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中高生

 

毎月、第1週、小集会室で中高生の勉強会が行われています。
堅信のための勉強も終わり、来る人はもういないかな…と思っていたのですが、今日も3人の中高生が来てくれました。

 

さて…今日の内容は、「イエスの弟子」についてです。
12使徒をとおして、もう1度イエス様が何を望まれたか、神様の愛について考えてみましょう。
今回も、主の祈りを唱えてスタートです。

 


 

 

今月のテーマ

● イエスの弟子 ●

さて…今日はイエス様の弟子について勉強します。
イエスの弟子と聞いて、まず最初に思い付くのは12使徒でしょうか?
使徒、全員言えますか?12使徒だけではなく、他にも使徒と呼ばれる人たちが2人います。また、使徒と同じ扱いを受けている方もいますね。
それらの方を全員言えますか?
せっかくなので、全員をあげてみましょう。自信のない人は、マルコ福音書3章13節を開いてみましょう。

  1. ペトロ

    ペトロはギリシャ語での呼び方ですね。アラム語、つまり、イスラエルの人々の呼び方だと、「ケファ」といいます。「」という意味です。元々は、シモンという名前だったのですが、イエス様がそのように呼んだことで、そう呼ばれるようになりました。パウロも、今日の第2朗読の使徒書でそう呼んでいますよね。
    なぜ、ケファと呼んだか…「わたしはこの岩の上にわたしの教会を建てる(マタイによる福音書16章 18節)」という事でも分かりますよね。(文字通り、ペトロのお墓の上にバチカンの聖ピエトロ堂はありますね…)
    そう、ペトロは、最初のパパ様です。私たちの教会のリーダーですね。絵画や御像では、天国の鍵を持ち、そして、涙袋がものすごく大きく描かれています。イエス様が受難にあわれた時に、3度知らないと言ってしまったことを悔やみ、泣き続けた時に出来たものと言われています。

  2. ヤコブ(ゼベダイの子)

    一般的には、大ヤコブと言われています。大ヤコブと呼ばれるのは、使徒の中で最初の殉教者であり、イエスのいとこにあたるアルファイの子ヤコブと区別するためです。
    その激しい性格(ルカ福音書9章51-55節)から兄弟、ヨハネとともに「雷の子(マルコ福音書3章17節)」と呼ばれています。
    ヘルモゲネスという名の魔術師と力を試し合い、これを改宗させて洗礼を授けました。
    ヤコブの墓は、 星が現われ、墓の場所を示したと言われ、「コンポステラ」に813年に発見されました。サンティアゴ(ヤコブのスペイン名)・コンポステラは、重要な巡礼地の一つです。サンチャゴ・コンポステラの巡礼の際には、巡礼者は巡礼の証としてホタテガイをぶら下げて歩く。また、水筒代わりのひょうたんを持ちます。それは、ヤコブのシンボルであり、絵画や御像にもそれらが見られます。

  3. ヨハネ(ゼベダイの子)

    福音記者(ヨハネ福音書・ヨハネの黙示録を記した人)。
    その激しい性格(ルカ福音書9章51-55節)から兄弟、ヤコブ(大ヤコブ)とともに「雷の子(マルコ福音書3章17節)」と呼ばれています。
    イエスの愛しておられた弟子」と自らを記し、イエス様が十字架にかけられたときも弟子として十字架の下にいたとされています。その際、マリア様をイエス様から託され、マリア様を最後までお世話します。(ヨハネ 19章25-27節)そのため、使徒のなかで唯一殉教せず、100歳近くまで生きたと言われています。
    福音書を記す頃には、その激しい性格は変わり、「愛の使徒」といわれるようになりました。それは、福音書の中でも「神の愛」「イエス様の愛」を多く語り、「神は愛」と記しているからです。
    絵画や像などでは、福音記者の象徴として、「鷲」とともに描かれていたり、蛇が絡まっている「杯」とともに描かれています。

  4. アンデレ

    ペトロの兄弟。
    福音書のなかでは、イエス様が行なったパンを増やす奇跡の場面(ヨハネ6章8-10節)に登場します。
    X字の十字架に磔にされ、殉教したため、絵画や像では、X字の十字架とともに描かれています。スコットランドの国旗は、アンデレのX字の十字架から取られています(アンデレは、スコットランドの守護人)

  5. フィリポ

    イエスに従った最初の弟子の一人です。フィリポは知り合いのナタナエル(バルトロマイ)にイエスを紹介し、ナタナエル(バルトロマイ)も弟子になりました。(ヨハネ1章45-49節)

