって、イエス様と同じ力を得て、私たちに「聖霊を注ぐ力」を得られたということです。
これによって、「堅信」という秘跡が生まれ、その永遠に刻まれる堅信という「しるし」は使徒たち、現在は、使徒の権能を受け継いだ司教様たちによって行われるものとなりました。だから、5月15日の堅信式は、カテドラルまで行くわけですね。(聖霊については、今度しっかり勉強します)

そして、聖霊の力によって、洗礼で受けた恵みを生涯を通して実践し、キリストの証し人として振る舞えるようになります。
もちろん、この事も聖書に書いてあります。
では、今度は旧約をひらいみましょうか。イザヤ書61章1節を開いて読んでみてください。イザヤ書は、さてどこにあるでしょう・・・・イザヤ書は多いから、適当に開くと意外とイザヤ書かも…
詩編より前かなぁ後ろかなぁ。バビロン捕囚の前かなぁ後ろかなぁ…。

はい。ありがとうございました。
「主なる神の霊」、つまり、聖霊を注がれるのは、「貧しい人々に良い知らせを伝える」ためです。「良い知らせ」、つまり、「福音」とはなんですか?福音とは、「神の子イエスによって神の国が始まったこと」ですよね。ミサの閉祭の時に神父様がなんとおっしゃるか覚えてますか?
行きましょう。主の平和のうちに」と仰います。
どこにいくのでしょうか?そう、福音宣教に行くんですよね。つまり、その力を堅信のしるしを受けることによって、与えられたわけです。
今まで、洗礼・初聖体、そして、堅信に至るまでは、みんなはある意味、教会やお父さん・お母さんの意思で教会に来て、教会学校に来て、ミサに与って…という生活を送っていましたね。
たとえば、「主の祈りが唱えられない」「使徒信条が唱えられない」「教会が嫌い!」とか、これは、みんなの責任じゃなくて、教会共同体やお父さん・お母さんの責任です。
みんなが洗礼を受ける時に、「信仰を育て、1人前の信者とする」ということを、お父さんやお母さん、そして、教会共同体は神様に誓いました。でも、堅信を受けた後は、もう「自分の責任」になります。もう1人前の信者となるわけです。ある意味、成人式みたいなものだよね。
ちょっと心配になってきちゃいましたか?
でも大丈夫。それだけの力をみんなは5月15日の聖霊降臨によって与るわけです。(だから、今も勉強しているのだよね…)
堅信によって、洗礼によって私たちの心に出来た「聖霊の神殿」にたくさんの聖霊を注ぎ込んでくれます。そういうとイメージしやすいかなぁ。
聖霊は、鳩の絵でよく表されます。こう白く輝いた鳩がブワァーと注がれる感じ。
では、最後にマルコ1章2節から13節まで読んでみましょう。マルコ…福音書だよ。4つの福音書の何番目でしょう?

はい。ありがとうございました。
聖霊がブワーと注ぎ込まれる感じがイメージしやすいと思います。そして、その時、神様がこう仰るよね。「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適う者
これはイエス様の「洗礼」のお話だけど、みんなも堅信によって「神様の愛する子、神様の心に適う者」になるのです。

今日は、枝の主日で、色々準備がありますから、ここで終わりにしますが、今日から始まる聖週間、特に過越の聖なる3日間はイエス様の「受難・死・復活」に与る、とても大事な3日間です。
「復活祭だけ行けばいいや!」じゃなくて、出来るだけ3日全てのミサに与るようにしてくださいね。

それでは、最後にアヴェ・マリアのお祈りを唱えて終わりにしましょう。

 

 

 


 

さて、次回の勉強会は、4月3日・9時15分から「堅信のための勉強会」も兼ね、中高生の集まり(勉強会)として、行います。
筆記用具とノートをもって、集まってください。

堅信を希望する中高生の皆さんは、しっかり今回の内容を確認して、勉強会に来てくださいね。
堅信の勉強会のカリキュラムは、以下のページに掲載されています。




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今月からいよいよ中高生の活動が始まります。
毎月第1週、9時15分からみんな集まって、教会学校では学べなかったこと、教会学校よりもう少し難易度をあげたカテキズムを学んでいきましょう。
もちろん、勉強だけではなくて、色々な活動を通して、教会にみんなが来て、楽しいと思って思えるようなことをどんどんしていければいいなぁと思っています。

と…呼びかけを行ったのですが……来てくれたのは、2人。でも、正直…「誰も来ないかも!」と思っていましたので、ホッとしました。

 

 

では…主の祈りを唱えて、スタートします。
今日の内容は、1番初めの勉強会ということで、みんなに最初に知っておいてほしい事を勉強しました。

 


 

 

今月のテーマ

● 神様につけて頂いたしるし ●

それは「洗礼を受けた者は、みんな『主の霊印』を受けている事」です。
みんなは自分の意思で洗礼を受けたわけではないですよね。お父さんやお母さん、お祖父さんやお祖母さんが「洗礼を受ける事」を決めて、受洗しました。
その時、「決して消えることがない神様だけが見える『しるし』」を受けました。

なぜ、お父さんやお母さん、お祖父さんやお祖母さんは、みんなに洗礼を受けさせたのでしょうか?
きっとそれは「洗礼を受けてキリスト者になって良かった!」と心から思っているからだと思います。そうじゃないと、自分の愛する子どもに「決して消えることのない『しるし』」を頂くことはないですよね。そうやって、2000年間、私たちキリスト者は信仰を守り続けてきたのですよね。

では、どうして…私たちは『霊印』を受けるのでしょう?聖書のなかに、その答えが記されています。
たとえば…ヨハネの黙示録7:2-4なんてそういう箇所ですよね。(ところで、みなさんは、聖書を家でひくことがありますか?)聖書にある通り、この「しるし」のある者は、やがて、死を迎えた時、天の国へと導かれ、永遠の命を授かります。なぜこのような「しるし」を神様は私たちに与えてくださるのでしょう。

それは、アダムとエヴァの話にさかのぼります。
アダムとエヴァは、蛇の誘惑を受け、神の信頼を裏切り、人は神に疑いを抱きます。(創世記3章4-5節)
聖パウロは、この事についてこう語っています。「このようなわけで、一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死は全ての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです(ローマ5:12)」
この事を、原罪と言います。原罪により、私たちは、人生の充足を、神様から与えられることを望まないようになってしまったのです。
しかし、本当の喜びは、常に神様とともにあります。
例えば、外国のスポーツ選手たちが、活躍した時や勝負をする場面、試合が始まる前に十字のしるしをしたり、天を指さし賛美するシーンをよく見ますよね。
彼らは「神様とともにあることをとても意識します。自分が100%の力を発揮できた(る)のは、「神とともにあるから」と考えます。「喜び」を神様と共有しようとしているのですね。
フランスの作家、レオン・ブロワという人がこういう言葉を残しています。
「もっとも悪しきことは、罪を犯す事ではなく、自分の出来たはずの善を行わないことだ。それは怠惰の罪で愛のなさ以外の何物でもないのに、その事で自分を責める者はいない。」
また、聖アウグスチヌスは、こう言っています。
「神よ、あなたから離れることは転ぶこと。あなたに向かう事は立ち上がる事。あなたのなかにとどまる事は、確かな支えをえる事です」

みんなは、そのような意識をもって、生活していますか?普段からお祈りをしていますか?
「十字架のしるし」をしていますか?
朝起きた時、食事をとる時、寝る前にお祈りしていますか?
「十字架」は、「磔刑という当時もっとも残酷な方法での処刑方法で、何の罪もないイエス様を殺してしまった」という私たちの罪の象徴であると同時に、ご自分の愛すべき子を差し出された父なる神、そして、自らを差し出されたイエス様の私たちへの愛の象徴でもあります。
そして、「十字架のしるし」は、その父なる神様、イエス様、聖霊、聖霊の棲み処である私たち信者のつながりの中に自分がいるという事を表す「しるし」です。