  6. バルトロマイ

    フィリポにイエス様の話をされた際に、「ナザレから何か良いものが出るだろうか」と言い始め疑いますが、イエスさまに直接会ったことをきっかけに、弟子となりました。その際、イエスさまに「まことのイスラエル人だ。この人には偽りがない(ヨハネ1章47節)」に言われます。
    絵画や像では、皮をはがれて殉教したことから、それを象徴して腕に(皮を)コートをかけているように描かれています。

  7. マタイ

    福音記者(マタイ福音書を記した人)。
    マタイは、レビという名の徴税人でした。しかし、イエスさまに「私に従いなさい(マルコ福音書2章 14節)」と言われ、弟子となります。

  8. トマス

    「ディディモ」(双子の意味)とも呼ばれていました。
    トマスは、イエス様が復活して現われたと聞いたとき、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。(ヨハネ福音書20章25節)」と言い、信じませんでした。そのため、「疑い深いトマス」とも言われています。
    しかし、イエス様が再び使徒たちに現われて、そこに居合わせたとき、「わたしの主よ、わたしの神よ(ヨハネ福音書20章28節)」と自らの疑い深さに気づきます。その際、イエス様から「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。(ヨハネによる福音書20章29節)」と諭されました。

  9. アルファイの子ヤコブ

    イエス様の兄弟という言われ方もしますが、兄弟は従兄弟という意味ですね。エルサレム教会の初代司教となりました。
    ゼベダイの子ヤコブ(大ヤコブ)と区別するために、小ヤコブという呼び方をします。

  10. タダイ

    ユダともいわれています。アルファイの子ヤコブ(小ヤコブ)の兄弟と言われています。宣教した小アジアの教会に送ったものが、「ユダの手紙」として聖書に記されています。

  11. 熱心党のシモン

    使徒のなかでも特に信仰が深く、モーセの律法を厳格に守っていました。
    ペトロの旧名(ケファと呼ばれる前の名前)のシモンと区別するために、熱心党(暴力をもってしてでもユダヤ民族独立を目指すグループ)に入っていたため、熱心党のシモンと呼び、区別します。

  12. イスカリオテのユダ

    説明するまでもなく…12使徒で一番有名かもしれませんね。
    祭司長たちに「銀貨30枚(当時の奴隷1人分の値段)」でイエス様を引き渡す手引きをしてしまいます。イエス様が死刑になると聞き、首を吊り、死んでしまいました。

 

さて、これが12使徒ですね。さらに12使徒と言われる人がもう1人います。イエス様が昇天された後、イスカリオテのユダの代わりに、新たに12使徒とされたメンバーですね。使徒言行録1章15節を開いてみましょう。

マティア

 弟子たちは集まって熱心に祈ってから、くじを引きました。そのくじ引きで選ばれたのがマティアです。マティアは、イエス様が洗礼者ヨハネから洗礼を受けた時から、昇天されるまでずっといた弟子の1人です。

 

そして、最後にもう1人、12使徒ではありませんが、使徒と呼ばれている方がいますね。分かりますよね……?

パウロ

パウロと呼ばれる前には、サウロと言われていました。
ダマスコで復活されたイエス様に出会い、回心し、キリスト者となり、異邦人への宣教を行いました。多くの手紙を書き、それらは、パウロ書簡と言われて、聖書に記されています。

 

ありがとうございます。
これら14人を「使徒」と私たちは呼んでいます。「使徒」とは、イエス様から直接指名され、イエス様を証する人をいいます。
使徒には、特別な権能が与えられています。そのことについては、堅信の時に話しましたよね。「堅信」を授ける力を持っている方々です。(使徒言行録8章14-17節)
他にも、聖パウロの時代の頃には、シノドス(ようなもの)が始まっていました。使徒たちがエルサレムに集まり、教会の事を話し合うことですね。その際には、たとえば、異邦人がユダヤ教の律法を守るべきなのか、など話し合われていました。使徒の権能を引き継いだ司教様たちも定期的にシノドスを行い、色々教会の問題、未来について話し合っていますよね。

質問が出ました。
「12に拘る意味があるのですか?」との質問ですか?どうでしょうか?
答えは「YES」です。
イエス様が、使徒を12人選ばれたのは、もちろん、そこに12人にしなくてはならない理由があるからです。
それは、ヤコブ(イサクの子)の子の数だからです。ヤコブの子達は、それぞれがイスラエルの12部族の祖となりました。
つまり、「12」という数は、イスラエルの全部族の数、つまり、イスラエルの人々全てに福音を伝えるという意味になります。
アブラハムやヤコブの話など、旧約の話もいつかみんなで勉強したいですね。
福音書に出て来る数字、イエス様が話される数字には意味があります。「12」のほかにもほかにも、「40」だったり、「7」だったり…いつか勉強しましょうね。
ところで、この中の聖ペトロ、聖ヤコブ(大ヤコブ)、聖ヨハネは、少し他の使徒とは違っていて、特別な時、イエス様の変容(マタイ福音書17章1~9節)の時や、ヤイロの娘を蘇らせる時(ルカ福音書8章49~56節)、ゲッセマネの園で祈る時(マタイ福音書26章36~46節)などにこの3人を連れて行かれます。この3人はイエス様にとって重要な時に一緒にいつもいる3人です。

さて、少し話を前に進めましょう。
みんなは、使徒たちをどう思いますか?使徒たちは、やっぱり、すごい方々ですか?特別な方々ですか?
イエス様は、「特別な才能を持っていたり、お金持ちだったり、勉強が出来たり、美男子ではない」人を選んで、使徒とされました。彼らは決して特別な人ではありませんでした。
「教会のリーダー」として選ばれた聖ペトロは、イエス様の受難の際に3度もイエス様を「知らない」と言い、イエス様の宣教中もイエス様に何度も怒られています。イエス様に「サタン」と呼ばれたことすらありました。(マタイ福音書16章23節)ゼベダイの子たち(大ヤコブとヨハネ)は「雷の子」と言われるほど気性が荒く、トマスは、イエス様が復活されても「手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ決して信じない」人でした。漁師や徴税人など社会的にもどちらかというと低いヒエラルキーにいる人たちを選び、使徒としました。なぜでしょうか?
イエス様は、そういう「決して特別ではない人」達、そして、社会の中で弱い人々にこそ、福音を伝えたいとお考えだったからではないでしょうか?

しかし、もちろん、使徒たちのすごいところもあります。
列王記上19章19-21節を読んでみてください。

 

エリヤはそこをたち、十二軛の牛を前に行かせて畑を耕しているシャファトの子エリシャに出会った。エリシャは、その十二番目の牛と共にいた。エリヤはそのそばを通り過ぎるとき、自分の外套を彼に投げかけた。エリシャは牛を捨てて、エリヤの後を追い、「わたしの父、わたしの母に別れの接吻をさせてください。それからあなたに従います」と言った。エリヤは答えた。「行って来なさい。わたしがあなたに何をしたというのか」と。エリシャはエリヤを残して帰ると、一軛の牛を取って屠り、牛の装具を燃やしてその肉を煮、人々に振る舞って食べさせた。それから彼は立ってエリヤに従い、彼に仕えた。

列王記上19章19-21節

 

ありがとうございます。では、次にマタイ福音書4章18-20節を読んでみてください。

 

イエスは、ガリラヤ湖のほとりを歩いておられたとき、二人の兄弟、ペトロと呼ばれるシモンとその兄弟アンデレが、湖で網を打っているのを御覧になった。彼らは漁師だった。 イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。 二人はすぐに網を捨てて従った。

マタイによる福音書4章18-20節

 

1つ目は、エリヤが、後継者となるエリシャを召命するシーンです。そして、2つ目は、イエス様が聖ペトロと聖アンデレを召命するシーンです。2つの違いが分かりますか?
エリシャは、とても有名な預言者です。彼は、預言者エリヤに召命された時、両親への別れの時間を欲しがりました。しかし、聖ペトロと聖アンデレは、「すぐに」「何もかも」を捨て、イエス様に従っています。
これがどれだけすごいことか、みんなにもわかると思います。それだけ「イエス様が特別な人(?)」のかもしれません。でも、仕事も家族も捨てることがみんなにはできると思いますか?

 

今日は、実は、「イエス様の弟子」というテーマでしたから、別の話をしようと思っていました。
だから、忘れてほしくないことを1つだけ最後に伝えておこうと思います。
「イエス様の弟子」と言われた時、それは、私たちキリスト者のことを言うということです。
キリスト者とは、「キリスト=油注がれた」者という意味です。イエス様の時に勉強しましたよね。私たちも堅信に与る時、油を塗油されました。つまり、私たちもイエス様と同じように「キリスト」なのです。
イエス様の弟子である私たちは、イエス様と同じように油を受け、福音宣教という大きな役割を得ました。
みんなもフィリップ神父様も岡田大司教様もパパ様も、イエス様の弟子です。それぞれ、役割は違いますが、イエス様から「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われ、私たちは油を受け、力をいただきました。