私たちは、原罪、そして、神様から離れてしまった「罪」などあらゆる罪から「洗礼」によって解放されました。(だから、汚れのない白衣を着るんだよね)

それは、本当に神様の愛、イエス様の愛、そして、お父さんやお母さん、お祖父さんやお祖母さんの愛を受けている事なのだよね。その印(しるし)として、神様から決して消えないしるしを受けるのだよね。
これから、少しずつ勉強していきますが、「神様から受けた決して消えないしるし」が自分にはある事、そして、それは、神様・イエス様・ご両親たちの愛の印(しるし)だという事を覚えておいてください。

最後に、神様に感謝して、アヴェ・マリアのお祈りをして、終わりにしましょう。

 


 

さて…今回の勉強会は、「堅信のための勉強会」も兼ねていました。(中高生の勉強会+堅信の勉強会)
堅信を希望する中高生の皆さんは、しっかり今回の内容を確認して、次回(3月20日)の勉強会に来てくださいね。

堅信の勉強会のカリキュラムは、以下のページに掲載されています。

 

中高生の勉強会は、来月は、4月3日・9時15分から行います。
こちらは、受堅済みのみなさんも来てくださいね。(次回の勉強会も堅信のための勉強会と合わせて行われます)

 

ちなみに、来週3月13日は、教会学校の卒業式が行われます。
みんな、後輩たちの卒業式のため、そして、子どもの奉仕するミサのお手伝いに来てください!待ってます!




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5月15日・聖霊降臨の祭日に行われる堅信式のための(中高生のための)勉強会が3月6日より始まります。

 

以下のカリキュラムで行う予定です。

第1回 3月06日 神様につけてもらった「しるし」 (中高生受堅者合同)
第2回 3月20日 堅信って何?
第3回 4月03日 神様 (中高生受堅者合同)
第4回 4月10日 キリスト教って何?
第5回 4月17日 ミサって何?
第6回 4月24日 わたしたちのこれから
第7回 5月01日 イエス・キリスト (中高生受堅者合同)
第8回 5月08日 聖霊降臨
第9回 5月15日 堅信式について

 

日時

2016年3月6日より、全9回 9時15分から10時15分

場所

地下ホール

 

3月29日(火)から31日(木)まで行われる東葛飾宣教協力体の中高生合宿(詳細は未定)に参加することもできます。

 

堅信を受ける事を希望される中高生は、3月20日までに主任司祭にお申込みください。

ご質問等がございましたら、青少年育成担当、もしくは、教会学校担当のものにご連絡ください。




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月に1回、中高生とその保護者を対象に「ゴスペルフラ」の講習会が行われています。

ゴスペルフラとは……

キリスト教の賛美歌に合わせて踊るフラ(フラダンスとは言わないそうです)のことで、ハワイの信者の方が1980年くらいから始めました。
フラを通して神様を賛美するために、今はあちこちの教会や、未信者さんの間でも広まっているそうです。

 

 

今日の午後から講習会が聖ミカエル幼稚園で行われました。
参加メンバーの1人が足を怪我してしまったためお休みで、今日は4人で行われました。暖かい陽気の中、練習開始です。

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先生に細かくチェックしてもらい、基本動作をしっかりと覚えていきます。

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先生が丁寧に教えてくださいます。
「そうね、足は爪先で…。」

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「身体はこんな感じで……。」

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「ほら、きれいにできたわよ♪」
「やったね!」

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まだ2回目なのに、みるみるよくなります。
「おうちに帰ったらお母さんにも教えてよ…」という声が隣から…おうちでも親子で楽しみながら、神様への賛美の練習です!

5月の初聖体のパーティーで披露してもらう予定ですから、先生に習った事を忘れないように、家でも練習して下さいね。

 

次回の練習は、(第4週が聖週間なため)3月12日14時から行います。教会の地下ホールに集合してくださいね。

興味のある中高生は、ぜひご参加ください。
お待ちしています!