「自分はその力がない」と思う必要も悩む必要もありません。
なぜなら、神様が、イエス様が、私たちを選んだのですから。特別である必要はないのです。大事なことは、「すぐに」「何もかも」を捨て、イエス様に従うことです。
今日は使徒たちを通して、1億2000万人いる日本人のうち、たった44万人しかいないうちの1人であるみんなにもう1度、みんなに「キリスト者」であることを考えてほしいなぁと思います。

では、最後にアヴェ・マリアの祈りを唱えて終わりにしましょう。

 


 

 

中高生の勉強会は、来月も、第1週に行います。来月は、7月3日、午前9時15分からですね。
ぜひ、みんなで集まりましょう!




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ついにこの日がやってきました!
ゴスペルフラ部デビューの日です。
3月から始まった練習の成果を見せる、いや、魅せる時です!

 

ゴスペルフラとは……

キリスト教の賛美歌に合わせて踊るフラ(フラダンスとは言わないそうです)のことで、ハワイの信者の方が1980年くらいから始めました。
フラを通して神様を賛美するために、今はあちこちの教会や、未信者さんの間でも広まっているそうです。

 

今日は、子ども達の初聖体があり、初聖体を祝うパーティのなかでゴスペルフラを余興として、みんなに披露しました!
曲目は、「御手の中で」です。

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フィリップ神父様を始め、みなさん、とても喜んでくれました!

 

今回は1曲だけの披露でしたが、次回披露する時には、もっとやりたい!です。
そのためにも練習を重ねないと!

 

今回見て、自分も加わりたい!、来年度から参加したい!と思った人は、是非青少年育成担当の方までご連絡くださいね!
お待ちしています!




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中高生会のゴスペルフラ部、明日のパーティーでいよいよデビューします!

 

ゴスペルフラとは……

キリスト教の賛美歌に合わせて踊るフラ(フラダンスとは言わないそうです)のことで、ハワイの信者の方が1980年くらいから始めました。
フラを通して神様を賛美するために、今はあちこちの教会や、未信者さんの間でも広まっているそうです。

 

 

今日はその最終リハーサル。
衣装を付けて、本番と同じように踊ります。

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先生も、揃ってないところをチェックしてくださいます。

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なんせ明日です。間に合わないのです。
でも頑張ります。

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途中で中学生たちが逃亡しましたが、また戻ってきて汗をかきながら最後まで頑張りました。

明日、ドキドキ本番です!

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東京教区の合同堅信式で無事3人の中高生が堅信の秘跡に与りました。

 

今日のために3月から勉強を重ねてきました。みんな、内容を覚えていますか?

  1. 神様からの「しるし」 -2016年度 第1回 勉強会- (第1回堅信準備勉強会)
  2. 堅信とは? -2016年度 第2回 堅信準備 勉強会-
  3. 神様について考えよう -2016年度 第2回 勉強会- (第2回堅信準備勉強会)
  4. 共同体について考えてみよう -2016年度 第4回 堅信準備 勉強会-
  5. ミサについて考えてみよう -2016年度 第5回 堅信準備 勉強会-
  6. 私たちのこれから -2016年度 第6回 堅信準備 勉強会-
  7. イエス・キリスト -2016年度 第3回 勉強会- (第3回堅信準備勉強会)
  8. 聖霊降臨 -2016年度 第8回 堅信準備 勉強会-
  9. 堅信のための最後の準備 -2016年度 第9回 堅信準備 勉強会-

 
先日の徹夜祭で受洗され、今回堅信に与る方々17名と一緒に堅信に与るためにカテドラルまで来ました。
下原助祭、代父母の方々、ご家族とともに合同堅信式が始まるのを待ちます。みんな…ちょっと緊張しているかな…?

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お説教後、いよいよ堅信式が始まりました。

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岡田大司教様から按手を受け、聖香油を塗油されました!
松戸教会は、左側に座っていたので最後の方だったこともあり、他の方が堅信を受ける様子を見ていて、心の準備が出来ていたようでした。

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堅信に与り、これでようやく「入信の秘跡」を終えました!
9回の勉強も大変だったと思いますが、これでようやく1人前の信者ですね!
もちろん、これからも勉強は続きますが…みんなには、神様から「決して消えない神様の愛のしるし」を頂いたのですから、信徒として「教会を善い場所」にする努力も大人と一緒に頑張りましょう!
そして、堅信を受けていない中高生のみんなも是非勉強会に参加して、堅信を与りましょう。

 

最後に…中高生の3人、そして、ご家族の方々、ご堅信、本当におめでとうございます!




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今日は、堅信のための第9回目の勉強会です。

今回は、先週約束した通り、ゆるしの秘跡に与ります。
そのため、宿題として良心の究明をしてきてもらいました。

今回も、主の祈りを唱えてスタートです。

 

 


 

 

今週のテーマ

● 堅信のための最後の準備 ●

 

まず、ゆるしの秘跡に与る前に覚えておいて欲しいのは、ゆるしの秘跡は秘跡であることです。
秘跡は、「秘跡は、神様・キリストとの出会いそのもの」でしたね。
だから、それは「懺悔する重苦しい場」と考えてほしくないなぁと思います。

みんなには、今日のために「良心の究明」をしてきてもらいました。
「良心の究明」とは、ただ単に「~~をしてしまいました。ごめんなさい」というのではなく、自分と向き合い「なぜこうしてしまったのだろう」と、もう1歩奥にあるモノを見つけることです。良心の究明をしっかり行えば、イエス様が仰った事を守れていない自分と向き合うことで悲しみや寂しさを感じると思います。
「放蕩息子のたとえ話(ルカによる福音書15章11~32節)」を覚えていますか?
放蕩息子は、自分の罪を認め、お父さんの所に帰りましたよね。お父さんは、遠くにまだいる息子を見つけて大喜んで駆け寄ってきて、息子として迎い入れてくれました。みんな「放蕩息子」の気持ちになって、「今は少し神様から離れてしまったけど、神様の所に戻りたい…」という気持ちをもって、ゆるしの秘跡に与ってみてください。神様は、大喜びで迎い入れてくださるでしょう。そうすれば、みんなのなかにある悲しみや寂しさを拭うことが出来ると思います。神様は、神父様を通して、無条件に赦してくださいます。きっとそこには大きな喜びがあると思います。

また、やっぱり、せっかく聖霊をお迎えするのですから、綺麗にしておきたいですよね。
大事なお客さんが来るのに部屋を汚くしておくのはみんなも気分が悪いと思います。

ゆるしの秘跡を受けて、みんなのなかにある「聖霊の神殿」を綺麗に清めて、堅信に与りましょう。

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どうでしたか?
なんか終わった後、気分が明るくなりませんか?
久々という人もいたみたいだけど、原則1年に1回はゆるしの秘跡に与りましょうね。
出来れば「待降節」と「四旬節」には、与りましょう。待降節はイエス様の御降誕、四旬節はイエス様の御復活を準備する時期です。私たち自身がまずゆるしの秘跡を受けて、イエス様を迎えるにふさわしい状態にならないといけませんから…。先程も言いましたが、ゆるしの秘跡は決して重苦しい懺悔の場ではなく、神様のもとへと帰る喜びの場です。
だから、年に1回と言わず、何か心に棘があった時、神様から離れてしまったと不安になった時、「良心の究明」をして、告解すると良いと思います。きっと今のように晴れやかな気持ちになれると思います。

 

さて、今日は、秘跡を3度も味わえる貴重な日ですね。
堅信は、一生に1度しか与れませんから、3度も秘跡を味わう日というのは、結構貴重です。7つの秘跡、全部言えるようになりましたか?
ちなみに今日与る(与った)秘跡…3つとも言えますか…そうですね。堅信・ゆるしの秘跡・聖体ですね。

では、簡単にどのような流れで堅信式が行われるか、説明しますね。
(堅信式の説明)

 

さて…最後に…。
今日、この後、堅信式に参加し、堅信に与った後は、みんなは1人の信徒として「福音宣教」に行かなければなりません。
神様から頂いた決して消えないしるしは、神様の愛の形です。
与えられたカリスマを存分に活かし、それを人々に伝えられるように頑張ってください。

学校の事、受験など様々なことがあって、なかなか教会に来づらいとは思いますが、月に1回、中高生の勉強会が行われています。
みんなもまだまだ知らない事がたくさんある事に気が付いたと思います。出来るだけ、一緒に勉強を続けましょう。
そして、出来るだけ、ミサに与りにきてください。神様も、教会も、いつでもみんなを待っています。

それでは、最後に主の祈りを唱えて終わりにしましょう。

 


 

次回の中高生の勉強会は、6月5日9時15分から小集会室で行われます。
中高生の皆さんは、集まってください。
堅信を受けたみんなも引き続き、一緒に勉強しましょう。また、堅信をまだ受けていない中高生のみんなも来年に向けて勉強を続けましょう。